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カインサーガ  作者: サトウロン
魔王の章
139/410

魔法ギルド編01

北の魔法王国ルイラムの王都に、王宮と並ぶ立派な建物がある。

古代魔道帝国時代の施設を模したものとおぼしき五つの尖塔を持つ大きな館だ。

五つの尖塔は、それぞれ赤、青、緑、黄色、黒の旗がのぼっている。

それぞれが、魔法の属性を表している。

そう、ここは魔法使い協会、いわゆる魔法ギルドの本部である。

そこは今、大混乱に陥っていた。

見ている間に、赤い旗の尖塔が爆発しガラガラと崩れ落ちていく。

煙がもくもくと王都の天井ーー結界にまで届くほど上がっていく。


その魔法ギルドの本部の中、若い魔法使いのペズンは何かが崩れるような轟音に耳を押さえてしゃがみこんだ。


「ひぃえぇ」


情けない悲鳴をあげる。

それが、自分の悲鳴だと気づくまでしばらくかかる。


「逃げなきゃ」


抜けそうになる腰を叱咤してペズンは這うように歩き出した。


異変が起こったのは昼前だった、と思う。

昼食をとろうと勤務先である赤の尖塔から降りて、外にある食事処へ向かおう、としていた矢先。

尋常じゃない魔力が満ちて、ギルドの一階層に魔獣が出現した。

普通の獣と違って、他の獣の特徴を兼ね備えたーー例えば翼がある虎とかーーものや、火や雷のブレスを吐くものなど、自然には存在しないものを魔獣と呼んでいる。

その魔獣がパッと見ただけで二十体以上現れ、居合わせたギルド員に襲いかかっていた。

ペズンは悲鳴をあげて逃げた。


わけのわからぬままギルド内を走り抜け、落ち着いたと思ったところで爆発と轟音、パラパラと落ちる壁と天井の欠片。

休む間もなく、ペズンはそこから逃げ出したのだった。


ドズン、ドズンとペズンの隠れている場所の近くを牛頭の魔獣が六本の足を響かせながら通りすぎていく。

遠くから、鳥のような鳴き声や獣の叫びが聞こえる。

ペズンはもう生きた心地はしない。

逃げることもできずに震えるだけだ。

お腹もへってきた。

せめて、昼御飯を食べてから襲ってくればまだマシだったのに。

とペズンは考えている。


ペズンはルイラム西部の小村で生まれた。

たまたま、近くに住んでいた魔法使いがペズンの才能を見込んで魔法ギルドへ推薦してくれた。

ギルド内の学校を卒業し、ギルド付きの魔法使いとなり今に至る。

才能と言っても、普通の魔法使い並みの才能でギルドの中では可もなく不可もなくといった扱いだ。

このまま、ギルドに居てもいいのかと将来に不安を覚えていた時のこの異変だった。


六本足の牛頭がペズンを見つけたのは、そのあたりだ。

食べられるものを見つけて、駆け寄ってくる。


もうひとつ、魔獣が魔獣と判断される条件がある。

それは人を喰うことだ。

どんなに獰猛かつ醜悪な容姿の生き物で肉食でも人を食わねば、そういう生き物に分類される。

しかし、かわいい子犬の見た目をしていても人を食えば、それは魔獣なのだ。

その点、ペズンを襲ってきたのは見た目も人を喰うところも間違いなく、魔獣だった。

その感情の見えない黒い瞳に、金縛りにあったようにペズンは動けなくなった。

六本の足が滑らかに動き、こちらに近付いてくるのがわかる。

牛のような頭だったが、開かれた口は鋭い牙が並び、だらだらとよだれを垂らしている。

これから、こいつに食われるのだ、と。

理解してもなお、ペズンは動けない。


「“杖”の第3階位“ピアッシングサンダー”」


魔法の発動を感知した時には、魔獣の瞳はグルリと裏返り、ズシンと重い音をたてて倒れていた。


「え?今の?死んだ?なに?」


「大丈夫?怪我は……ないようだね」


ペズンの前に現れたのは、銀の刺繍が施された青いローブの青年だった。

青いローブは魔法使いの証、そして銀の刺繍は……なんだっけ?


