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カインサーガ  作者: サトウロン
魔王の章
135/410

ガッジール王国編05

眠れないグウェンは外に出た。

月明かりに照らされて、廃墟がうっすらと陰影を見せる。

故郷の雪山にも似た影に、思いを馳せる。

ぼんやりとしていたのだろう。

だから、接近されるのに気づかなかった。


「あんたはなんのためにここにいるんだい?」


少年のような声に反応したときにはグウェンは、取り込まれていた。

幻影に。


そこは懐かしき故郷オータムファーム王国。

森と山と湖に囲まれた美しい国。

廃墟はすでにグウェンには見えなくなっている。

夜の闇も、幻の太陽にかきけされた。

六王国連合に侵略される前の、平和だった王国。

そこにグウェンは立っていた。

幻だということはすぐにわかった。

もうすでに、この景色を見ることはできないからだ。

グウェンの目の前で、六王国連合の軍団に踏み荒らされ、焼かれ、壊されたから。

幻の中をグウェンは歩く。

術をかけた相手が誰であれ、行動を起こさなければどうにもならない。


「グウェン、あなたは逃げなさい」


「いやです。私もお母様と一緒に戦います」


「あなたがいると足手まといなの。いいから逃げなさい」


現れた幻影は、グウェンと母である“魔女”ヴィヴィアンだ。

数年前の過去。

とうに四十代のはずの母は、二十代といっても通じる若さを保っていた。

グウェンに似ている、いやグウェンが似たのだ。

娘は父親に似るというけれど、グウェンの場合は当てはまらなかったようだ。

六王国連合の先遣部隊が、オータムファーム王国と六王国連合の国境に位置する村に攻め寄せてきた時、グウェンはそこにいた。

ヴィヴィアンとともに。

六王国連合の先遣部隊はろくな駐屯部隊もいないこの村に、だからこそ攻めてきた。

美しい村は蹂躙され、村人は見せしめに殺された。

六王国連合の侵略戦争の契機となったこの襲撃で、“魔女”ヴィヴィアンは死亡が確認された。

グウェン他、何人かは生き延び襲撃を伝えた。

その始まりの瞬間を再び見せられている。


「敵と刺し違えても構いません」


そのグウェンの言葉に、母は命を粗末にするな、と言ったことを覚えている。

だが。

このヴィヴィアンはこう言った。


「なら、ここで死になさい」


言葉の意味を咀嚼するまで、時間がかかった。

そして、その時間が命取りになる。

十本の糸がグウェンを狙って放たれる。

グウェンの操れる最大本数は六本。

精密な操作を要求するなら四本にまで落ちる。

しかし、ヴィヴィアンの十本の糸はすべてグウェン以上の精密さをもって操られている。

展開された魔法滑車によって、縦横無尽に襲いくる糸をグウェンは避けるだけで精一杯だった。

それも、“軽業師”スフィア・サンダーバードから技と動きを教わっていたからであって、それがなかったら初撃で終わっていた。


「なぜです!?なぜ、襲ってくるのです、お母様!!」


「このまま生きていても、あなたは幸せにはなれないわ。だから殺す」


自分も糸を出そうとするが、その機会を与えてもらえない。

グウェンは歯噛みしながら、避ける。


「幸せになれるかどうかは私が決める」


「無理よ、無理無理。国を出ていたカリバーンにすら責を負わせようとする、あなたには到底無理」


「そんなこと……」


「可哀想なカリバーン。あなたみたいな妄想執着女に付きまとわれて、自身の修行もろくに出来ない」


一つ一つの言葉が棘となり、グウェンの心に刺さる。


「私は、私は……」


その棘が言葉をも縛る。

上手く言葉が出てこない。


「だから、死になさい」


十本の糸が一斉にグウェンに襲いかかる。

死を覚悟したが、体が勝手に動く。

“軽業師”によって仕込まれた身体駆動法がグウェンの命を救うべく働く。

半自動的に、回避から構えて反撃に移る。

糸の群れで致命的なものを、自身の糸で絡めとり残りは避ける。

体の限界に匹敵する速度で“魔女”に接近、手にした短剣を突き刺し……!?

