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カインサーガ  作者: サトウロン
魔王の章
143/410

魔法ギルド編05

今年は冬の寒さが厳しい。

結界に覆われているルイラム国内は、一定の温度に保たれているとはいえ例年より冷えているのは確かだ。

それが、アベルの言う魔王の復活のせいなのかどうかはあずかりしらないことではあるが。

執務室で、書類の山を前にイヴァ・ルイラムはため息をついた。

この書類の山には、いろいろな事項がありイヴァの承認を待っている。

結界船の修復。

後任の衛兵隊長の人事。

モーレリアの商人ギルドとの通商交渉。

その他諸々。

降り悪く、ジョルジュ拘束からの一連の騒ぎで政務は滞っており、アベルも魔法ギルドへ行ってしまった。

そんな時に限って、何か起きるのだとイヴァは予測していた。


執務室の外、廊下を駆ける音がする。

イヴァの予感は当たるのだ。

バン、と扉が勢いよく開けられる。

入ってきたのは市街で、魔法ギルドを囲んでいるはずの王宮付き魔法使いの若者だ。


「何事か?」


「ほ、報告いたします。ルイラム国内で衛兵隊が決起、民衆を襲いながら王都へ進軍中とのこと」


「衛兵隊……が決起だと?」


執務室の中がざわめく。

ジョルジュの仕業に決まっている。

流石は、魔王のミニオンと言ったところか。


「その情報の出所は?」


イヴァの問いに魔法使いは慌てて答える。


「王都周辺に避難してきた民が集まっております。その者らが口々に衛兵隊に襲われた、と」


「決起した衛兵隊と避難者の数は?」


「各地の連絡員からの報告が途絶しているため、正確な人数ではありませんが、おおよそ千の衛兵が決起し五千人あまりの民が集まっている模様です」


衛兵千人か。

少ない、というわけではないけれどそれほど多くはない。

王宮付き魔法使いを向かわせて……と考えたイヴァは思考を止める。

そうか、王宮付き魔法使いの大半は魔法ギルドを囲んでいる、のだ。

ミニオンをアベルが倒し損ねた場合にギルドごと吹き飛ばすために。

そうなると、動かせるのは?

