神殿都市編05
カイラス山は今日も快晴です。
デヴァイン近郊のこの山は標高はやや高く、深い森に覆われている。
古代魔道帝国時代の末期には、帝国軍と反乱軍の戦いの舞台ともなった古戦場でもある。
そのせいか、デヴァインの夏には肝試しと称して若者が森に入り、迷って出られなくなるという話も毎年のようにある。
麓の森の先端はデヴァインの東門前まで伸びており、そういう話が出るのも頷けるほど繁っている。
森の中は木々によって迷路のようにくねっており、道を知らないものは容易に迷う。
実は、森の中に魔道帝国時代の砦の跡がありそれを隠すために深い森にしたのだと言われる。
その話が本当かどうかはわからないが、森の中に遺跡があるのは確かだ。
ただし、今回はその遺跡は無関係だ。
私達はひたすら、山の頂上へ向かって歩き続けている。
私ことエミリー。
ヤクシ族の戦士シュラ。
蜂蜜ハンサムさんことベスパーラ。
そして、ルーイン似の男カイン。
この四人だ。
なぜ、私が彼らと行動することになったのか、その理由を説明するには昨日に遡らなくてはならない。
デヴァインに入ったカイン達と私は妙な出会い方をした。
そのあと、彼らは当座の生活費を稼ぐために冒険者ギルドへ向かったらしい。
ちなみに冒険者ギルドはアーリードーン神の神域の中にある。
イクセリオンの神域のさらに南だ。
私は修道院に戻り、お使いの結果を報告し、カルエンさんに遅かったわね、と言われた。
詳しい事情ーー人違いで尾行してた、なんて言えずに素直にごめんなさい、と謝る。
素直な私の態度に、眉をひそめながらもカルエンさんは何も言わなかった。
そこへ、彼らはやってきた。
カイン達である。
彼らはこう言った。
カイラス山に出現したドラゴンを討伐する依頼を受けた、詳細を聞かせてほしい。
え?ドラゴン?と私は困惑する。
カルエンさんはカイン達を招き入れ、応接間に案内した。
これは事件の匂いがする、と変な閃きをした私は急いで来客用のお茶を用意しもっていった。
お茶を出したとき、カインが気安そうに話しかけようとしたので“余計なことはいうなよ!”という意味をこめて睨む。
カインは口を閉じたので、私の思いは伝わったようだ。
蜂蜜ハンサムさんはニヤニヤとしていた。
私は何食わぬ顔で、カルエンさんの後ろに立ち、話を聞くことにした。
なんでも、冒険者ギルドへイクセリオン修道院から依頼を出していたらしい。
その内容がカイラス山のドラゴン討伐だった。
「数ヶ月前から、あの山にドラゴンが住み着いたのです」
カルエンさんの説明によると、そのドラゴンは近場の農場を襲うなどして食料を調達しているらしい。
人的被害は、今のところないが街の近郊にドラゴンがいるという状況は決して楽観視していいものではない。
「お話はわかりました。ところで、なぜイクセリオン修道院がこの依頼を出したのです?これは国家レベルの案件ですよ?」
蜂蜜ハンサムベスパーラが至極もっともなことを言ってきた。
それは確かにそうなのだ。
首都の付近に出没する怪物の討伐なんていうのは国家が正式に冒険者ギルドに依頼するものだ。
さもなくば、大勢の犠牲者がでかねない。
「デヴァイン政府が動かないのは、いまだ大規模な被害がでていないことと、デヴァイン周辺の政治的な不穏な動きを察してのことです。それでも、私達イクセリオン修道院は動かねばなりませんでした」
「その理由は?」
カインの短い問いに、カルエンさんは重々しく答えた。
「あのドラゴンは、イクセリオンの眷族なのです。いえ、正確に言うならばイクセリオンの力を受けたラグナ・ディアス、炎の王の乗騎竜、でした」
ん?
なんか小難しい単語がでてきたよ。
イクセリオンは浄火の神姫とも言われる炎の女神でしょ。
その力を受けたラグナ・ディアス?
炎の王?
の乗騎竜?
つまり、なんか凄い人の乗っているドラゴンということ?
あれ、でもカルエンさんの言い方だと、乗っていた?
その炎の王という人は亡くなっている、ということかな?
「それならば、あれは俺が鎮めなければならない」
「そう、思いまして貴方が来たと聞き依頼を出した次第です」
「ちなみに誰が言ったんです?俺がデヴァインに来た、と」
私は言ってないよ?
「我らの守護神、イクセリオン様です」
「ああ、なんとなくわかりました。相変わらず、お節介やきだな」
カルエンさんがギョッとしたのを見た。
それは、私も同じだ。
真面目に信仰してない私でさえ、今のイクセリオン様に対する不敬というか、親しげな態度にハラハラした。
厳しい神様なら、天罰がくだってもおかしくない。
それを、近所のお姉さんと仲良く話すような口調だった。
「驚きました。イクセリオン様は怒ってらっしゃらない。それどころか、喜んでらっしゃいます」
続いたカルエンさんの言葉に、私は再度驚く。
イクセリオン様に喜ばれるとか。
一体、何者なんだ、こいつ。
さらに言うと、イクセリオン様の意思を知ることができるカルエンさんの信仰の深さにも驚いた。
「なら、よかった。まあ、それはともかく依頼は受けさせてもらう」
「では、カイラス山のドラゴン討伐の依頼、なにとぞお願いいたします。それと、こちらから道案内をつけます」
カルエンさんが私を見た。
え、何?
道案内ってもしかして。
「私、ですか?」
「そうです。あなたがこのあたりの遺跡へ冒険しに行っていたことは知ってます。その経験が役に立つ時が来ましたね」
凄まじい笑顔で言われた。
それにしても、やっぱりバレていたか。
私達がうかつだったのか。
カルエンさんが凄いのか。
両方かな。
そういった事情で、私はカイン一行とともにカイラス山に登ることになったのだった。
「エミリーさんって、この山詳しいの?」
新緑の隙間から、木漏れ日が差す。
その陰になって、声の主であるカインの顔はよく見えない。
「詳しいってわけじゃないわ。ただ、この近くの遺跡を探索したことがあるってだけ」
「て、ことはエミリーさんは冒険者?」
「元、ね。相棒がいたんだけど、離れちゃってね。それからは遺跡の探索なんかしてないわ」
「どんな人だったんだ?相棒って」
「あなたと同じくらいの年の女の子よ。“杯”魔法の使い手で治癒魔法と結界魔法が使えたわ。その上、メイスを駆使して前衛から回復までなんでもこなせる人だった、わ」
「へえ。俺もそのくらいの年の女の子で“杯”魔法使いでメイスが武器の仲間がいたけど……流行ってるのかな」
戦闘スタイルは流行り廃りに関係ないと思うけど。
まあ、彼女とカインが仲間だったなんてことはなさそうだから、たまたま同じ戦闘スタイルだったのだろう、と私は結論付けた。
そんな雑談をしながら歩いていくと、鼻に刺激臭を感じた。
腐った卵のような臭い。
これは硫黄……?
そして、私は見た。
ほんの少し先の山頂。
焼け焦げたその頂きにたたずむ存在。
ゆったりと下界を見下ろす深紅の巨大な影を。
あれが、ドラゴン。