そこで我にかえる。

私は今、お母様を刺そうとした?


「どうしたの?早く突き刺しなさい」


「できません。お母様を刺すなんてできません」


「やっぱり甘いわね。私の娘だわ」


「……え?」


「あなたはなんのためにここにいるか考えたことはある?」


カリバーンへの復讐。

しかし、それは。


「私は、ここに……カリバーン様を……」


「アーサー坊やが国を出たのは彼自身の決意と責任。あなたがここにいるのも、あなた自身の決意と責任よ。この幻影はあなたの心が作り出したのよ。だから、これはあなたの心のあらわれなの」


“魔女”ヴィヴィアンは先ほどまでの殺意が嘘のように穏やかな雰囲気でそう言った。


「私の心が作り出した幻?」


「そう。あなたの後悔、郷愁、憧憬、憎悪、憤怒、その他諸々の思いがこの幻影を作った。そして、あなたは答えを見つける」


「答え?」


「あなたはどうしてここにいるの?」


三度目の問いだった。

グウェンはしっかり考えて答える。


「私は、私らしく生きるためにここにいる。過去の私らしくなれるようにアーサー様を探しに来た」


でも、それは間違っていた。

アーサー様は、アーサー様の道を歩いている。

幼なじみであろうと、婚約者であろうと、それはもう過去のことだ。

お父様は、それを見越して私を送り出したのかもしれない。


「これからどうするの?」


「ここで精一杯生きてみて、そして、帰りたくなったら帰る」


「あら、そう」


“魔女”は微笑んだようだった。


「これじゃ、ダメかな?」


「いいえ、合格よ。あなたのちゃんとした考えならどんな答えでも、それでいいの。それじゃ、合格のご褒美にあなたにいいことを二つ教えてあげる」


「?」


「ここはあなたの幻だけど、私が“魔女”であることはかわりない。だから、“魔女”の力の一つ“未来予知”も使えるわ。だから、おぼろ気な未来を教えてあげられるってわけ」


「ずいぶん便利な幻ね」


「まず一つ目、六王国連合はこれから内乱が起きて侵略戦争どころじゃなくなるわ。その結果、オータムファーム王国は復活する」


「嘘……?」


「嘘じゃないけど、起こる可能性が高いってだけで、起こらないかもしれない」


でも、ありそうだ。

六王国連合はその名の通り、六つの王国の連合でできている。

その内のいくつかが、内乱を起こす可能性は大きい。

オータムファーム王国を侵略して、得をした国と損をした国がいれば特にありえる。


「そして、二つ目。よく、聞いてね。私は……生きている」


今度は、言葉も出なかった。


「というわけで、また会いましょう。今度は殺し合いはないはずだから」


「お母様と殺し合いはもうごめんです」


「ほんとね」


うっすらと、オータムファームとヴィヴィアンの幻は消えていく。

なんだかよくわからなかったけれど、踏ん切りがついたことは確かだ。

夜の廃墟に戻って、グウェンは笑った。


笑うグウェンを見ている影が二つあった。


「あんなに呑気に笑って、術が効きすぎたんじゃないのか?」


「大丈夫だって、術は解けてるし見た感じも大丈夫そうだ」


「お前にしては珍しいな、アルキバ。他人に積極的に幻術、いや魔力を見る能力を応用した精神攻撃をかけるなんて」


「だって、来た瞬間から気に入らなかったんだよね。モドさんやカリバーンっていうお兄さんと違って、覚悟が足りない感じで。シェーミもそう思ったでしょ?」


アルキバの問いかけにシェーミも頷く。


「だから、止めなかったよ」


「まあ、これで問題ないよね」


「問題は明日、お前がちゃんとやれるか、だな」


「はは。そうだね」


廃墟の夜にグウェンは笑い、ガッジールの子らはいつまでも語り合っていた。

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