神殿都市編06
ドラゴン。
現在、この世界における最強の種族。
鋼のごとき鱗で身を固め、振るう爪は巨大な刃。
その翼で天を舞い、口腔から放たれるブレスは広範囲高位魔法を超える威力を持つ。
神様のようないるけれどなかなか会えない存在や、魔族のようないるかいないかわからない存在と違って、確実に存在する上位種族だ。
とはいえ、ドラゴンの中でも強さの優劣はある。
下から、飛竜種と呼ばれる種。
ワイバーンの名で知られ、翼を持ち前足が無い。
竜語と呼ばれる言語は喋れるが、それ以外の言葉を発することはできない。
青い鱗を持っているが、人間でも頑張れば剣で切り裂ける強度しかない。
上空からの攻撃は脅威だが、なんとか人間にも対抗できるレベルだ。
その上が、竜種。
いわゆる普通のドラゴンだ。
緑の鱗、四足、翼を持つ。
もっとも目撃例が多いと言われるが、竜学者による最新の研究ではこの種はまだ若い竜だとされている。
自分の特性を見極めて、成長し大竜種になるとも唱えられている。
また、この種から数えかたを一翼、二翼と数える。
そして、竜種の成長体とも呼ばれる大竜種。
ここから、ドラゴンの鱗の色の種類と脅威度が格段に増えてくる。
火を扱う赤竜、羽がヒレに進化し水に住む青竜、羽が退化し地に棲む土竜、高速で天を駆ける白竜、身体能力が向上している黒い鱗の黒竜。
基本的にはこの五種類だが、生息場所や環境によって更に複雑に変化する。
このレベルのドラゴンに会ったら、余程のことがなければ死を覚悟したほうがいい、と言われる。
そして、ドラゴンの最高峰。
全ドラゴンの内、たったの五翼しかいないと言われる竜王種。
高位魔族を凌駕する魔力と身体能力を持つとされ、一翼出現するだけで国が傾くと伝えられている。
古書などでは、さらに上、龍皇と呼ばれる上位種がいると噂されている、が噂に過ぎないだろう。
かつて古代魔道帝国では五翼のドラゴンを支配下においていたという。
そして、文献に残る最強のドラゴンこそが炎の王が騎乗した“炎の竜王” ヴリトラであるとされる。
「それが、目の前の相手だっていうのかよ」
蜂蜜ハンサムベスパーラの謎の竜の知識に、カインが吼える。
と同時にその場所から跳び跳ねる。
数瞬後、その場所に灼熱の炎が襲いかかった。
焦げた地表だけが残る。
「こいつは炎の王の騎乗竜だというんだろう?炎の王の騎乗竜は“炎の竜王”ヴリトラ、つまりこいつはヴリトラ、だ」
ベスパーラは水の魔法?だかなんだかを器用に使ってヴリトラを翻弄している。
その横から、シュラが槍で突く。
カインは、巨大な赤い剣をどこからか取り出し一度振るって、効かないのを確認し今度は黒い剣を取り出した。
そして、そのまま戦いを続ける。
しかし、単発の攻撃は大して効果がなくヴリトラの爪や広範囲の炎のブレスに中断されることが多い。
回避能力に優れる三人だった故に、致命傷は受けてないが決定的なダメージも与えられていない状況だ。
カインが黒い刃を飛ばす。
ドラゴンが腕を振ってかきけす。
ベスパーラが水の流れに乗るように接近し、切りかかる。
それをドラゴンは羽ばたきで吹き飛ばす。
シュラが跳躍し、ドラゴンの鼻先で槍を振るう。
鬱陶しそうにドラゴンは炎のブレスでシュラを弾く。
なんか、凄い、イライラする。
思わず、私は叫んだ。
「お前ら、やる気あんのか!?集合!!」
ドラゴンから一定の距離を取り、三人を集める。
やっちゃった。
私、ただの案内人だったのに。
でも、手際が悪い三人を見ていてイライラしてしまったのだから、仕方ない。
むしろ、こいつらが悪い。
「で、どうする気だったわけ?」
私は、カインに聞く。
「む。俺の剣で一撃必殺」
「却下。次、蜂蜜ハンサムベスパーラ」
うなだれるカインの次はベスパーラだ。
「蜂蜜ハンサムとはなにか、問い詰めたいところですが、まあ答えましょう。見たところ奴は赤竜系の竜王種。ならば私の得意な水属性攻撃が効くはず」
「うんうん。教科書通りの回答ね。それで、相手にどうやって当てる?」
「うむ、それは……」
「はい、次」
沈黙した蜂蜜ハンサムベスパーラの次は、ヤクシの戦士シュラだ。
「ただ突くのみ」
「却下」
どうしようもなかった。
「それで?元、冒険者のエミリーさんはどうするんだ?」
カインが聞いてくる。
というか、こいつら皆、ダメージディーラーだなあ。
敵の攻撃を引き付け、ダメージを引き受けるタンクはいない。
受けたダメージを治癒し、結界で守りを固めるヒーラーもいない。
敵の弱体化専門のデバフもいないし、味方の強化専門のバフもいない。
ただただ攻撃するのみ、か。
「ドラゴンの攻撃を防げそうな奴は……」
ベスパーラは切り札らしき水属性攻撃を持っている。
こいつを防御させては不味い。
ならば、赤い剣を出したカインなら?
炎を操るっぽいし。
私はカインを見た。
「ん、俺か?」
「カイン、あなたはドラゴンの攻撃を全力で防御しなさい。反撃は私の合図があった場合のみ。いい?」
「了解」
すると、カインは黒い剣を消して全身に炎の色をした甲冑をまとった。
そんなものがあるなら、さっさと教えなさいよ。
次は、相手の撹乱ね。
本来なら、デバフが魔法を駆使してやるんだけど今は贅沢言ってられない。
「シュラ、あなたはドラゴンをちくちくと攻撃して。カインが捌ききれない攻撃がベスパーラに当たらないように」
「女、ヤクシの戦士にそのようなーー」
「ーーそのような口のききかたくらいするわ。あなたの攻撃がドラゴンに通じていないのを見たら」
「……」
「言っとくけどね。一撃必殺なんて夢のようなことを言ってないで、勝つ方法を、勝つ筋道を、勝つ論理を考えなさい」
女二人の冒険者稼業で染み付いた私の考え方だ。
相手の攻撃を防ぎ、効果的なダメージを与える。
それが、戦闘の最も簡単で、最も難しい勝ち方だ。
自分の打てる手をそれに向かって打ち続けること。
私にはそれしかできない。
カインが防ぎ。
シュラが撹乱し。
ベスパーラが決める。
「勝ち筋が見えるなら、エミリーは下がっていてくれ」
と、カインが殊勝なことを言ってくるが私は答える。
「私、もう関わったから最後までやるわ。足止めくらいならできるから」
「そっか。あんたも大事な仲間だ。死ぬなよ」
その言葉が、ルーインとカインが別人だと完全に理解させられる一言だった。
簡単に殺す、という人間が死ぬなよ、なんて言うわけがない。
「当たり前よ」
私たちを待っていたように、ドラゴンいや、竜王ヴリトラは動かなかった。
そして、私たちの決意を見届けたかのように、満足げに吼えた。
その恐ろしい轟きに負けないように、私は一歩前に出る。
私たちの反撃が始まる。