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カインサーガ  作者: サトウロン
魔王の章
146/410

魔法ギルド編08

それでも、パシュパティはまだ生きていた。

獣化した生体組織を盾にして、本体を守っていたのだ。

しかし、本体たるパシュパティにも甚大なダメージを食らっており、戦闘という局面ではアベルの勝利は確定した。

さらに、追い討ちをかけるように天から緑の騎士が降ってくる。

ベグワシャという鈍い音をたて、落ちてきた風の王の幻影はそのまま、魔力の欠片となって消えていった。


「おのれ!」


声帯も焼けているのか、かすれた声でパシュパティは悪態をつく。


「あなたの計画は頓挫しました」


「まだだ。まだ衛兵隊と魔獣がいる」


そこへ、幾度かの出入りのせいで大きな穴が空いた王宮の天井から見える空に、色とりどりの光が舞った。

それは、魔法による狼煙。

色と発光の間隔で、メッセージを伝えるものだ。


「赤の四連、青の二連、緑の単発、黄色の単発。なるほど」


メッセージを読み取ったアベルは、パシュパティを意地悪そうに見た。


「なんだ、なにがあった!?」


「どうやら、あなたの結界壊しで正気に戻った衛兵隊が投降、共に魔獣に当たりこれを鎮圧、あとはアベルだけよ、はやくしろ、ですね」


後半のアベルに対するイヴァの挑発というか催促は意訳である。

まあ、おそらく間違ってないだろう。

パシュパティを見ると、実に悔しそうな顔をしている。

焦げていてもわかる。


「おのれ、おのれ、おのれ、お、の、れ!!」


わめき散らすパシュパティだったが、右手を握り己の顔面を殴った。

パラパラと、炭化した皮膚が剥がれ落ちる。

その下から綺麗な皮膚の顔が現れる。


「激昂したように見せて、再生の時間を稼いでいたんですか?姑息ですね」


「なんとでも言え。それに激昂していたのは本当だ」


パシュパティの体から、炭化した皮膚が次々に落ちる。

いつの間にか、服まで新品に再生している。


「便利な再生ですねえ」


「貴様らへの返礼は、魔王様のお目覚めとともにしてやろう。今は己の身の無事を喜ぶがいい」


捨て台詞を残して、パシュパティは飛び去った。

今度は、本当に逃げたらしい。

咄嗟に、冷静になれるのは流石だがパシュパティは詰めが甘い。

と、アベルはひどい疲れとともに判断した。


「逃げられたか」


いつの間にか戻っていた黒騎士が、いつものような声で言った。


「……わざと逃がしました?」


黒騎士が戻っていたなら、パシュパティ程度ギタギタのベッコベッコのボコボコにしていたはずだ。


「ん、あ~まあな」


きまりが悪そうに黒騎士は答えた。


「なぜです?」


「俺の知っている事実が確かなら、あの場所にパシュパティはいた」


無理に歴史を変えるわけにはいかないんだ、と黒騎士は続けた。


「あなたはずっと知っていたんですか?僕たちのこと、レイドックのこと、全部」


「いや、俺はあの時は知らなかったんだ。もし、知っていたなら、こんなことにはなってなかったかもな」


「わかりました」


「信じるのか?」


「あなたとは長い付き合いですから」


アベルは笑った。

黒騎士もつられて笑ったようだった。

例え、黒騎士が何を知っていようと魔道帝国が崩壊してから千年近く、この大陸を守っていたのは確かなのだ。

その事実だけで、アベルは黒騎士を信じた。

その来るべき決戦の際にパシュパティは必要なのだろう。


「アベル様、お腹すきました~!」


雰囲気をぶち壊すように、ペズンが叫ぶ。


「今、食事にしますから待ってなさい」


「はあい」


パシュパティに突っ込んで、生き残ったペズンには旨いものをたくさん食べさせる約束を果たさなきゃならない。


「俺も腹へったな」


黒騎士も呟く。


「はいはい、あなたも食べましょうね」


アベルも空腹を感じた。

そして、三人は宮廷料理人を探すために歩きだした。


魔力の使いすぎでボロボロになったイヴァが戻ってきたとき、宮廷の庭には急ごしらえの食卓が出来上がり、その上には出来立ての料理が並んでいた。


「あんたらは……私もお腹すいたわ」


呆れていたイヴァだったが、食欲に抗えず卓についた。


「はい。では皆さんに食卓を解放します。食料は一杯ありますからたくさん食べてください」


との、アベルの呼び掛けにイヴァとともに戻ってきた魔法使いも卓に飛び込む。

避難してきた市民達も遠慮がちに食べ始める。

黒騎士も、ペズンも食べる。


「あなたたちもどうぞ」


アベルは突っ立ったまま動かない衛兵隊に声をかける。


「我々は反逆者です。然るべき罰を受けるために投降しました。そんな我らが食べるわけにはいきません」


パシュパティに唆されて、謀反をおこした衛兵隊は一時的に王都を包囲することに成功した。

しかし、パシュパティの結界壊しに驚愕し、イヴァの結界修復にさらに驚いた。

そして、自分の仕えるべき相手が誰かを考え直し投降したのだそうだ。


「では、あなたたちに罰を与えます。この会場の掃除及び王宮の片付けを命ずる。そのために、腹ごしらえをしなさい。これは命令です」


アベルの言葉に、衛兵隊員がゆっくり歩きだし食事に手をかけた。

魔法使いと市民の間に衛兵隊が交わり、食卓は和やかな雰囲気に包まれた。


「うまいもんだな」


黒騎士が鶏の脚を揚げたものをくわえて、話しかける。

面頬の一部が外れ、口元が見えていた。


「食事が、ですか?」


「お前の口のうまさに、さ」


黒騎士はクックックと笑う。


「彼らも大事なルイラムの民ですからね。ミニオンに唆されたごときで処分するわけにはいきませんよ」


「そうか。お前は変わらんな」


「そうですか?僕の記憶の中の、僕はもっと冷たい人間だったと思えますけどね」


「外面はともかく中身は変わらんよ」


「そう、ですか」


アベルは少し考えて、黒騎士に言った。


「もう少しルイラムを立て直したら、僕も行きます」


魔王レイドックを倒す十人の一人として。


「あいつは友人、だろ?」


「ええ、友人だから、です」


レイドックは友人だ。

友人だった。

友人だった者の務めとして、レイドックは倒さなければならない。

そのために、僕はこの時代に転生したのだ。


「あまり、思い詰めるなよ?この時代で、お前の幸せをつかんでもいいんだぞ」


「もちろん、僕は幸せになりますよ。やるべきことをしてからね」


「なら、いい」


黒騎士は笑った。

その会話を最後に黒騎士は消えた。

やがて、夜になり。

食事会は終わった。

衛兵隊が片付けをし、市民たちは家に帰っていった。

イヴァも、ペズンも倒れるように眠り込んだ。

その寝顔を見てアベルはそこでようやく安堵したのだった。

ルイラムを揺るがしたパシュパティの乱の一日は、こうして終わった。

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