魔法ギルド編07
魔法ギルドの黒の尖塔で手に入れた古代のマジックアイテムを覗きながら、ジョルジュことパシュパティは笑った。
「小娘は衛兵隊と戦い、生まれ変わりはギルドで手こずっている。私の勝ちだ。ふふふ、魔王様復活の狼煙を挙げよう。この私の手によって」
中で風が吹き荒れる水晶玉。
風のオーブと呼ばれるマジックアイテムは、今はパシュパティの顔だけを写している。
内部に圧縮された魔力が込められたこのマジックアイテムは、本来なら緊急時の魔力補給を意図して作成された。
だが、内部の魔力を暴走させることで大規模魔法と同じ効果が得られることから、しばしば帝国崩壊期に反乱を受けて滅びそうな貴族あたりの自決手段として使われた。
パシュパティはそういう風に使うつもりはないが、その威力はよく知っている。
十数年かけて、魔法ギルドの管理する魔道帝国の遺産を調査し、これを見つけた時は驚いたものだった。
問い詰められた結果とはいえ、パシュパティにとってはなかなか上手くいっている。
ルイラムの戦力は底をつき、生まれ変わりも女王も一時的に場を離れている。
今こそ、その時だ。
「このオーブを使い、ルイラムを覆う結界を破壊してくれよう」
ルイラム全土を覆う天蓋。
魔法王国を守る、古代魔道帝国最大の遺産。
それを破壊する。
女王とともに、廷臣や貴族が避難し無人となった王宮をパシュパティはゆったりと歩いていく。
十数年前、ジャンバラ・ダ・ルイラムによって目覚めさせられた時もこの道を歩いた。
本来ならば、我らミニオンを封印した四体の精霊王の消滅を待たねば解けぬはずの眠り。
それを破り、我らを解き放ったジャンバラには感謝の念しかない。
だからこそ、彼が望んだことーー彼を縛る檻であるルイラム王国を破壊するーーを実現させてやろう。
ルイラム王国の政治的、そして地理的中心である王宮。
その中心部である玉座の間。
風のオーブを片手にパシュパティはそこへ到着した。
「遅かったな。待ちくたびれたぜ」
それは黒、だった。
漆黒の鎧兜。
帝国時代より生き永らえた最後にして最強。
「黒騎士、か」
「自らを用間となし、自らを陽動とし、他を全て捨て駒とする。まったくお前らしい策だったよ」
「抜かせ」
「しかし、な。あまり良い言い方ではないがどんなに策をろうしたところでお前はシャンカラにすら届かない」
「何を、言って……」
シャンカラ。
パシュパティと同じく、魔王のミニオンとして、また魔王軍の軍師として帝国と戦った魔導師だ。
パシュパティが密かに対抗意識を持っていたことを知る者は少ない。
「あれもどうかしている奴だがな。誉めるわけではないが奴の軍略は本物だよ」
「それが、それがどうした!!私の目的はもう達せられたも同然。貴様の剣が我が体を貫くよりも速く、このオーブは結界を壊す」
「そうなれば、一段と寒い今冬の冷気が一気に降り注ぎルイラム王都を氷の中に閉じ込める、という目論見だな?」
「ふ、ふふふ、ははは。そうだ、そうだよ、その通りだ。マイナス40度の寒気がルイラム上空へやって来ている。それが降り注げば誰も生きてはいられまい」
パシュパティはオーブを掲げた。
「やってみろよ」
「後悔するなよ、黒騎士!!」
挑発に押された結果だったが、パシュパティは目的を果たした。
彼はオーブを握り潰し、中に蓄積された魔力を解き放つ。
荒れ狂う暴風となった風の魔力は、結界の天頂へと達した。
やがて、魔力は形を取りはじめる。
はじめに色。
鮮やかな緑。
次に形。
甲冑を着込んだ人の姿。
そして、槍。
それはかつて、結界船の上でカインとアズが倒した“風の王”の幻影だった。
その風の王が手に持つ槍の穂先が、結界に触れる。
透明な結界が、穂先の当たった部分から白く濁りはじめる。
結界は槍の勢いに押されるようにたわみ、それでも槍を押し戻そうと反発する。
風の王の幻影は、その反発を押さえ込もうと空中の見えない足場で踏ん張る。
やがて、数分の拮抗を経て結界の白く濁った部分にひびが入る。
一度割れれば、結界は脆い。
ましてや、既に結界を張った古代の魔導師はいない。
ほどなくして、ルイラム全土を覆う結界にはしるひびは、それこそルイラム全土から見えるほど縦横無尽にはしり、まるで天空が壊れるような光景をつくりだした。
「ははは。これぞ、魔王様復活の狼煙。ルイラム王国の壊滅をもって終末が来るッ!」
「そうはさせません」
哄笑をあげながら、嬉しそうに語るパシュパティを“ピアッシングサンダー”の電撃を放ちながらアベルが遮る。
「来たな、魔道皇帝。だが、もう遅い。すでに手遅れだ」
「待っていたぞ、アベル」
「お待たせしましたね」
黒騎士はアベルの姿を確認し、その直後飛び立つ。
「な、奴は何を!?」
「わかりませんか?パシュパティ。黒騎士は風の王の、イシュリムの幻影を止めに行ったんですよ。結界を壊すことでほぼ魔力を使い果たした状態のね」
「そ、それでも結界はすでに」
その時、結界が外縁部から凍える輝きとともに再構築されるのが見えた。
壊れて崩れ落ちる寸前の結界が氷に覆われ、形を保っていくのが見える。
「残念でしたね。結界はイヴァが修復しました」
「馬鹿な!?結界の修復魔法は既に失われたはずだ」
「公式では、そうですね。しかし、ジャンバラ・ダ・ルイラムは理論上ではありますが結界修復の魔法を発見していたんです」
「な、そんな」
「あなたには知らせてなかったようですね。まあ、ジャンバラは適性がなかったようで試験もしてなかったようです」
「そ、それでは私のやったことは無駄だった、と」
「はい」
爽やかな笑顔でアベルは答えた。
「しかし、私はただでは終らん。貴様を殺し、ここを破壊する」
「無駄です。ペズン」
アベルの呼び掛けに、ペズンはパシュパティに飛び掛かる。
魔獣の時の、体の使い方を覚えていたようでまさに獣のように動く。
「このような操り人形をけしかけるなど、私を舐めるなッ!」
パシュパティは強力な闇属性の“杖”魔法を放つ。
狙いは外れず、黒い闇の球体はペズンへ命中する。
ペズン程度の魔法防御では、完全に致命傷な魔法だ。
食らったペズンは、それでも目を光らせて“魂の使い方”である範囲ダメージ投射を発動。
食らったダメージをパシュパティへぶつける。
自分の与えたダメージをぶつけられたパシュパティはよろめく。
大きなダメージではない、が隙ができた。
「“杖”の第13階位“トールハンマー”」
無詠唱かつ、今のアベルが放てる最強最速の魔法がパシュパティに襲いかかる。
雷鳴を束ねたような電撃と轟音が周囲を照らし、音を鳴らし、アベルの魔力が尽きるまで続いた。
黒焦げになったパシュパティを見ながら、アベルは笑った。