騎士の都編09
そして、カリバーンはついに自分を追いかけてきた者に遭遇した。
その攻撃を回避できたのは、黒騎士による全方位攻撃の特訓のおかげだった。
そして、その攻撃をする相手のことを知っていたからでもあった。
ベアトリーチェを拘束した糸の流れを、カリバーンは余裕をもってかわせた。
「これは黒騎士に感謝せねばならんな」
バイラヴァを追って、丘の周辺の平野を駆けていたカリバーンが、自分も追われていることに気付いたのはレゴンを助けたあたりからだ。
なにより、助けたはずのベアトリーチェが戦線離脱したという事実が追跡者の存在を示唆していた。
糸の攻撃を外されて、悔しそうな顔の追跡者の名をカリバーンは呼んだ。
「グウェン・ブラン・ヴィア」
名を呼ばれてグウェンは動揺したようだった。
「あなたが私の名を呼ばないでください」
「この遠きウルファまで追ってくるとはたいしたものだ」
本当はたいした執念だ、と言おうとしたがそれを言うと話がこじれそうな予感を覚え、カリバーンは自重した。
そうでなくとも、こじれているのだ。
「それはそうでしょう?あなたが、あなたのせいでオータムファームは滅びる寸前なのですよ!?」
「だからと言って、私を付け狙ってもオータムファームが復興するわけではあるまい?」
「責任を取れ、と言っているのですッ」
激昂したグウェンは糸を射出した。
カリバーンは余裕をもってかわす。
糸の軌道は全て見えている。
本来ならば、この糸使いの技は糸を強化するものではない。
もともとオータムファームに伝承されていた操糸術を魔法によって発展させたものだ。
もともとの操糸術は、ある程度閉鎖された空間に事前に仕込んでおいた滑車等を使い、自由自在に糸を操り、糸の強度で対象を断ち切るものだ。
事前の準備が必要なことから、罠くらいにしか使わなかったこの技術はオータムファームの“魔女”ヴィヴィアンによって、空間に見えない滑車を造りだし、糸をどこでも自由自在に操ることができる技術に進化した。
その“魔女”ヴィヴィアンこそが、グウェンの母親であり、カリバーンの教育係であった。
カリバーンがその糸の技を知っていたのはそういう理由だ。
しかし、今のグウェンはその技術を無駄に使っている。
糸のコントロールは乱れ、スピードは落ち、グウェン自身も自制を失っていた。
「しばらく見ないうちに腕が鈍ったようだな」
「うるさい、誰の、誰のせいだと思って」
カリバーンはため息をついた。
今はこんなことに関わっている場合ではないのだ。
早々にケリをつける。
糸の軌道を完全に見切り、直接攻撃できるところまでカリバーンは突進する。
「これで終わりだ。話は後で聞いてやる」
「い、いやあああッーー」
カリバーンの剣がグウェンを叩きつけるべく動く。
命までとる気はない。
だがそれが油断だった。
グウェンのことを舐めていた。
だから。
グウェンの声が背後から聞こえるまで、気づけなかった。
「ーーなぁんてね」
咄嗟に“アースバインド”で引っ張ったことで大きなダメージを受けることは避けられたが、殺されてもおかしくない攻撃だった。
コントロール不足の“アースバインド”によって地面に投げ出されたが、カリバーンはグウェンの短刀の刃から脱出できた。
「グウェン……なんだ今の剣は?」
「サンダーバード流回り込み剣」
動きそのままの技名に、脱力感を覚えた。
だが、その前のサンダーバード流でカリバーンは震えを感じた。
この技をグウェンに伝授したのは、伝説の五人の一人、スフィア・サンダーバードなのではないか?
