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カインサーガ  作者: サトウロン
魔王の章
131/410

ガッジール王国編01

ガッジールでの騒動が終わって、ロンダフを僭称した老人が去り、ベスパーラもファイザーンもガッジール騎士団も全て居なくなった。

モルドレットだけが、ただ一人残っていた。


赤みがかった金髪は肩のあたりまで伸びていた。

切ろうとは思わない。

そこまで考えが回らない。

憂鬱なのだ。

そんな重い感情を呼び起こすような曇り空がガッジールを覆っている。

あの少女ーーアズ・リーンが出立する時に一度晴れたきりで、空模様はいつも曇りだ。

あれから、しばらくの間はみんな興奮して落ち着きなく過ごしていた。

モルドレットはただ流されるように、怪我人の中に入れられ手当てされ、寝かされていただけだ。

騒乱の首謀者とか、民を殺した奴らの親玉とかいう意見は聞こえなかった。

聞かされなかっただけかもしれないが。

しかし、ガッジールに暮らす者らの様子を見る限り、どうも気にしていないというのは本当らしい。

彼らにとって、ガッジールの民は個にして全、全にして個、全体で一つの人格という考え方らしい。

モルドレットにはわからない。

毒気ーー野心や執着が抜けた今でも、よくわからない。

何人か死んでも、生き残っていればそれでいい。

アズのようにガッジールを出ていっても、生活のサイクルが乱されなければそれでいい。

モルドレットのような者がいても、それでいい。

誰が植え付けたかはわからないが、モルドレットにはやはり理解しがたい考え方だった。


傷がある程度癒えると、モルドレットは市街を歩くようになった。

と言っても、崩壊がひどくないところを選んでゆっくりと、だが。

それでも、瓦礫だらけの道を歩くのは難儀した。

介護役のシェーミという少年ーーもしかしたら監視役かもしれなかったがーーは、歩くことを止めなかった。

ただ、ロンダフ三番通りだけにはいくな、と強く言った。

普段のよく言えばおっとりとした、悪く言えば間延びした口調からは想像できない強い口調だったことを覚えている。

空間が歪んでいると、シェーミは言った。

それがどういうことなのかモルドレットにはわからなかった。

ロンダフ三番通りで死んだ人間を見るまでは。


その亡骸のことをよく覚えている。

モルドレットの故郷であるグラールホールドの九つの塔の上から落ちたような、原型をとどめない死体。

赤い肉塊。

性別も判別できないほどの損壊。

これ以上は気分が悪くなりそうだから思い出さない。

ともかく、そうなった死体は二階より上に建物がないロンダフ三番通りで見つかったのだ。

何度も高いところへ飛ばされ、落とされたのだ、と住民の一人が何かを堪えるような声で言った。

個は全というガッジールの考え方だが、逆に全は個なのだ。

誰かの死は、全員にとっての死。

誰かが死ぬ度に、みんなから何かが欠けていく。

彼らの感情の希薄さは、そこから来ているのかもしれない。

そういった、よくわからないことをモルドレットは亡骸を見ながら思った。


近い過去の回想を止め、モルドレットは足を止める。

道を塞ぐ瓦礫を前に彼は空を仰ぐ。

雲しか見えないけれど空は空だ。

光の神アルザトルスはいつでも信者を見守っている。


本当にそうか?


不意に脳裏に浮かんだ言葉にモルドレットは頭をふった。

アルザトルスの御心を疑ってはならない。

それはグラールホールドの民ならば、一番最初に教わる言葉だ。

天に住まいしアルザトルスは、太陽を通して我々の行いを見ている。

そして、その行いに相応しい境遇、相応しい加護、そして相応しい罰を与える。

例えば、分不相応な野心を抱き、国を捨て、ガッジールの民を騙そうとした私は全てを失った。

故郷も、地位も、仲間も。

挙げ句の果てに、一回り以上も年下の少女に倒され誇りも失った。

ここにいるモルドレットは抜け殻に過ぎない。

無為に過去の記憶を持つモルドレットの抜け殻。


本当にそうか?


今度は力強い意志が、同じ言葉を脳裏に浮かべる。

俺は生きているではないか?

失ったのは自分のものではないもの。

モルドレット自身が手にいれた物は、己の肉体は、騎士としての誇りは、戦士としての技量はまだここにあるのではないか?


本当にアルザトルスは見ているのか?


答えの出ない問いだ。

アルザトルスの声が聞こえるわけでもない。

したり顔の神官たちのように、神の声と称して私利私欲を満たすような言葉を発することもできない。

意志疎通のできない、姿形を見ることもできない。

それは本当に存在しているのだろうか?


いつの間にか瓦礫に腰掛けていたモルドレットはぼんやりとしていたことに気付く。

帰ろう、と立ち上がり歩き出したところで遠く呼ぶ声を聞いた気がした。


「モドさん、モドさ~ん、どこにいますか!?」


焦ったようなシェーミの声があたりに響く。

普段の口調ではない。

何があった?


「どうした?シェーミ」


思った以上に大きな声が出て、モルドレットは驚いた。

俺はまだ生きているのだ、と実感する。


「そこでしたか!大変なんです!アルキバがロンダフ三番通りで歪みに捕まってー」


モルドレットはシェーミの言葉の終わりを待たず走り出した。

アルキバはシェーミ達と同じ世代の子供だ。

年に似合わず落ち着いた雰囲気のシェーミと違って、年相応のーーあくまでもガッジール基準の中では、だがーーやんちゃな少年である。

食べ物を求めて、ロンダフ三番通りの向こうの商業区へよく行くらしい。

そして、歪みに捕まった。

再び、落下した亡骸の映像が脳裏をよぎる。

あんなふうにはさせない。


なぜ、ガッジールの子供を助けようと思ったのか、モルドレットの考えの中に明確な答えはない。

俺も染まってきたのかもしれない、と彼は思う。

個は全、全は個。

ガッジールはシェーミであり、アルキバであり、俺だ。

そして、俺も、アルキバも、シェーミもガッジールなのだ。

よく見知った道であるかのように、モルドレットはガッジールの廃墟を駆け抜けた。

どこの道を行けば最短距離なのか。

どの瓦礫が踏み越えやすいのか。

全てのガッジールの民が得た廃墟の知識を、モルドレットは共有していた。

シェーミの不安と焦りも。

アルキバの恐怖と諦観も。

思考すらも共有しているのならば、ならば俺は力強い意志を持とう。

必ず、アルキバを救いだしてみせる。

皆の負の感情を塗りつぶすかのように、モルドレットは強く思った。

それは皆を安心させ、落ち着かせた。

諦めない意志が、ガッジールに浸透していく。

シェーミの顔に余裕が戻る。

それを確認すると、モルドレットはシェーミに尋ねる。


「捕まったのはアルキバだけか?」


「そうです」


「わかった。必ず助ける」


停滞していたガッジールに強い意志が満ちていく。


地の底で何かがそれを感じ取っていた。

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