神殿都市編08
「カリバーン!?」
カインの声に、金髪の白い鎧の騎士はニィッと笑った。
手に持つ輝く黄金の剣は、その間もヴリトラの灼熱の炎を遮っている。
カリバーンって言ったっけ?
まさか、グラールホールド最強の騎士アーサー・カリバーンじゃないよね?
「アーサー様、いかせていただきます」
今度は、手から糸を出す若い女騎士がヴリトラをがんじがらめにする。
私のリビングデッドウッドよりも、確実にヴリトラを拘束している。
「いいぞ、グウェン」
「長くは持ちませんよ、アーサー様」
グウェンと呼ばれた女騎士の手の糸は、ギリギリとヴリトラを締め上げている。
それを見て、カリバーンは頷く。
「久しぶりだな、竜王ヴリトラ」
『息災のようだな、騎士よ』
旧知のような会話をして、カリバーンはヴリトラの攻撃を防ぎ続ける。
なんだ、あの剣は?
カリバーン自体の防御力、精神力もさることながら、あの剣がとてつもない防御力を発揮している気がする。
「我が聖剣エクスカリバーによって、お前の炎は封じた。かつての友宜のため、今引くならば見逃してやろう」
『最早、そのような状況ではないのだ騎士よ』
カリバーンに対して、ヴリトラはさとすように言う。
「そのような状況、ではない?」
『左様、お主だけではない。ここにいる全員が気付く時だ』
ヴリトラは大きく息を吸った。
そして、言い放つ。
『我に勝てぬ程度の者共が、魔王レイドックに勝てると思うてか!!』
それは、怒号のような意思の塊だった。
その意思の強さだけで、体が震えるほどの。
魔王レイドック、ねえ。
私の出会った敵の中で、最強の相手があの竜王ヴリトラなんだけど。
そいつが、我を倒せない者共が魔王を倒せるか、だって。
どんだけ強い相手なのよ、魔王って。
で、こいつらはその魔王と戦おうとしているってこと?
アーサー・カリバーンと顔見知りらしいし、カインって何者?
「勝つさ」
と、カインが力強く言い放つ。
おう、やっぱり男の子だね。
私は、カインと仲間たちに向けて叫んだ。
「ここは、私の指示に従ってもらうわよ。勝つためにね」
「指示に従おう」
と、カリバーン。
「アーサー様がそうおっしゃるのならば」
と、グウェン。
「出来るだけやりましょう」
これはベスパーラだ。
「任せる」
とシュラが短く答える。
「行くぜ!」
カインが気合いを込めて、黒い剣を構える。
ヴリトラは目を細めて、こちらを見ている。
負けるもんか。
「アーサー・カリバーンは守備、グウェン、ベスパーラ、私は妨害、シュラはサブアタッカー、そしてカイン、あなたが決めなさい」
全員が頷く。
カインの縁がこのドラゴンとの戦いへと皆を導いた。
ならば、幕引きもカインがするべきだ。
アーサー・カリバーンが前に出て、黄金の聖剣でヴリトラの炎を防ぐ。
グウェンが糸を紡ぎドラゴンを拘束。
ベスパーラが生み出した青い水がヴリトラを弱める。
私は、その水から死した樹木を甦らせ操る。
シュラは、ヴリトラの手足を、羽を攻撃する。
もちろん、ヴリトラもただやられてはいない。
暴れ、飛び立ち、炎を吐き出し、爪を、牙を振るう。
一度、グウェンが糸をちぎられ無防備なる瞬間があった。
そのときは近くにいたベスパーラが救出し、事なきを得た。
やがて、攻撃の全てを封じられ、三重に拘束され、ヴリトラは満身創痍になっていた。
「俺の復讐で余計な運命を背負わされたな」
カインは静かにドラゴンに言った。
『そうかもしれぬ。だが、我はお主らとの戦、楽しんだぞ』
「そうか。ならば、ここらで終わりにするぞ」
『来い』
かつて、誰かが説明していた。
同じ属性の魔法での勝ち負けは、込められた意思、込められた魔力で決まる。
「“剣”の第十二階位“レーヴァテイン”」
カインの持つ鋼の剣に、カインの“魂の使い方”で得た魔力物質化能力で造られた黒い魂の魔剣が被さる。
その魔剣が更に炎で包まれて、深紅の、しかし炎の王ラグナが持っていた大剣とは全く違う形の剣“レーヴァテイン”が生み出される。
『見事。見事な炎の枝よ』
カインは斬りかかり、ヴリトラは巨大な腕を突き出し受け止めた。
両者の衝突地点から、凄まじい炎が噴き出し当たりを赤く染める。
ただの余波でカイラス山の頂は夕暮れのように燃えていく。
私たちは、その炎を避けるべくアーサー・カリバーンの後ろに固まる。
この状況で、炎を防げるのは彼と彼の持つエクスカリバーだけだ。
竜の炎と、カインの炎がぶつかりあい、燃え上がる光景はその被害の凄まじさにも関わらず、とても美しく見えた。
揺らめく炎が殺到し、紋様を産み出し、そして消えていく。
互いの存在を賭けた炎の激突。
それはしばらくの間続いた。
そして。
徐々に炎は鎮まり、辺りが普通の明るさに戻っていく。
まだ、目の中で炎の残像が燃えているが、それでも決着がついたことはわかった。
立っていたのはカインだ。
レーヴァテインも、魂の魔剣も、消え去り鋼の剣も半分熔けている。
彼自身も黒い煤に覆われている。
相対するヴリトラは、真っ白な灰の山と化していた。
全ての魔力を使い、燃え尽きたのだ。
一陣の風が吹いて、灰の山を吹き飛ばす。
呆気なく灰は飛び散り、竜王ヴリトラの面影はあっという間に無くなってしまった。
それは、彼の主である炎の王ラグナ・ディアスの最期と同じものであった。
カリバーンだけが感慨深そうに見ているだけではあったが。
ヴリトラの消滅を見届けたかのように、カインは膝から崩れ落ちた。
「カイン!?」
全員で駆け寄り、声をかける。
まさか、限界を超えた?
限界を超えて魔法を行使する場合、死の危険もある、と講義で教わったことがある。
最悪を覚悟しながら近寄ると。
カインは笑っていた。
「危なかった。危うく奴の炎に呑み込まれるところだった」
「おかしな倒れ方しないでよ、心配するでしょ!?」
「本当です、主」
私の慌てた声に、シュラが冷静に続けたことがカインのツボにはまったらしい。
しばらく笑い続けていた。
カリバーンが、カインを背負って下山する。
笑い過ぎて、火傷が痛んで苦しんでいるのは自業自得だ。
それにしても、応急措置しかできないのは痛い。
専門ヒーラーがいないと冒険はキツイよね。
と、そこまで考えて気付く。
別に、私とカイン達はパーティーじゃない、ことを。
たまたま出会って、妙な縁があったから顔見知りになって、案内だけだったのに私が手を出して、ただそれだけなのだ。
この先、なんてないのだ。
カイン達は魔王を倒しにいく。
私は修道院に残る。
それだけだ。
それが当然なのに。
私の心には、妙な切なさが残った。