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カインサーガ  作者: サトウロン
魔王の章
133/410

ガッジール王国編03

深い闇の中で、モルドレットは邪神ガタノトーアと出会った。


圧倒的な存在というものがあるのだな、とモルドレットは諦め気味に思った。

筋力とか魔力とかそういう段階ではない、立っているステージが違う。

こっちが地べたに這い回っているとしたら、あれは雲の上にいる、というような感じだ。


『お前が思うより、神と人の差は少ないぞ、モルドレット』


こちらの考えを読んだかのような、ガタノトーアの言葉の塊に驚くよりは、呆れるしかない。


「それで、何の用なんだ?まさか、あの歪みもそちらが造り出したものなのか?」


『迷いこんできたわりにはほざきよる』


ガタノトーアは笑ったようだった。

こちらとしては眼の動きでしか判別できないが。


『よいか?あの歪みは我が力を利用しようとした者らの残滓よ』


「邪神の、力?」


『奴等は“黒の魔力炉”と呼んでおったがな』


魔力炉のことなど知らないモルドレットは、聞き流す。


「そっちでやっていたわけではない、と」


『無論よ。誰が好き好んで己の守護する民を虐げるものか』


思ったよりもマトモな存在だ、とモルドレットは判断した。


「さっき、迷いこんできたと言ったな?」


『歪みが起こった後、ほんのわずかな間だが我の、この空間へのチャンネルが開くのよ。魔力を吸いとろうとした名残だな』


それに引き寄せられたわけか。

魔力を邪神から吸いとるなど、信じられないことをする者もいるのだな。


「それで、俺はどうすれば戻れる?」


『戻りたいか?』


「なんだと?」


『満たされぬ野心。戻れぬ故郷。もはや共に歩めぬ仲間。戻ってもお前には何もないのだぞ?』


そんなことは。


「そんなことは知っている。だが、俺は知ってしまった。ガッジールの民がどんな思いで生きているか、ということを」


『ほう?』


短い疑問の言葉の塊に、モルドレットは思いを吐き出すように絞り出す。


「失ったものは確かにあるだろう。しかし、それ以上に俺はガッジールを守りたい。助けてもらった恩もある。居場所を得たいという欲もある。そして、それを超えて俺は自分にできることをするのだ」


『滅裂な言葉よな』


邪神は可笑しそうに言葉を放つ。


『我が娘への扱いを見たときはどうか、と思ったが。やはりお前だな』


邪神はモルドレットへ顔を近付けた。

眼の下へ一本、紫の線が横に走る。

それが開く。

これは口だ。


紫の輪郭をした口はモルドレットへ直接、語りかける。

巨大な口が上下し、言葉を紡ぐ。


『モルドレット・バニジュ。汝にガッジールの称号を授け、この国の王として統治せよ』


「は?」


『お前にガッジール王国を与える、と言っているのだ。喜ぶがいい、ロンダフ以来二十年ぶりの王位だぞ』


教皇が欲したガッジール王位を、こんな容易く手に入れていいのか?


『ガッジールの民と意思を共有しているお前だからいいのだ。そして、その意思を力に変えれるお前だからこそ、だ。容易い道ではないがな』


ガタノトーアは全て知っているのだろうか。

先ほど得たばかりの力のことまで。


『そもそもな。ガッジールというのはガタノトーア・アジールのことで我が聖域のことを指す。故に我が選びし者が王となる。だから、何も心配することはないのだ』


「俺が受けねばどうなる?」


『滅びる』


一言でガタノトーアは切り捨てた。

モルドレットの予想通りだったが。

あのまま行けば、商店街にある保存食は無くなる。

シェーミやアルキバが成人するころには、人口は減少しつくして、無人となったガッジールは消える。

その未来を選びたくない、と思った。

そして、俺は言った。

ガッジールを守りたい、と。


「わかった。受けよう」


『よかろう。なればそなたには我が力の一部を与えよう』


ガタノトーアの口から紫の光の珠が飛び出し、避ける間もなく、モルドレットへ衝突し溶け込んだ。

そして、皮膚の上を包むように鎧が現れる。

獣の意匠を施した黒い鎧。

眼や口、所々に入るスリットは紫に発光している。


「これは?」


『お前の深層意識が形となったものだ。野心は獣の姿をとり、我が意思がそれを彩る。色は……そうか、そなた黒騎士に思うところがあるか。一度負けたものな』


形はモルドレットの野心。

放たれる光はガタノトーアの意思。

そして、鎧の色は黒騎士への対抗意識、か?


「否定はしない」


『認めるのはよいことぞ。己の底を見ることで、限界を知ることができる』


慰めるようなガタノトーアの言葉だった。

王になることを決めてから妙に優しい。


「それで、俺はどうすればいい?」


『これより数ヵ月後。新たなる年の始めにそなたは騎士の都にて旧知な者に出会うだろう。そして、その者をこの地へ案内し聖なる剣を甦らせる』


「それは……予言かなにかか?」


『予言……そう言うのならばそれでよい。だが、これは必ず起こる事象だ。覚悟しておけよ』


「わかった」


『そろそろ謁見の時間は終わりだ。あとはそなたの才覚に委ねようとしようか』


そう言うと、ガタノトーアの眼と口の光が閉じられた。

紫の楕円が閉じ、紫の線になり、やがて点になり、そして消えた。

あたりは再び、漆黒の闇に包まれた、がモルドレットは心配していなかった。

心の奥底では、心配性の守護神ガタノトーアの気配があったし、それにガッジールの民の思いが溢れそうになっていたから。

その思いを辿っていけば、地上に出られるだろう。

闇は薄まり、白い光がとってかわる。

あまりにもまぶしい光があたりを染め上げた時、モルドレットは地上に立っていたことに気付いた。


「ここは……ロンダフ三番通りか?」


つい先ほどまで悪戦苦闘したロンダフ三番通りである。

歪みのせいで瓦礫がほとんどない、ガッジールの中では比較的歩きやすい通りだ。

これからは。


歪み、は消えていた。

ガタノトーアから魔力を吸い上げようとした技術の名残であった歪みは、しかるべき守護者の出現でその役目を終えたのだ。

モルドレットは徐々に慣れてきた視界の先に、人の群れを見た。

先頭にはシェーミ、そしてアルキバ。

通りを埋めつくすようなガッジールの民。

ほとんど、いや全てのガッジールの民がここに集まっていた。


「我らが王よ」


シェーミの言葉に、モルドレットは頷き歩み寄る。


「我が民よ」


呼び掛けにシェーミは、笑った。


「おかえりなさい。モドさん」


「ただいま。あ~なんだ。これから王様をやることにした」


「はい。よろしくお願いします」


「うむ。こちらこそ、よろしく」


なんだか間抜けな即位式になったな、とモルドレットは苦笑した。

いつのまにかガッジールの雲は晴れ、青空がのぞいていた。

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