神殿都市編07
ヴリトラの炎のブレスがカインに襲いかかる。
熱によって蜃気楼のように大気が歪む。
しかし、カインは、炎の鎧をまとった彼は無傷だ。
「エミリー!どうやらいけそうだ」
「それが前提なんだから調子にのらない!!」
戦士の誇りを、一時棚上げしヴリトラの妨害に勤しむシュラは無言で動き続ける。
うんうん、下手なプライドは自分自身を縛っちゃうからね。
限界を超えるためには、プライドの中身をよく理解しなきゃ。
ベスパーラはすごく集中している。
高位の魔法使いのように。
自分の内面にある魔力のイメージから、力を引き出しているのだろう。
私が苦手だったことだ。
良い魔法使いは、イメージからの魔力の抽出がスムーズだ。
魔力が高速で充填できれば、あとは詠唱のタイミングさえ間違わなければ、どんな魔法だって効果的に使えるだろう。
私は、そのイメージが上手く行かなかった。
ほとんど無意識に、イメージというのはみえるらしい。
けれど、私に見えたのは“死”だった。
死そのものというよりは屍。
朽ち果て、腐り、その白い骸が露出し始めた亡骸のイメージ。
地の果てまでも覆い尽くす腐敗する死体の地表。
そんなものが、自分の内面だと認めたくなくて、私は魔力をあまり使わない無属性に逃げている。
でも。
あの事件で目覚めた力。
植物限定の死霊術“リビングデッドウッド”が示す通り、私は死霊というものに何か縁があるのかもしれない。
内面のイメージから力を引き出すのはまだ怖い、だけどカイン達の手前、自分だけが力を出し惜しみするわけにはいかなかった。
己の内面の醜さ、死骸だらけの中身に目を向けて、そこから力を引き出す。
「カイン、シュラ、ベスパーラ、そろそろ行くわよ」
「俺は行けるぜ」
「それがしもそろそろ飽いたでござる」
「私も準備完了です」
「んじゃ、行くわよ」
私の合図で、事態を動かす。
「“リビングデッドウッド”」
私の得意な、というかマトモに使える唯一の魔法を放つ。
効果は、枯れ木や倒木をはじめとした死んだ植物を甦らせ、意のままに操ること。
その効果は、私が言うのもなんだが絶大で元の何倍もの長さ、重さになる。
私の腕の長さ程度の木の枝でも、数メルトも伸びて相手を絡めとることができる。
ヴリトラの炎のブレスによって、幾本もの樹木が死んだ。
だからこそ、ここは私の独壇場になりうる。
焼け焦げて、命を終えた木の枝から、幹から、根から、仮初めの命がねじれながら生まれていく。
伸びた枝は、ヴリトラの太く逞しい脚を縛り上げ引きずる。
思いもよらぬ攻撃に、ヴリトラはほんのわずかに隙を見せた。
その隙を見逃さず、カインとシュラの繰り出した渾身の一撃が右と左の前肢に当たる。
痛みにヴリトラは吼えた。
前肢が一時的に使えなくなり、バランスを崩したドラゴンは木の死霊の枝に捉えられ宙吊りにされた。
その時には、ベスパーラの技は発射を待つばかりになっている。
“符”の第6階位“ウォーターゾーン”
周囲を水で包み込む。
ただ、それだけの魔法をベスパーラは放った。
だが、水の中では人間はなんと鈍い動きしかできない生き物なのか。
その魔法が“符”に分類されていることに、ベスパーラは納得している。
その溢れる水の塊を粛水の女神レフィアラターの力を借りて、己の魔力に変える。
その魔力で再度“ウォーターゾーン”を放つ。
魔力に変える。
魔法を放つ。
魔力に変える。
魔法を放つ。
何度も繰り返したベスパーラは、その身が張り裂けそうなほどの魔力を溜め込んでいる。
レイピアを目標に向ける。
その相手、ドラゴンは樹木に絡めとられ宙吊りになっている。
カインが。
シュラが。
エミリーが作り上げた千載一遇の好機。
蓄えた莫大な魔力をベスパーラは解き放った。
「いざ、湖の騎士の剣“アロンダイト”」
背後で噴射した水圧に押され、ベスパーラは一直線にヴリトラへ向かった。
深紅の鱗に激突、水の切っ先と炎の鱗が拮抗する。
このまま膠着するのは不利、と判断したベスパーラはさらに一手を加える。
「飛燕流清滝閃・神無月」
ベスパーラが左手に握った鋼の剣から、繰り出された十連の水の剣撃は、ドラゴンの鱗に微かに傷をつけた。
「そこだッ!」
アロンダイトの水の切っ先が、ついに鱗を貫く。
噴射する水の勢いのまま、ベスパーラはドラゴンの体内に突入し、突き抜けるッ!
