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カインサーガ  作者: サトウロン
魔王の章
132/410

ガッジール王国編02

ロンダフ三番通りは集まった住民でざわついていた。

宙に浮いたアルキバをどうにかして助けようと、住民たちが通りに入ってみようとするが見えない壁に弾かれる。

この通りは魔法的な何かで封鎖されているようなのだ。

そこへ、モルドレットが駆けつけた。


住民の心に伝わっていたアルキバを助けようとしているモルドレットの想いにみんなが反応していた。

駆ける勢いのまま、モルドレットは跳躍する。

宙に浮かび、硬直している少年は不安そうな、そして期待を込めた顔でモルドレットを見ている。

魔法の結界が彼の行く手を阻む。

知る限りの解除魔法を唱えるが、結界は破れない。

青白いエフェクトがモルドレットの解除魔法が当たる度に波紋のように広がり、魔法を無効化しているようだ。


(“魔”属性の魔法は人間の魔法では防げないんだ)


不意に思い出したのは、あの無様に倒される前に対峙したときの黒騎士の言葉だ。

アズ・リーンが放った魔法が、モルドレットの魂を削った時のセリフだ。

ガッジールで生まれた少女が使ったのが“魔”属性の“魔”法ならば、ガッジールの歪みこそ“魔”属性の“魔”法ではないのか?

その予測を前提に、推理を進める。

黒騎士はこうも言っていた。


(“魔”法は肉体ではなく、魂に作用する)


だから、人間の魔法で破れないこの“魔”法は魂の力で破れるのではないか?

問題は、その魂の力とやらの出し方が見当もつかないことだ。

解除魔法のために、空になった魔力。

長い治療期間のために、萎えた体。

モルドレットの限界。

限界を感じ、くじけそうな心を奮起させ、彼は結界を破ろうと行動し続ける。

その時、モルドレットは痛みを感じた。

胸の奥、傷のつかない“魔”法の槍によって魂につけられた傷。

そして、そこはガッジールの住民の思いが共有され流れ込んでくる場所だ。

ガッジールの力で、ガッジールの民であるアズにつけられた傷が、モルドレットがガッジールの意思を共有するための鍵となっていたのだ。


「ガッジール自体から力を借りて、この歪みを破る」


己の意思を口に出す。

それは決意。

モルドレット・バニジュという青年が無自覚に垂れ流してきた言葉を、決意をもって口にした瞬間。

自分の力だけでのしあがろうとしたモルドレットが他人の力を借りようと、考えを変えた瞬間でもあった。

そして、モルドレットに力が溢れた。


例えば、カイン・カウンターフレイムという青年が得た“魂の使い方”が魔力の物質化だとしたら、モルドレット・バニジュが得た“魂の使い方”は意思の魔力化だった。

ガッジールの民が共有している意思を、魔力に変える力。

一人一人の力は少なくても、それが百、千、万と集まればそれは恐ろしく強力になるだろう。

己の魂が導きだした力を、モルドレットは拳に集める。

溢れる強大な力を歪みの結界にぶつけた。

その途端に、今までの青白いエフェクトは稲妻のような光を放ち明滅する。

鼓膜を震わせる心臓の鼓動のような音が鳴り響く。

光と音にモルドレットは耐えながら、拳を突き出し続けた。


長い時間そうしていたような気もするし、ほんの一瞬だった気もする。

ついに、結界にヒビが入る。

パキ、という乾いた音がヒビがはいる音だ。

それが次第に連続し、パキパキと結界が割れ続けていく。

モルドレットは力を込める。

グゥッと押し戻される感触があったが、それが最後の抵抗だった。

モルドレットの拳から放たれた力は、歪みの結界をようやく粉々に砕いた。


勢いに任せ、モルドレットは歪みの中に突入する。

空中にも関わらず、まるで水の中にいるようだ。

見えない空気をかき分けて、捕まったままのアルキバへ向かう。


「見えない壁の次は、見えない堀か。楽しませてくれる」


グラールホールド領内には、ウルファ内海も含まれていた。

少年時代、水練と称して泳ぎに行ったことをモルドレットは思い出した。

剣術の師であったスズメビー、その弟のベスパーラ、あとは腰巾着のようについてきたファイザーン……。

それがバレて、当時のアルザトルス神殿騎士団長であったスズメビーとベスパーラの父にめちゃくちゃ怒られたことも。

自然に顔に笑みが浮かぶ。

あんな風に素直に生きていたこともあったのだ。

押し戻そうとする歪みの潮流に逆らいながら、モルドレットは笑って泳ぐ。

体力も魔力も尽きることなく、ガッジールの民全てがモルドレットを応援していた。


そして、その手がついにアルキバへ届いた。


我慢していたのだろう。

モルドレットが救いだした時、アルキバは目から涙をぼろぼろこぼした。

そのアルキバの安堵した気持ちは、共有しなくてもモルドレットに伝わった。


「帰るぞ」


とモルドレットは力強く言う。

アルキバは頷いた。

傍目には、二人はロンダフ三番通りの地面から三メルトほど離れたところへ静止しているように見える。

アルキバを小脇に抱え、空中を歩き出す。

向かうときには、あれほど強く抵抗した歪みだったが、今は凪いでいた。

一歩進む度に、ゆっくりと地面に近付いていく。

ホッとしたようなシェーミをはじめ、見守っていたガッジールの民の顔が見える。

彼らの前に立つころには、モルドレットはほとんど地面に近い、2、3センチメルトほどしか浮いてない。

モルドレットはアルキバを地面に下ろし、行け、と言った。

アルキバは恐々と地面に立つと、そこに地面があるか確認するように足踏みをした。

そして、駆け出す。

シェーミが優しく抱きとめ、アルキバはようやく笑った。


「モドさん、ありがとうございます」


みんなの気持ちは、すでに共有していたがあらためて礼を言われるとなんだか照れる。


「気にするな。世話になった礼を返した、ただそれだけーー」


「モドさん!!後ろッ!?」


モルドレットの言葉はシェーミの叫びに掻き消された。

そして、モルドレットの後ろに現れた黒い穴が彼を捕らえる。

引き込まれて、モルドレットは意識を失った。


たぶん、落ちている。


気が付くと漆黒の、長い長い縦穴をモルドレットは落ちていた。

周囲は闇に包まれ、あたりを見通すことはできない。

ただ、落ちていくしかできない。

落ちていく先、地の底にモルドレットは何かを見つけた。

紫のぼんやりとした光。

ゆらゆらと揺らめき、何かの形をとろうとしている。

二つの線が地の底に走り、それが線の中心から楕円に広がる。

あれは、眼だ。

と、モルドレットは直感で理解する。

吊りあがった獣のような、眼。

その眼が、モルドレットを見ている。

その眼に近づくにつれ、落ちる速さはゆっくりになっていき、やがて眼の手前数メルトで静止した。


眼がまたたく。

まばたきだ。


『よく来たな。モルドレット・バニジュ』


言葉の塊が、直接頭に叩き込まれたような感覚。

神や竜、高位魔族といった上位存在がよくやる会話方法だ。


「誰だ?」


『ずいぶんな物言いだな?お前はずっと我の上にいたというのに』


「ずっと、上にーー?」


『我こそは、ガッジールの守護神にして、魔族の父たる闇の邪神ガタノトーア、ぞ』


眼はもう一度、まばたきをした。

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