砂の王国12
「お父様」
ポツリともれたルーナの声。
その声になんの遠慮もなしにフェルアリードが喋り始める。
「どうでしたか?政権奪取の現場なんてそうみれるものじゃありませんよ?」
「あなたは、あなたは許しません」
止める間もなく、ルーナはメイスを手に飛びかかる。
その打撃がフェルアリードに届く寸前、空間が波紋を描きルーナの攻撃を止めた。
事前展開していたか、無詠唱で発動したかはわからないが魔力武器の一撃を止める、高位の結界魔法だった。
ルーナの結界を見たからわかる。
あのシールドの強度は普段のルーナより上、あの巨大ワーウルフの戦闘で放った全力に匹敵する。
さっきの映像呪文といい、こいつとんでもなく高位の魔法使いなんじゃ?
「第12階位“刑死者”のランクは伊達じゃないようね。さすがと言っておきます。フェルアリード」
じゅ、じゅうにかいい!?
伝説の五人に次ぐ、大陸でも二十人いないと言われる高位魔法使い。
それがなんでラーナイルみたいな辺境国で活動してるんだ?
結界に弾かれたルーナが、体勢を崩すのを支える。
「大丈夫か?」
「あまり、大丈夫じゃないですね。今のでわたしの攻撃がほぼ通用しないことがわかっちゃいました」
「だろうな」
聖別された魔力武器すら弾く結界相手にルーナの攻撃は無力だ。
突破できるとすれば。
「俺に任せろ」
思わず放った言葉だが、本心だ。
言葉にしたことで覚悟がさだまり、体が動く。
剣を抜き、呪文を唱える。
今日二回目の使用だが、いけるか?
いや、やらねばならない。
こいつは、危険だ。
王国にサバクオオカミの大群を放ち人々の平和をおびやかし、さらには内乱まで呼び込んだ。
カリバーンや、アベルもどうなったか。
そして今までのことすら、こいつの目的の氷山の一角に過ぎない気もする。
やる。
やってやる。
「赤の誓約」
左目に熱を感じる。
飛び出した俺は“筋力強化”、“反射強化”、“魔力武器”の呪文を詠唱破棄で限界まで重ねがけする。
達人の域まで強化された俺は、展開された結界を強打。
結界にひびがはしる。
手応えを感じる。
フェルアリードの顔の笑いが強ばるのが見えた。
さらに第二撃。
一枚目の結界が割れる。
畳み掛けるように連続攻撃。
フェルアリードも結界呪文を連発するが俺の手数のほうが多い。
このまま押しきる。
だが。
フェルアリードが結界を高速展開、五枚の結界が張られる。
“杯”の第9階位“ヘキサスペリング”で可能になる高速詠唱で結界を張るものの、フェルアリードの魔力は枯渇した。
どんなに高位の魔法使いであろうと連続で発動し続ければ、いずれ限界がくるのだ。
無限魔力でもない限りは。
何かの呪文を詠唱しているようだが、もう手遅れだ。
俺の限界いっぱいの十連撃にフェルアリードの結界が次々に破れていく。
ついに最後の結界が割れ砕け、連撃終わりの無理な姿勢をさらに無理矢理動かして、とどめの一撃をーー。
放つことはできなかった。
あふれでた色の濃い結界が一撃を弾き、なおかつ俺を強打したからだ。
それをまともに喰らってしまった。
それでも、追撃をかわし体勢をととのえる。
「リサーチ不足でした。まさか、あなたも“無限魔力”の保持者だったとは。ああ、炎の王から貸与されたのですか。少し考えればわかることでしたね」
「あなたも、と言ったな?」
今にも止まりそうな息をはき、言葉で時間を稼ぐ。
この状況を打開する一手を打つために。
「異端第3階位“黒の誓約”。失われたゲッシュ魔法の一つです」
見れば奴の指につけられた指輪の一つが莫大な魔力を放出しながら輝いている。
無限魔力を持つ第12階位の魔法使いなんて厄介過ぎだろうが。
だが無限魔力ならこちらにもある。
もうちょっと出力をあげて頑張れば。
「カイン」
ルーナの声がする。
だが、ぼやけて聞こえる。
判断力が落ちているような。
意識が朦朧としている、のか?
限界、なのか。
最後に見たのは、ルーナの泣きそうな顔だった。
意識を失ったカインを見下ろしながら、フェルアリードは呟く。
「実に危なかった。今まで誰にも見せなかった奥の手を使ってしまいました。さすがはラーナイルに滞在していた冒険者の中で強い四人の一人ですね」
無限魔力を切ったのか、指輪の輝きも消えている。
「さて、ルーナ姫。これから先代の国王の葬儀です。そのあとは王位継承権譲渡式、あなたの仕事はいくらでもありますよ」
「わかりました。この上はあなたに従いましょう。ですがカインの、彼の命は、保証してください」
「ほう?」
「彼はわたしのために戦ってくれました」
「わかりました。命は、保証しましょう」
フェルアリードは、薄い笑いを取り戻している。
ルーナは青ざめた顔で、それでも前を向いてこれから起こることを待ち受けていた。