騎士の都編08
強大な二つの闘気が森の中で激突したのを感じて、聖レフィアラター騎士団のレゴンは戦闘の準備を始めた。
セオリーからすれば早い対応だった、がしかし戦闘の状況からすれば遅すぎたきらいはある。
その点、直感的に反応できたベアトリーチェが優秀ともいえる。
騎士団長ではあれど、魔法使いのレゴンには荷が重い話ではあったが。
準備していた“杖”の迎撃魔法は、バイラヴァの青色のダガーの一振りで掻き消された。
レゴンの顔に、さっと恐怖の色が浮かぶ。
「いいねえ、その顔。いきなり、手札が無くなった絶体絶命の恐怖の顔」
低位魔法を高速で放つという選択もあったが、レゴンは思い付かなかった。
だからもし、カリバーンの両手剣がバイラヴァの青色のダガーを弾いてなかったら、彼はそこで死んでいたかもしれない。
「悪趣味な奴め」
と、カリバーンは言う。
そのセリフとは裏腹に、顔色は冷静そのものだ。
「今度はどうやって俺を見つけた?隠行術には自信があるんだがな?」
不思議そうに尋ねるバイラヴァ。
セリフだけを聞けば平静な会話だが 、共に剣を振るっていることを忘れてはならない。
「なに、今度は過度に魔法探知を警戒しているのを探しただけだ」
「なるほど。臆病になりすぎたか」
二人の剣と言葉の応酬に、レゴンは口も、魔法も挟めなかった。
会話に割り込むのはともかく、発動しようとしている魔法が全てキャンセルされてしまう。
おそらくは、あの青色のダガーに秘密があるのだろうが、それに手を出すこともできない。
にも関わらず、剣と魔法で応戦しているカリバーンに畏敬を覚えた。
どちらかといえば、学究の徒であるレゴンには到底、真似できない。
騎士としても、魔法使いとしてもレゴンはカリバーンには敵わないと悟ってしまっていた。
「チッ!二人目も、か」
と言い残してバイラヴァは消えた。
肩で息をしていたカリバーンにレゴンは礼を言った。
「なに、これは己で決めたこと。全てを守るなどとは、とてもじゃないが言えない、が。しかし、目の前のものくらい守りたい、ただそれだけ、それだけなのだ」
レゴンは唱えうる最大の効果で、“杯”の治癒魔法をカリバーンへ放った。
その上で、自身のメダルをカリバーンに譲る。
「逃げるわけではない、と思いたいのです。託すことしかできないけれど」
「レゴン卿。あなたの思い、確かに受けとりました」
カリバーンは次の戦場へと去り、レゴンはリタイアを宣言した。
戦闘開始直後の大規模魔法。
それに続く、強大な力の激突。
相次ぐ、騎士団長のリタイア。
さすがに、安穏と待ち受ける騎士はいなかった。
考えうる限りの戦闘準備を終え、すぐに戦いにうつれるように移動する参加者が増えた。
レインダフ騎士団のルーグも、その一人だ。
彼がまず考えたのは、残る仲間と合流することだ。
本気で高位魔法を放つような相手と戦うとなると、聖剣認定という、力量を測るような余裕をもった戦い方ではすぐにやられてしまうだろう。
聖剣認定は一度置いておいて、本気の相手に対処すべき、と考えたのだ。
そのへんの意識の切り替えが即座にできるあたりが、ルーグという騎士の強みだった。
そして、もうひとつ。
彼が、国名を冠するレインダフ騎士団を率いるに値する能力がある。
レインダフ及びその周辺の地形を全て記憶している、というのがそれだ。
どこをどう動けば、最短距離と時間で移動できるかが彼のなかで把握できている。
おそらく行ったことのない場所でも、自分の目で見れば記憶できるだろう。
地を読むことであらゆる状況に対応できる、長い手で戦場を把握するように見えることから“長腕”という二つ名で彼は呼ばれている。
そして、まさしくその長い腕に掴まれたかのように、聖ソライア騎士団のエドモンドはルーグと合流した。
「ルーグ様。合流できて安心いたしました」
「私もです。ベアトリーチェとレゴンが戦線離脱したのは確認できました」
「レゴンはともかく、ベアトリーチェまで……。一体誰が二人を」
「アーサー・カリバーンとゼット・バイラヴァ、の二人です」
「アーサー・カリバーン?前情報からすると、考えにくいのですが。それに、ゼットとか言う奴はヨルカの田舎者でしょう?」
「私の判断が信じれらない、と?」
ルーグの言葉に、エドモンドは慌てて言い訳をする。
「い、いえ。そのようなつもりでは」
「アーサー・カリバーンには二つの評価がありました。一つはドラーケルク卿の見定めた“大したことのない奴”、もう一つは我が兄ロアゾーンの“英雄に匹敵する力量”」
エドモンドの顔色が変わる。
「ロアゾーン閣下が“英雄に匹敵する”ですと?」
不意にエドモンドの顔色が青ざめる。
ロアゾーンの意図に気付いたからだ。
アーサー・カリバーンの評価をとおして、適正な人物評価、戦力評価ができるかどうかを試されていたのだ、と。
「あの炎の王と一騎打ちを行い、なお生きている。外様でありながら、グラールホールドで最高峰のアルザトルス神殿騎士団の団長になった。そのような噂、情報をもとに実際の人物を評価すれば、あの強さにも納得がいく」
「ドラーケルク卿の前では、猫をかぶっていた、と?」
「話を聞きましたが、相当失礼な態度だったようです。わざわざ立腹させて、実力を見ようとしたのか。騎士団長に必要なのは、武の力だけではないと思うのですが」
エドモンドは噂でしか、そのことを聞いていない。
しかし、身内なドラーケルクの情報だからこそ、信じてしまった。
聖剣認定が始まる前、このアーバーの丘の下見に来ていたときのことを思い出す。
下見も名ばかりで四人で集まり、聖剣認定後のことを話し合っていた我ら。
我らに無視されながらも、丹念に下見をしていたアーサー・カリバーン。
目が曇っていたことに気付くが、すでに遅い。
「彼が我らを襲撃しているとして、私とルーグ様、そしてドラーケルク卿で対抗できるでしょうか?」
「私なら痛み分けに持ち込むことができる、かもしれません。兄ですら、もしかしたら……」
レインダフ最強の兄弟がよくて引き分けにしか持ち込めないほどの相手。
エドモンドは震えが止まらない。
最初の魔法のことが頭をよぎる。
あの重力魔法を、範囲を狭くして強目にかけられたならば……。
身動きがとれないなかで、なぶり殺しにされてもおかしくないのだ。
かつての、ジャンバラが支配していた時代のルイラムの魔法使いのことをエドモンドは思い出す。
エドモンドが震えはじめたのを見て、ルーグは少し脅し過ぎたか、と思った。
相手の実力を感じとり判断するべし、程度のことしか考えていないだろう。
兄、ロアゾーンの思考を模倣して考えた。
アーサー・カリバーンは敵ではない。
だとすればまだ目はある。
そして、ルーグとエドモンドは聖ドラスティア騎士団長ドラーケルクと合流した。