神殿都市編03
「これは不手際だな、マハデヴァ」
うっすらと明けていく意識に、私は気付く。
頬と体が硬いものに触れている。
どうやら、寝かされているようだ。
後頭部が、わずかに痛いがそれ以外に異常はなさそうだ。
黒山羊が言っていた悪しき奴らがやったのだろうが、案外優しいのかな?
いや、これから何かされるのかもしれない。
と、妙な想像をして震える。
それに、彼女はどうなった?
目覚めるきっかけになった声は女性のようだったが、知らない声だ。
その女も悪しき奴らの仲間なのかな?
「不手際とはどういうことだい?」
今度はルーインの声だ。
なるほど、奴が悪しき奴らなのは間違いない。
「関係のない者を巻き込むことだ」
「別にいいじゃないか。どうせ、あの修道院の連中は全員口封じをしなくちゃならない」
口封じ、という言葉の響きが私には不吉に感じられた。
概ね、間違っちゃいないと思う。
「そういうことじゃない。私は一気にやりたいんだ」
良識的な人物と思ったその女も、やはり悪しき奴らだった。
口封じに際して、一気にやるなんてどういうことだ、と考えてしまう。
「君には悪いがね。こんな面倒な仕事、少しくらい楽しみがあってもいいだろ?」
「若い女をそうやってたぶらかすから、こういう余計なものがついてくるのだ」
「ターゲットが若い女だったのはたまたまさ。あの砂漠の人間はあまり外に出ないからね。まさか、それがテリエンラッドの血族だとは思わなかったよ」
「ムンダマーラは、テリエンラッドをやけに憎んでいたからな」
「そう。だから、テリエンラッドに固執して砂漠の奥地に封印されるはめになる」
目覚めさせる苦労を考えてほしいね、とルーインは言った。
こいつらは、彼女を使ってムンダマーラとやらを目覚めさせるつもり、だということはわかった。
そのムンダマーラが何者で、それが目覚めるとどうなるのかは私にはわからない。
けど、非常にマズイことになりそうだ。
「お前が把握している限りで、何人目覚めているんだ?」
女の声が、ルーインに問いかける。
「僕ことマハデヴァ。君ことマハタパス。モーレリアにはニーラカンタがいる。今回は協力してもらったけどあの人は癖があるからね」
「お前ほどひどくはないさ」
女ーールーインにはマハタパスと呼ばれていたーーは呟く。
ルーインは聞こえているのか、いないのか、話を続ける。
「パシュパティはルイラム、ハラはコレセント、プーテスバラはプロヴィデンスでそれなりの地位についている」
「ムンダマーラはラーナイルに封印され、ガンガーダラは中原のどこかに封じられている、のだったな」
「僕のセリフをとらないでほしいな。それで、バイラヴァは大陸の南端ヨルカあたりにいるはずだ。寝ているか、起きているかはともかく。そして、シャンカラだけど、あいつは何しているのか不明」
「まあまあ、だな。封じられているのより、目覚めているほうが多い」
「まあ、全員目覚めてもらわないといい加減始まらないからね。と、ここまで聞いたからには君は生きて帰れないわけだけど、どうする?」
そのセリフは、おそらく私に向けられている。
ルーインは、私が起きていたことに気付いた、否、気付いていた。
なぜかはわからないが、話は聞かせていたらしい。
「起きてるんだろ?」
ルーインは私の髪を掴んで引き上げた。
その髪が引っ張られた痛みで、思わず声が出る。
「痛ッ!」
「目を開けろ」
これ以上、無視したら何をされるかわからない。
私は目を開けた。
ルーインの笑顔があった。
「僕はね。意味もなく、殺す、のが好きなんだ。でも、立場上そうもいかなくて、イライラしていた。だから、君をつけさせた」
つけさせた。
私の来ることをわかっていて、つけさせたのだ。
私は、この男の手のひらの上で踊っていたんだ。
簡単に引っ掛かって、バカみたいだ。
「殺しなさいよ。どうせ、全員殺す気だったんでしょ?今、死んでも同じだわ」
「そんなことはないよ。君は、君の命は価値がある。そう、僕に惨めに殺され、僕に満足感を与えるという価値がある」
惨めに殺されるだけの、価値。
そんなものはいらない。
だいたいなんで、こんな奴に殺されなきゃならないのだ?