魔法ギルドはほぼ壊滅。

王宮付き魔法使いは出払っている。

衛兵隊は敵に回って……。

これは。


そこへ、また走ってくる足音。

勢いよく入ってきた青いローブの魔法使いが息を切らせながら声をあげる。


「ほ、ほ、報告、いたします。魔法ギルド内から魔獣が現れ、我々魔法使いを襲撃し始めたため、交戦を開始しました。形勢不利なため、増援をお願いしたいと……」


詰んだ。

イヴァはこちらが圧倒的に不利なことを理解した。

ジョルジュは思っていた以上に、衛兵隊を掌握していたようだ。

外から衛兵隊。

中から魔獣。

ほんのわずかな思考を経て、イヴァはやることを決める。

アベルがパシュパティをどうにかする間、王都を守るのは私の役目だ。


「王宮付き魔法使いの残りは出撃し、魔法ギルド周辺の援護へ向かえ」


イヴァの命令に文官らがざわめく。


「お言葉ですが、陛下。王宮の守りはいかがなさるつもりですか?」


「王宮は、守らぬ」


イヴァの決断に、文官も魔法使いも絶句した。


「陛下、それはどういう……?」


「私自らが指揮をとり、王都周辺の衛兵隊を排除する」


「陛下が出るなどとんでもないことですぞ」


「私を誰だと思っているの?」


その称号たる“氷雪の女王”を感じさせる視線で射抜かれて文官は押し黙った。

訪れた沈黙を破るかのように、報告を伝えてきた魔法使いが声をあげた。


「女王陛下御親征!!氷雪の女王が出るぞ」


「全ての魔法使いは、女王陛下へ続けッ!」


氷のような微笑を浮かべ、魔法使いの声に推されイヴァは執務室から出陣した。


魔法ギルド、閉鎖図書館ではアベルとペズンがパシュパティと視線を交錯させている。


「時にアベル君。私を覚えているのかね?」


「今は、覚えてますよ」


「そうか。なんとなく雰囲気が違うように思えたのでね」


「この時代でも、繰り返すつもりですか?」


「私を選ばなかった間違った時代は壊されて当然だった」


「イシュリムは、あなたを、実の兄のことを最後まで許そうとしていた」


「最後まであれは、私のことを誤解していたようだな」


「そういうことを言うのなら、私はあなたを倒す。帝国時代のように逃がすことはしません」


「ふふ。強気な態度だが、もうお前は詰んでいるのだよ」


「……なに?」


パシュパティは笑みを浮かべて、立ち上がった。


「貴様の女王イヴァ・ルイラムが先ほど王宮の魔法使いを全て連れて出ていったぞ?」


「な、に」


「魔法ギルドの周囲には魔獣の群れ、王都の周囲には我が衛兵隊。戦力不足の女王は自ら戦うしかない。故に、王宮は空っぽだ」


「なら、ここで無駄話をしている間はなさそうですね」


アベルとパシュパティの話を聞いていて、僕ことペズンは空腹が酷くなっていくのを感じていた。

昼御飯、食べてないから。

そういえば、朝も食べてないや。

よく考えれば、昨夜も、昨日の昼も、昨日の朝も、ずっとずっと食べてない。

誰かに何か聞かれたら、お前は記録係です、と言え、と言われたような気がする。

お前は、魔法の才がないのだから新しい魔法の実験台になるのが相応しい、とも言われた気がする。

そうか、僕は実験台だったのか。

お腹がすいた僕を置いて、この二人は話あっている。

お腹がすいたなあ。

ああ、みんなそうだったんだ。

お腹がすいていたから、僕を食べようとしたんだ。

だったら、僕も食べよう。

とりあえず、目の前にある食材を。

食べる。

空腹を、癒やすために、喰らう。

それが、例え、人間であろうとも。


ザグン、という音がして。

僕ことアベルは左腕に激痛を感じた。

スウッと冷たい感覚。

温かいものが流れでる感触。

左腕を噛みちぎられた。


「ペズン!?」


「ふふふ。ようやく最後の魔獣が目覚めたようだな」


パシュパティは楽しそうに笑う。

アベルは信じられないものを見るように、ペズンを見る。

ペズンは口にアベルの左腕をくわえて、獣のように四つん這いになっている。

例え人間であろうとも、人を食べるものは魔獣なのだ。

魔獣ペズンは、アベルの腕を咀嚼している。

旨そうに喰らう。


「魔獣のもとは、ギルドの魔法使い達だったのだな?」


「その若い魔法使いだけは、“符”の魔法に長けていたようで変化までは時間がかかったがな。それでは貴様はここでそいつと殺し合うといい。私は空になった王宮へ行かせてもらおう」


再び、翼を生やしてパシュパティは飛び立つ。

先ほどと同じように、天井に穴を開けて。

貴重な古書のページが破れて舞い上がる。


「“杖”の第六階位“サンダーゾーン”」


片手かつ、無詠唱でアベルが放った高速範囲電撃魔法は襲いかかろうとしていたペズンと飛び去ろうとしていたパシュパティを同時に攻撃した。


「チィッ、まだそんなことが出来るとはな。だが、その魔獣をかばったのか?威力が低いぞ」


全身から煙をあげながらも、パシュパティはそのまま飛び去ってしまった。

ペズンもわずかな間、怯んでいたが再度アベルを狙って低く唸る。


「やれやれ、飛び去ってしまった奴は追わなきゃないし、この獣少年は助けなきゃないし、目覚めたとたんいろいろ大変だ」


ぼやくようにアベルは呟いた。

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