魔法ギルド編04
そして、僕はペズンと出会いここにいる。
ここ、つまり魔法ギルド、正式名称は魔法使い協会。
ウルファ大陸の魔法使いの互助組織だ。
魔法使いの基礎を身に付け、発展を目指す知識を教える魔法学院を中心に、魔法使いの仕事の斡旋なども行っている。
また、一般向けに魔法技術の販売もしている。
本部はルイラムの王都にありながらも、独立しており一種の自治区の扱いだ。
主な国家には支部があり、日々魔法の研鑽を積み、一般人への魔法への啓蒙を行っている。
僕、ことアベルも幼少期には魔法学院に在籍していた。
最年少の第13階位“氷雪の女王”イヴァも同じ時期に在籍していたため、それほど注目されなかったが学院のいろいろな研究の最年少記録を塗り替えていたりする。
ちなみに、アベルの隣の席はイヴァの指定席である。
幼い次期女王が相方を連れて講義を受けているのは、普通に入学した二十代から三十代の人にとってあまりいい気分ではなかったろうな、と今では思う。
卒業後は、すぐに王宮に入りイヴァが父であるジャンバラに対して起こしたクーデターの軍師役として活動したりした。
当時の魔法ギルドは、ジャンバラではなくイヴァに味方した。
いろいろ理由はあるだろうが、ジャンバラ自らが造り出した魔法を研究する組織、いわゆる黒魔機関のことが目障りだったから、のように思える。
魔法使いはとかく暴走しがちだからと、規律、ルールを定めている魔法ギルドを嘲笑うかのように、黒魔機関は一線を踏み越えた研究を行っていた。
死霊術、魔獣作成、精神操作などの禁術を研究している黒魔機関をある意味では忌み嫌い、またある意味では妬んでいたのだろう、とアベルは予測する。
己の興味の対象にどこまでも、突き進んでいくのが魔法使いなのだから。
新たな知識を得るために、何でもするというのが魔法使いだ。
逆に言えば、そのくらいの覚悟がなければ魔法使いにならないほうがいい。
それを制限している魔法ギルドと、突き進んでいる黒魔機関と衝突が起きるのは必然だったといえる。
そして、クーデターが成功しジャンバラ王は退位し軟禁され、ジャンバラ派の貴族は粛清された。
黒魔機関は解散し、多くのメンバーは行方をくらませた。
それから。
魔法ギルドはそのまま存続し、アベルは王宮魔法使いに籍を起きながら大陸中を黒魔機関の魔法使いを探索しながらさまよった。
その間の魔法ギルドのことは、ノータッチだ。
というようなことを思い出しつつ、目の前の青年を観察する。
赤の尖塔で働いている、と言っていた。
それはつまり、攻撃用魔法の研究に関わっていたとのことだ。
けれど、彼自身は魔獣との対応を見る限り、攻撃魔法に長けているとは言い難い。
そのへんはどうなっているのか、と僕は疑問に思って聞いてみた。
「え?僕の仕事ですか?」
「うん。赤の尖塔で働いていたんだよね?」
「ええ、まあ」
「赤の尖塔は攻撃用魔法の研究がメインだって聞いているけど?」
「まあ、そうなんですけど」
僕は記録係でしたから、とペズンは続けた。
「記録係?」
「ええ、記録を取るのは魔法の才能はいらないですからね。それに僕の魔法の方向性は“符”ですし」
“符”、つまり妨害魔法や弱体化魔法が得意、な奴が記録係とはいえ、赤の尖塔で働けるのか?
妙な感覚に取りつかれたような気分。
しかし、それ以上の追及はできなかった。
「ついた。閉鎖図書館だ」
この最上階に逃走したパシュパティがいるはずだ。
魔道帝国の遺産を使って、何をするつもりかはわからない。
しかし、ろくなことにならないのはたしかだ。
「なんで、逃げないんですか?」
後ろを向くと、青ざめた顔のペズンが足を止めている。
「ここにこの騒ぎの元凶がいるから、ですよ」
「そんなの放っておけばいいじゃないですか!」
「どうして?」
「死んじゃいますよ」
ポツリとペズンは“死”という言葉を吐き出した。
なるほど、突然こんなことに巻き込まれて怖かったのだろう、と僕は感じた。
彼は僕のように関わりがあって、ここにいるわけではないから。
「実は、一回殺されたんだ」
「一回、殺された……?」
ペズンは信じられないものを見る目で、僕を見る。
気持ちはわかる。
まるで死霊かゾンビでも見ている気分なのだろう。
「肉体的には一度死に、甦った。今は生きているよ」
「なんで?なんで助かったのに!?また、死ぬかも知れないんですよ?」
「誰かがなんとかしてくれるまで、隠れているかい?」
「そ、そうです。きっと誰かがなんとかしてくれる。僕は隠れてでも生き残りたい」
「千年たっても、人間は変わらない、か」
黒騎士ならどうするだろう。
このままペズンを放っておいて、パシュパティを倒しにいくか。
そう、だろうな。
黒騎士ならそうするかもしれない。
「なんと言われようが、僕は死にたくない。死にたくないんだ」
必死に声をしぼりだすペズンに、僕は微笑んだ。
「情けない、とは言わないよ。生き残りたいのは誰も同じだ。けれど、もしも僕が君だったら今逃げたことで、隠れたことでこの先一生自分を許せなくなるだろうね」
アベルは前を向いた。
言うべきことは多分言った。
それを聞いて、どう行動するかは彼の決めることだ。
助けるなら、最後まで助けろと心の声が囁く。
けれど、僕が助けたことによって彼がダメになってしまう可能性だってある。
自分で決めたことを自分で守ることが、自分にできることだ。
僕は、それ以上後ろを見ずに“黒の尖塔”へ足を踏み入れた。
アベルという青年の言ったことが、僕ことペズンの頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
逃げたことで、隠れたことでこの先一生自分を許せないだろうね、と。
そうだろう、と僕も思う。
大事な局面で逃げるということは、その先また大事な局面が来たときに逃げる可能性があるということ。
そんな奴は誰からも信用されないだろう。
だから、僕は逃げなかった。
隠れなかった。
足を前に踏み出し続けた。
「君は勇気があるね」
と、アベルがこちらを見ずに言った。
「……一人でいたくない、だけです」
「そうだね。人は一人では生きていけない」
そういうことではない。
けれど、僕は訂正しなかった。
この不思議な青年には、考えを見透かされているような気がしたからだ。
だから、ただ歩いてついていくことしかできない。
そして、僕らは閉鎖図書館へ侵入した。
古い本の匂いがする。
夥しい数の古書が本棚に収められ、読まれるときを待っている。
まあ、ほとんどの書は再び読まれる可能性は低い。
ここは魔法ギルドの中でも、最も侵入が難しい場所だからだ。
まあ、僕らは入っちゃったわけだけど。
これは非常事態ということで。
本棚の中心に椅子とテーブルが置いてある。
そこに腰掛けた男。
こちらを見ようともせず、一心不乱に古書を読んでいる。
「ようやく、見つけましたよ。パシュパティ」
アベルの声に、パシュパティは顔をあげた。