ガッジール王国編07
「意志、だと?」
聖剣の意志たるカリバーンの姿を模した男、クロノエクスは剣に選ばれた者であるカリバーンの意志が折れた聖剣を再生させるのだ、と言った。
「そうだ。思う力がなによりも強いこの世界は、意志こそが全てを変えていく」
「剣よ、復活せよ、とでも念じればいいのか?」
「魔法を使う時のように、魔力を練り上げ意志を載せて解き放つ。君にはそれができるはずだ」
クロノエクスのアドバイスに従い、カリバーンは魔力を練る。
己の中で揺れ動く力の欠片を集めていく。
その流れに聖剣の復活の意志を載せて。
クロノエクスがそれに反応していく。
カリバーンの姿のそれは、微笑んだ。
「なぜ、笑う?」
魔力を練り上げながら、カリバーンは問う。
「いやね。道具として造られた私が星霜の年月を経て誰かのために戦うことになるとはね、と思って」
「お前は道具ではない」
「ん?」
「我が意志を体現するための剣。いや、私の意志そのものだ」
「そうか。ならば新しい私になる必要があるな。君の意志が生み出す新たな剣。君が名を付けてくれないか?」
「名前、か」
カリバーンは載せるべき、己の意志を確認する。
全てを守る。
己の守るべき全てを。
カリバーンの剣。
クロノエクス。
時を操る力は正直いらない。
「ならクロノは外そうか、これが時の意味を持つ言葉だからね」
カリバーンの考えを読んだのか、自分のアイデンティティを否定するようなことを言うクロノエクス。
いや、もう違うのか。
クロノを外すとエクス、カリバーンの剣。
カリバーンの脳裏にその言葉が並び、それを選びとった。
「お前は、時を外したエクス、カリバーンの剣。そうエクスカリバー、それがお前の新たな名前だ、我が剣よ」
「エクスカリバー」
カリバーンの似姿はもう一度笑った。
そこで、幻影は途切れる。
そして、エクスカリバーが輝く。
その輝きが視界を塗りつぶしーー弾けた。
黄金の光が、新たな聖剣の誕生を祝うかのように舞い踊り、エクスカリバーは鼓動を打つように輝いた。
黄金の光が去った後、アーサー・カリバーンはロンダフ三番通りに戻っていた。
手にはさきほどのように黄金に光輝く刀身の両手剣。
「団長、上手くいったようですね」
モルドレットが嬉しそうに声をかけてきた。
「ああ、どうやらそのようだ」
「それ、クロノエクスじゃなくなってませんか?」
怪訝そうな顔のアルキバ。
確かに昨日、手にとって見た時とは見た目と中身が違う。
「この剣は、もはやクロノエクスではない。剣の意志と私の意志によって造り上げられた聖剣エクスカリバー、だ」
「神器クラスのレアアイテムを、意志の力で作り替えた、だって?」
アルキバは慌てて、剣のパラメータを確認する。
うわお、とか、ありゃりゃ、とか、なんだこれ、とか騒いでいる。
「すみませんね、騒がしくて」
シェーミが謝ってくる。
カリバーンは、別に気にはしない、と苦笑して答えた。
「ほんとに凄いことになってるよ、この剣」
興奮したアルキバが、頬を紅潮させて報告してきた。
「何が凄いんだ?」
「この剣のパラメータだよ。いい?聖剣エクスカリバー、アーサー・カリバーン・ペンドラゴン専用アイテム。持ち主に全ステータスプラス10パーセント付与、結界呪文自動展開、魔法効果20パーセント向上、属性ダメージ半減、物理ダメージ半減、パーティユニット体力自動回復1秒1点……。もともとのクロノエクスの性能を書き換えて、ここまで追加効果できるなんて」
少しやり過ぎたようだ、とカリバーンは頭を掻いた。
なるほど、自分の意志を反映させるとこのようなことになるのだ、と得心のいく部分もあるが。
手に持つエクスカリバーは陽光を受けて煌めく。
「まあ、こいつの性能はこれから必要になるだろう」
カリバーンの言葉にモルドレットが頷く。
「あと半年ほど、ですからね」
それが何の期限なのかは言われずともわかる。
魔王の復活だ。
すでに配下のミニオン共によって、コレセント、モーレリアントが壊滅しかかっている。
レインダフも危なかった。
やはり、残り時間は短い。
「それなのですが」
グウェンがカリバーンの前にやってきて、決意のこもった表情と口調で言った。
「私も魔王討伐に参加させてください」
「危険だ、と言っても聞かないのだろうな?」
グウェンは頷く。
「私はアーサー様やモルドレット殿のように強い意志や力はありませんが、ここまで関わっておめおめと国には帰れません。それに自分の意志で何かをしたいと思ったのです」
カリバーンはグウェンの顔をじっと見た。
どこか病んだような表情は伺えない。
何かがあったのだろう。
それが何かはわからないが、問題はない。
何より頼りになる味方は多いほうがいい。
「私は反対しない。自分の意志で決めたのならな」
「ありがとうございます」
グウェンはペコリと頭を下げた。
もう、大丈夫だろう。
カリバーンはほっと胸を撫で下ろした。
旅路での危険要素が一つ減った。
だいたい、ヴィア将軍と“魔女”ヴィヴィアンに悪いが、父王と私の反応を見て面白がるために婚約者にしたのは間違いない。
グウェンもそれを真に受けてしまったのが、そもそもの始まりだ。
結果。
この故郷とは遥かに離れたウルファの地で、婚約は解消された。
それを聞いて、あの二人はまた面白がるのだろう。
もし、父も“魔女”ヴィヴィアンも生きていればの話だが。
「それで、これからどうするつもりだ?」
突如、膨れ上がった魔力に全員動きが止まった。
声の主は、黒い甲冑を纏った男。
下ろしてある面頬で顔は見えない。
カリバーンにも、モルドレットにも因縁の相手、黒騎士だ。
「ガッジールくんだりまでご苦労なことだな」
「そうでもないさ。ここには何度か来ているしな」
カリバーンの肌がピリピリと魔力の余波を感知したかのように震える。
久しぶりに、戦闘する気満々の黒騎士に、ゾクゾクする。
「それで、何の用だ?まさか、聖剣エクスカリバーを見に来たとでも?」
「当たりだ。そんなに面白い武器は久しぶりに見た。是非とも、その力を見たい、と思ってな」
「それは私と仕合う、ということでいいのか?」
「その通りさ」
今の黒騎士を止めることはおそらくできまい。
おそらくカリバーンと戦うことでしか、満足することはないのだろう。
だったら。
「いいだろう。全身全霊で相手をする」
「俺も全力で……と言いたいところだが、あんたの実力と合わせてやろう」
そう言うと、黒騎士の体から深紅の炎が溢れでた。
みるみるうちに、炎は黒騎士にまとわりつき鎧と剣の形をとった。
あの剣と鎧の形には見覚えがある。
あれは……。
「炎の王の鎧と剣、か」
深紅の甲冑に、深紅の大剣。
剣を両手持ちにしたその姿は、かつての炎の王の姿そのままだった。
「正解だ。あんたの中で炎の王は一種の壁になっているだろうからな。ここらで一つ、乗り越えてもらわないとな」
「勝手なことを」
と言いながらも、カリバーンは胸のうちで、倒せない存在として炎の王が壁になっていたことを自覚した。
カインによって倒されたことで、二度と勝つことができない存在としても。
これはいい機会と思って、やってみるか。
「準備はいいな?」
炎の王の姿をした黒騎士が、大剣を構える。
カリバーンもエクスカリバーを構える。
一瞬の間のあと。
二人は同時に飛び出した。