残ったのは、胴体に大きな穴を開けたヴリトラの巨体。
『見事だ。人間どもよ』
全員の頭に直接情報が差し込まれる感覚。
上位種族が、人間と話すのによく使うやり方だ。
「ヴリトラ、なのか?」
『いかにも、我は炎の王ラグナ・ディアスの騎乗竜ヴリトラだ』
「俺を恨んでいるのか。炎の王を倒した俺を」
そういう訳だったのか。
カインがあのドラゴンの主である炎の王を倒した。
だから、そのドラゴンが暴れているなら、責任をとって倒さなきゃならない、ということか。
だけど、続くヴリトラの言葉は意外なものだった。
『恨み?我ら竜王がそのような些事を気にするものか。我がここにいるのは、お主らが魔王レイドックを倒す力があるかを見極めるためよ』
「魔王を倒す力?」
『それこそ、我が主にして友である炎の王ラグナ・ディアスの遺志。死してなお、あの男はレイドックのことを気にしておった』
じゃあ、こいつは悪さをしようとしていたわけではなくて、魔王と戦う相手を選別していたってことかな?
「俺たちは認められた、ということか?」
『そうなるな。そして、ここからは炎の王たるラグナ・ディアスを倒した男を我が誇りのために倒す時間だ』
意思を送り終わったヴリトラは、先程にも増して雷鳴のような音をたてて咆哮した。
そのドラゴンの全身から深紅の炎が沸き上がり、ヴリトラは炎そのものへと変じた。
「俺たちを試すんじゃなかったのか!?」
『試すのは終わった。友との義理は果たした。ここからは我の時間だ』
ヴリトラはその炎の塊のような尾を振った。
深紅の軌跡を描いて、炎の尾がカインに直撃する。
その尾の炎は防げても、尾自体の質量でカインは吹き飛ばされる。
シュラが力を込めて“震天”と叫び、槍を突き出す。
が、炎の爪で阻まれ勢いを減衰させられる。
「私の魔力は尽きましたよ」
いつの間にか隣にいたベスパーラが疲れた声で言った。
「奇遇ね、私もよ」
「手詰まりですかね」
私は危うく肯定しそうになった。
勝つためには、ここで否定しなきゃならない。
でも、これ以上の勝つ手立てが見つからない。
「俺は諦めていない」
カインの声がした。
炎の鎧は消え去り、所々焦げている。
けれど、力強い声だ。
「そう、ね。諦めなければ決着はつかないもの」
「往生際が悪いですね」
まあ、私もそうなんですが、とベスパーラが笑いながら立ち上がる。
シュラも無言で槍を構える。
『こんなものか、人間。我が友ラグナを倒した力はこんなものか、カイン!!』
怒りとも悲しみともとれるヴリトラの言葉、意志にカインは答えた。
「まだだ。まだ、これからだ!」
と。
『ならば、見せてみろ。人の力というものを!!』
炎の塊となったヴリトラは、その存在そのものを吐き出すような炎のブレスを放つ。
炎の鎧でも耐えきれそうにない、炎。
それが、カインへ殺到する。
「見せてやろう、人の力を」
新たに現れたそれは、白い鎧と光輝く剣の姿をしていた。
そして、こう叫んだ。
「エクスカリバー」
と。