こんなに清く正しく生きてきた、この私が。
どうせ、死ぬならやりたいようにやらせてもらう。
ふっきれた私は言ってやった。
「そんな価値いらないわ。このクソ野郎」
うわぁーお、あたしってばこんなに汚い言葉もはけるのね。
カルエンさんに怒られるわ、これ。
私の啖呵に、マハタパスがクスリと笑う。
どうやら、マハデヴァは笑われ慣れてないとみえ、額に青筋を浮かべるほど怒っている。
「どうやら、死にたいらしいな?」
「死にたいわけじゃないわ。あなたがクソ野郎なのは本当のことだもの」
「死ね」
マハデヴァは、私の髪をつかんだまま上に引き上げた。
凄く頭皮が痛いんですけど。
そして、もう片方の手に魔力が込められる。
私のような素人が見てもやばそうな魔力だ。
魔力の集まっていくのを見ているとなんだか、妙な気分になっていく。
遠い昔。
私が、わたしとワタシに別れていて、ワタシは魔力の下僕で、わたしは死にながらそれを見ている。
彼はワタシを牢獄から解き放った。
彼は貼り付けられたわたしを見ていた。
彼の名は。
「ロンダフ」
私は、記憶の氾濫から我を取り戻す。
あふれでた記憶とともに、魔力もどこからか溢れ出す。
私を見ているマハデヴァとマハタパスの顔色が変わるほどの魔力。
「貴様、奴の下僕か!?」
マハデヴァは、手に込めた魔力を解き放つべく、拳を突き出す。
本来ならば、打たれた私の体を突き抜けるほどの威力であろう拳は、私に当たる寸前で動きを止めた。
マハデヴァは困惑した表情を浮かべている。
その体にびっしりと木の枝が巻き付いていたからだ。
「娘!何をした」
マハタパスがこちらへ駆けようとしてくる。
意識がそちらへ向いた瞬間、床が鈍く輝く。
そこから、木の枝が幾本も伸びマハタパスを縛る。
見れば、木製の床から壁から天井から、まるで密林のように枝が伸び、次から次へとマハデヴァとマハタパスへ絡み付いていく。
私は、この現象を知っている。
初めて使った能力だが、知っていた。
「“リビングデッドウッド”」
植物限定の蘇生能力。
蘇った植物は、ある程度自由に操れる。
そして、その植物は一定時間の経過で再び死ぬ。
いや、死よりも酷い。
消滅する。
この世から、跡形もなく消え去る。
その力が、今この家を対象として発現していた。
「くッ!このままではらちがあかん。マハタパス、脱出するぞ」
「ホントにそれは不手際だぞ、マハデヴァ」
マハタパスは腕力で蘇った木の枝を引きちぎる。
再び死んだ枝と、そのもとになった床の一部は消え去る。
だが、次の枝がマハタパスへ襲いかかる。
マハタパスは手に持った槍を振るい、枝を払いのけた。
「マハタパス!」
マハデヴァの声にマハタパスは、槍を一閃。
マハデヴァに傷ひとつつけずに枝を取り去った。
「娘、なかなか楽しい趣向だった。魔王様が目覚める前にこのマハタパスが殺してやろう」
「お前は許さん。マハデヴァへの暴言の数々、万死に値する。楽に死ねると思うなよ!?」
「“震天”」
マハタパスの繰り出した槍の一撃が、壁に穴を開けた。
そこから、マハデヴァとマハタパスは脱出していった。