“軽業師”と呼ばれるその戦士の技ならば、今の動きも納得できる。
「そうか、強くなったな」
「あなたを、殺すためです」
「確かに、私はオータムファームを捨てた人間だ。そこでは王子と呼ばれたこともある。だが、私の人生は私のものだ。他の誰でもないアーサー・カリバーンのものだ」
「あなたはそれでいいかもしれませんが、あなたを頼りに思っていた者もいたのです。そして、無惨にも命をおとした者も」
国同士の戦争で命を落とした兵士の責任を個人がとらなければならない、そんな無法はない。
国同士の戦争ならば、国が責任を負うべきなのだ。
問題は、アーサー・カリバーンという人間の父親であるユーサー・カリバーンがオータムファーム王国の国王であった点だ。
父親の責任を息子がとる。
だが、その論理で言えば国防の要であるヴィア将軍の、その娘であるグウェンにも責はあることにはならないか?
そのことを指摘するつもりはない。
それが本当の理由ではない、とカリバーンは思うからだ。
幼い頃のグウェンの面倒を見たことを思い出す。
自分の後ろをトコトコとついてくる少女。
頼る者が、他にいないから。
グウェンはカリバーンの後ろをついていく。
だが、やがてカリバーンは成長し、出奔する。
彼の留守中に、敵が攻めてくる。
少女は信じていた、頼っていた、依存していたものを失い、その想いを憎しみに変えた。
そんなとこだろう、とカリバーンは判じた。
ならば、私が今とれるのは彼女を再び依存させることではなく、冷たく突き放すことだ。
「それは、私の罪ではない。お前が追うべきは私ではなく、オータムファームの再興に他ならない」
「だから、あなたが責任を……」
「私はそれを捨てた人間だ」
「見つけたぞ、カリバーン」
割り込んできた声にカリバーンは少々、いやかなり気分を悪くした。
少しは雰囲気を読んでくれ。
若き騎士団長ドラーケルク卿は喜色満面の笑みを浮かべ、カリバーンを見ている。
「さすがは滅びた国の騎士団長殿だ。大事な大事な聖剣認定で、女と仲良くおしゃべりなどと……恥を知るがいい」
「な……!?」
登場していきなりの失礼な物の言い方にグウェンが怒りを露にする。
しかし、その怒りを見てもなおドラーケルクの口は止まらない。
「貴様らの目論見はわかっている。実力もわきまえず聖剣認定に出場し、それにあきたらず外部の人間を入れて騙し討ちし、勝ち上がるつもりだろう?だが、そんな悪事は聖ドラスティア騎士団が団長ドラーケルクが許しはしない」
「うるさい」
グウェンの放った糸がドラーケルクを絡めとろうとする、が彼は糸を全て切り捨てた。
「姑息な手段には負けない」
「なるほど口だけではないようだな」
カリバーンは少し、ドラーケルクの評価を上方向へ修正した。
ただ、それでもドラーケルクという男の評価はかなり低いものだが。
カリバーンはドラーケルクに近付く。
上半身をぶれさせない力の入れかたと歩行法で、ドラーケルクには一瞬で接近したように感じただろう。
そのままの勢いで剣を突き付ける。
慣れたように、簡単に行っているが実際は黒騎士にしごかれてようやく修得した技術だから、あまり得意気に使うのもあれだ。
ドラーケルクは剣を振ることもできなかった。
「……いつの間に」
「お前は才に頼りすぎだ」
ベスパーラ・ランスローという天才の部下とドラーケルクが重なる。
「なにを」
「いいか?伝説の五人や二十人の英雄と呼ばれている者共はお前程度の才能を持って生まれている。その上で、死ぬほどの鍛練を重ねて今の位置にいるのだ。私はいまだそこには届かない、ましてや私にも勝てぬお前では彼らの足元にも及ばぬだろうな」
反論も出来ずにドラーケルクは、下を向く。
負けるということが無かった彼は、敗北に対する経験値がゼロだ。
そして、頭のいい彼は自分が負けたことを理解した。
敗北の経験値を得て、彼はどうでるか。
ここで、再び立つことができれば一皮むけるだろう。
カリバーンの視界に二人の騎士が入った。
ルーグとエドモンドだ。
「やれやれ、二人同時に守れるかな?」
接近しているだろうバイラヴァの気配を感じながら、カリバーンは笑うしかできなかった。