魔法ギルド編03
『アベル』
誰かが誰かを呼ぶ声がする。
長い夢を見ていたような、そんな気分だ。
その夢の中で、僕はいろんなことを思い出した。
厳格な父と繊細な兄。
大勢の、記号のような召し使い達。
友達との出会い。
楽しかったこと、嬉しかったこと、笑いあったこと。
あの事件。
僕らはバラバラになり、友達同士で争い。
そして、僕は死んだ。
長い間待って、そんな思い出も記憶の奥底へ行ってしまって。
それでも、僕は再びこの世界に生まれ。
ジャンバラに見いだされ。
イヴァと出会い。
魔法使いを狩り。
君と再会した。
もちろん、君は僕のことなど知らなかったろうし、その時の僕も残念ながら忘れていた。
それでも、僕らは信頼しあえる仲間になれた、と思う。
やがて、過去の亡霊のように奴らは帰ってきた。
心のどこかであいつが甦ろうとしているのをわかっていた。
僕は、あいつを再び倒すためにこの時代に生まれたのだから。
『アベル』
ああ、僕を呼ぶ声がする。
そろそろ、起きなくちゃ。
『起きろ、このバカ』
む!?
今、起きるって言ってるだろ。
でも、なんだか懐かしい。
これ以上、罵倒されるわけにもいかない。
僕は、目を開けた。
ルイラム王宮の、女王の私室だ。
天井の、模様で僕はそう判断した。
イヴァがまだ小さかった時、氷の魔法で遊んでいたら天井が凍りついて、僕がそれを溶かそうと火の魔法をぶっぱなして大騒ぎになったことがあった。
その時の、濡れてしみがついた部分と焦げた部分が模様になって、今でも残っている。
それを見て、僕は思わず笑ってしまった。
「人がこんなに心配しているのに、起きるなり笑い始めるなんて、いい度胸ね?」
凍りつきそうなほど冷えた声に、僕はゆっくりと声の方を向く。
口調とは裏腹に、にやけるのを押さえるので精一杯の僕の女王、イヴァがいた。
「あの天井を見てたら、つい」
「あの天井?」
イヴァは天井を見る。
「懐かしいですね」
「そうね」
イヴァもいろいろ、思い出していたようだ。
天井から戻ったイヴァの視線が、僕のそれと重なった。
目が腫れたような感じだ。
僕のために泣いていてくれた、と思うのは自惚れかな。
その表情はやっぱり緩んでいて、僕が帰ってきて嬉しいよお、という感情がありありと浮かんでいた。
「イヴァさま、ただいま」
「うん。おかえり、アベル」
「あ~、そろそろ本題に入っていいか?」
ここで第三の声。
というか、起きない僕を罵倒していた奴がいたのは覚えている。
黒い鎧に身を包み、顔を隠したその男。
自らを黒騎士と呼ばせる男。
「お久しぶり、と言えばいい?」
「久しぶりも久しぶりさ。俺は千年待ったんだぜ?」
「やっぱり千年は立ってましたか」
「ああ。イシュリム、エレナ、ファイレム、そしてラグナ、みんないってしまった」
「ラグナの時は、なんとなくわかりました。最期まであいつらしかったですか?」
「ああ。最期の最期まで奴はラグナ・ディアスだったよ」
僕は、いなくなった友達の顔を思い出していた。
そして、目覚めようとしているもう一人の友のことも。
「レイドックは?」
「まだ、寝てる。が、ミニオンは全員起きた」
「それに関しては僕も責任を感じてます」
「ジョルジュのことか?あれは起こしたジャンバラが悪い、と思うぞ」
そこの女王様には悪いがな、と黒騎士は続けた。
「あいつだけじゃないですよ。少なくとも、プーテスバラを名乗るあいつもジャンバラ王が目覚めさせてます」
「プーテスバラ、あいつか」
「とりあえずは、手の届くところにいるジョルジュ、いえパシュパティを止めましょう。少しでも力を削いでおいたほうがいいんでしょ?」
「ああ。ミニオンどもは一人でも厄介だからな」
「というわけで」
と、僕はイヴァのほうを向いた。
「なあに?」
「僕は、アベル・ゼバブ。この時代では古代魔道帝国と呼ばれた国家の皇帝、の生まれ変わりです」
「存じておりました。かつて父ジャンバラがあなたのことをそう呼んでおりましたから」
「と、同時に今までのアベルでもあります」
だから、今まで通りアベルと呼んでください、と僕はイヴァに言った。
わかった、とイヴァは頷いた。
「パシュパティは魔法ギルドへ逃げた」
「何をするつもりでしょうか?」
「さてな。だが、あそこには帝国のガラクタが置いてあるだろう。それを使う気だろうな」
古代魔道帝国の終焉に伴って、多くの遺産がルイラムへ運び込まれた。
そしてそのほとんどは、魔法使いの集団ーー後に魔法使い協会と呼ばれることになるーーが管理することになった。
ルイラムの領主であり、魔法使いでもあった初代ルイラムは王位につき、帝国崩壊から王国と帝国の遺産を守りきった。
それから、時が流れ今に至る。
帝国の遺産ーー黒騎士はガラクタなどと言っているがーーが然るべき者の手で運用されれば、大変な事態になることは目に見えている。
「で、どうする?」
黒騎士がこちらを見ている。
「あなたは長生きなんですから、休んでてください。僕が行きます」
「老人扱いするなよ」
「魔道皇帝の力を、パシュパティに見せてやりますよ」
こうして、僕は魔法ギルドへ向かうことになった。
ギルドの建物は、イヴァが王宮付きの魔法使いを手配して包囲。
生存者を救出しつつ、パシュパティを止める。
黒騎士は留守番だ。
なんでも、レインダフではルーティに化けたミニオンが乱入して危うく全滅するところだったらしい。
その轍を踏まないようにだ。
まあ、黒騎士なら一人でミニオン全員を倒せるだろうが。
「それでは行ってきます」
僕は、無詠唱で限定空間転移魔法を使った。
行ったことのある場所へ、空間転移できる大変便利な魔法だ。
今の技術で再現するには、魔力炉から魔力を受け取り、補助用にマジックアイテムやアーティファクトを使って行う必要がある。
かつて、カインやカリバーン、ルーナと一緒のころにフェルアリードがやったように。
わずかな揺らぎを感じた後、僕は結界を張りつつ転移を完了した。
そこは魔法ギルドの地下階、かつてのルイラム領主の館跡だ。
魔道皇帝として行ったことのがある場所、か。
それとも、ただの魔法使いアベルが行ったことのがある場所か。
今の建物が建てられる時に、埋められたようで誰も入った形跡がない。
そういえば、と僕は思い出した。
ここは、イヴァと忍び込んだことがある。
記憶を頼りに、朽ちたクローゼットやエンドテーブルを漁ると、それがあった。
僕とイヴァが初めて行ったエンチャント。
僕は木の棒に、イヴァは髪飾りに同じ“防御力微上昇”のエンチャントをした。
それを記念に、ここに隠したのだ。
埃っぽいそれを、思い出とともに僕は拾い上げた。
やっぱり、僕は今のアベルとしての影響が強いようだ。
そして、上へ向かう。
パシュパティを止める。
それから、のことはそれから考えよう。