「助けていただいてありがとうございます」


とりあえず礼を言った。

まだ若い、二十代になったばかりか、十代の終わりか。

ペズンよりもやや年上の青年は、爽やかな笑みを浮かべた。


「礼には及ばないよ。ギルドがこんな有り様だし、助け合っていかないと」


ペズンはあたりを見回して「ですよね」と答えた。

瓦礫。

死んだ魔獣。

生きている魔獣。

死んでいる魔法使い。


「僕はアベル。君は?」


「ぼ、ぼくは、あ、いえ私は第4階位のギルド付き魔法使い、ペズンと申します」


「わかった。ではペズン、僕についてきてくれ」


「ど、どこにいくんです?」


「とりあえず、ここから逃げましょう。まだ魔獣がうろついていますから」


アベルの言葉に大きく首を縦にふって、ペズンは同意した。


魔獣の索敵範囲についての講釈を受けながら、ペズンはアベルについていった。


「魔獣には視覚索敵、熱源索敵、嗅覚索敵、聴覚索敵、魔力探知などの索敵方法がある。どの魔獣がどんな索敵方法を持っているか知ることで先手を打って奇襲もできるし、逃走することもできる」


「そんなの一瞥して分かるものでしょうか?」


「判断の基準はまずは見た目、例えば先程の牛頭の魔獣ならば目、つまり視覚索敵をしている可能性が高い」


ペズンはさっきの魔獣の黒い瞳を思い出して身震いした。


「あとはなんでしたっけ?熱源と嗅覚と聴覚と魔力?」


「熱源索敵は寒冷地に生息する魔獣に多いね、雪やなんかで見ることができないから。嗅覚は視覚索敵と併用している獣型の魔獣に多い。聴覚は鳥型が多い気がする。まあ、一番厄介なのは魔力探知タイプだね」


「魔力探知……厄介ですか?」


「うん。魔力は基本誰でも持っているものだからね。その大小で索敵されると、範囲にもよるけど確実に見つかる」


「確実……ヤバいじゃないですか?い、いるんですかね、それ」


「実はね、魔力探知タイプの魔獣は確認されていない」


「へ?」


「理論上、いるとされているだけでね」


「脅かさないでくださいよ」


「でも、いるかもしれない。少なくともジョルジュは所持していた」


「ジョルジュ、誰です?そんな魔法使い、聞いたことないですけど」


「いや、聞かなかったことにしてくれ。まだ確証の無いことだし」


「はあ」


というような会話を小声でしながら二人は、足音をなるべく消して、魔法ギルド内を歩いた。

瓦礫で寸断されたギルド内を、方向感覚を失わせようとするかのようにアベルは進んでいく。

まあ、それに付いていくペズンは既に、自分がどこにいるかわからなくなっていたため、問題は無かったが。


所々抜けている階段を登りはじめた時に、ようやくペズンはどこにいるか気づいた。


「こ、ここは黒の尖塔じゃないですか?」


「その通り、魔法ギルド内の機密資料を保管した閉鎖図書館のある黒の尖塔だ」


開けられた穴ーーかつては窓と呼ばれていたーーから、外の様子が見えた。

赤の尖塔と、緑の尖塔ーー攻撃用杖魔法研究開発室とエンチャント技術実験室のある尖塔だーーが既に倒され、瓦礫と化している。


「対抗が予想されるギルド内の早期無力化と本部への魔獣の投入、流石はミニオンと言ったところか」


アベルの呟きにペズンは気付かない。

その目は外に向いていたからだ。

魔法ギルドの外に展開された青いローブの集団。

手には待機済みの魔法が発動の時を待っているように見える。

そのローブがキラキラと輝いている。

それは銀の刺繍がしてあるから。


「宮廷の戦闘魔法使い団がギルドを狙っている?」


「それは最後の手段だけどね」


「最後の手段?」


アベルは笑った。


「僕らが失敗した時に魔法ギルドごと、相手を吹き飛ばすための」


ペズンは何度目かわからない悲鳴をあげた。

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