騎士の都編07
認定開始の合図とともに、動いたのはアーサー・カリバーンだった。
「天恵の符を重ねるベリオラスに乞う。我は汝の業を仰ぎ見る者なり。我が周囲こそは汝の力を及ぼし得る場所なり。いざ、その力を我に下ろさんと奉るなり。大地の巨人ドラスティアよ、今こそ、その大いなる腕を振るいて、大地に汝が力を噴き出させる時なり、汝が下僕アーサー・カリバーンが汝に代わりて、その業を振るわん。“符”の第12階位“グラビティフィールド”」
完全詠唱にて、100パーセントの力を引き出されたカリバーンの魔法はアーバーの丘周辺を包み込んだ。
魔法の効果範囲の全ては増加された重力によってズシリと荷重を受ける。
樹木もミシミシと下へ垂れ下がり、年経た岩ですらピシリとひびがはいる。
森の中がスタート地点だった聖イクセリオン騎士団のベアトリーチェは、その様子を見ておののいた。
身動きがとれないほどではないが、フルプレートアーマーを着こんだ時のような重量感だ。
「な、なんなのよ?初っぱなから全開なんて」
仮にも騎士団長を拝命しているベアトリーチェは、その資格が仮初めのものでないとはからずも証明することになった。
二つの接近する強大な圧力を感じ、直感的に“杯”の結界魔法を展開する。
その結界が一瞬で砕け散るほどの威力の、余波がベアトリーチェを襲う。
戦闘の勘がなければ、その余波だけで戦闘不能になっていたかもしれない。
カリバーン的には、そのくらいの対応はできるだろう、との判断だったが。
「さすがはアーサー・カリバーン。効果範囲を広大にして、荷重に引っ掛からず動けるものを探索するなんざ、まるで帝国の戦闘魔導師のレーダー探知のようだったぜ」
「お前ほどの使い手ならば、逆に引っ掛かるかと思ってな」
そう、カリバーンとバイラヴァが剣を交えた衝撃の余波がベアトリーチェのいる森の中を吹き荒れていたのだ。
片や両手剣、片や二刀流のダガーだが、ベアトリーチェが見る限り、両者は互角だった。
ベアトリーチェより遥かに高いレベルで。
「イクセリオンの騎士か。ならば、飛燕流緋炎閃」
バイラヴァの腕とダガーに注がれた魔力が、炎の刃となってカリバーンとベアトリーチェを襲う。
「妙な技を使う。それではこれだ。火には土、“符”のアースバインド」
本来は相手の足を拘束して、移動速度を低下させる魔法をカリバーンはアレンジした。
ベアトリーチェの腕を土の手が掴み、横に引っ張る。
ベアトリーチェのいた位置に、炎の刃が襲いかかるが、目標を見失い地面に弾ける。
その時には、カリバーンはバイラヴァに接近し、一撃を浴びせている。
「あれをアースバインドでかわすなんざぁ、奇策だな、たいしたもんだよ」
「なんだ、あれは?」
両者は剣を振るいながら、言葉をも応酬させる。
「あん?飛燕流のことか?」
「流派、なのか?」
「そう、俺が作った。魔力がある程度、意思の力で操れることに着目した魔剣術さ」
「魔力が意思の力で操れる?」
そんなことは聞いたことはない。
だが、もし奴が言っているのが闘気のことならば頷ける。
溜めた闘気を解き放つことによって、己の潜在能力を引き出すというのは故郷ではよく知られた技術だ。
似たような技術をもった者、思い付いた者がいてもおかしくない。
「まあ、伝承したのは一人しかいないからなぁ。絶滅寸前だわな」
軽い会話の間にも執拗に、カリバーンとベアトリーチェを狙うバイラヴァの攻撃をいなし、防ぎ、反撃する。
アースバインドに自らを引っ張らせ、バイラヴァの予測の外から攻撃を仕掛ければ、バイラヴァは飛燕流爆炎脚で急加速して反応する。
しかし、幾度かの攻撃の交錯のあと、瞬間的に闘気を解き放ったカリバーンの一撃によってバイラヴァの五本のダガーの一本、赤い刀身が真っ二つに割れた。
その割れた刃を見て、バイラヴァはニヤリと笑う。
「なるほど。あんたの実力、まだ底が見えないねえ。いいだろう、一人目クリアだ」
笑ったまま、バイラヴァは魔法を唱える。
ブウンと、蜂の羽音のような音をたてて彼は姿を消した。
「やれやれ、これがあと三人か。しんどいことだ」
カリバーンは、そう言い残して走り去る。
あとに残されたベアトリーチェは腰を抜かして、座り込んでしまった。
けっして、修練をおろそかにしていたわけではないが、あの強さには届かない。
越えられない壁があることを、見せつけられた気分だ。
しばらくの呆然自失。
それは、このフィールド、戦場の中では油断と同義だった。
音もたてずにベアトリーチェを細く煌めく糸が絡みとる。
たちまち手足を拘束され、ベアトリーチェは樹木に縛られる。
「グッ」
胸を締め付ける糸に、肺から空気が洩れた。
「まずは一人目」
それはさっきのバイラヴァの言葉と同じだったが、発した人物は別だった。
ベアトリーチェが見たことのない人物。
広げた手からおそらくベアトリーチェを拘束している糸が出ているのだろう。
ベアトリーチェが見たことのない、ということは招かれざる闖入者か、もしくは審査員。
「何を」
するのです?という問いは封殺される。
「ベアトリーチェ卿。あなたは失格です」
「あなたに何の権限があるというのです?」
糸使いは、正式なレインダフの紋章の入ったメダルをベアトリーチェに見せた。
聖剣認定の審査員の証明だった。
「わたしは審査員です。ルール違反がないかどうか、戦意を喪失したものがいないかどうか判断します」
「私が戦意喪失?レインダフの騎士団長を舐めるなッ」
ベアトリーチェは無理矢理糸を引きちぎると、糸使いに突撃した。
だが。
「舐めてなどいません。それゆえに全力でお相手してます」
糸使いの前に張られた糸がクッションのように、ベアトリーチェを包んだ。
ベアトリーチェは、全身を拘束され宙に吊るされる。
その首筋に、糸使いの持つ懐剣の刃が当てられていた。
ほんのわずか、押し込むだけで皮膚が断ち切れるギリギリ。
ベアトリーチェは冷や汗が流れるのを感じた。
ここまで、追い詰められたことはない。
ここまで、追い詰められるはずがない。
「私が手も足も出ないなんて、一体あなたは?」
「わたしはグウェン・ヴィア。英雄を探索し殺害するものです」
美しい顔の優しげな唇が紡いだ言葉に、ベアトリーチェは何度目になるかわからない戦慄を感じた。
ベアトリーチェが反抗する気を無くしたのを悟って、グウェンはベアトリーチェのメダルを奪った。
「待っててくださいね、アーサー様。すぐにお会いいたしますわ」
北の大陸、オータムファーム王国から来た女騎士グウェンはベアトリーチェの腹部を強打し意識を刈り取る。
そのまま、宙吊りにしてその場を立ち去る。
波乱の聖剣認定は、開始早々に聖イクセリオン騎士団のベアトリーチェの戦線離脱から始まった。