騎士の都編01
騎士の都レインダフは、古代魔道帝国の雨水騎士団の騎士団長ギール・レインダフが建国した国家である。
崩壊する帝国民を保護した雨水騎士団の駐屯地がもとになって成立したこの国は、今は巨大な城塞に囲まれた城都レインダフが象徴するように大きな戦力を持って専守防衛を信条とすることで知られている。
また、最高権力者である騎士王はレインダフ騎士団の団長が歴任しており、国王の座が世襲制ではない珍しい国家となっている。
現在の騎士王はヌァザ・シルバーハンド。
ガッジール戦争において、レインダフが歴史上初めて外征に乗り出した時に功績をたてた歴戦の勇士である。
そして騎士王の副官であり、レインダフ最強の騎士の証であるのが天騎士だ。
現在は二十人の英雄の一人、ロアゾーン・カドモンがその座を得ている。
そのロアゾーンのもとに、アーサー・カリバーンが現れたのはつい一月ほど前のことである。
グラールホールドのアルザトルス神殿騎士団の団長であるアーサー・カリバーンはかなりの有名人だったが、グラールホールド陥落以降の消息が途絶えていた。
その騎士が現れたのだから、ロアゾーンは胸が踊った。
強い者を見ると、ワクワクするというのはマズイとは思う。
まあ、思うだけで押さえきれるのだからロアゾーンの精神力もたいしたものである。
ともあれ、それは本題ではない。
行方不明になっていた騎士が願ったことが、問題だった。
「聖剣認定の儀式を受けさせていただきたい」
これだ。
レインダフには聖剣と呼ばれる三振りの剣がある。
古代魔道帝国時代以前に造られたとか、神々に授与されたとか言われているが、確証はない。
ただ、三振りとも強力な魔法を付与されていることは確かだ。
別に、その存在を秘匿しているわけではないから、アーサー・カリバーンが知っていてもおかしくないのだが、入手条件まで知っているのは驚くべきことだった。
聖剣の入手条件は二つ、レインダフの国法で団長職についている騎士であることと、聖剣自体に認定されることだ。
聖剣自体に何らかの意思というか、チェック機能がついているらしく、その試練を突破しなければ剣を持つことすらできない。
その入手条件を満たし聖剣の所持者になっているのは、今現在二人。
騎士王ヌァザと天騎士ロアゾーンである。
それぞれ、聖剣ガイアギアと聖剣スカイウラノーを所持している。
残る一振り、聖剣クロノエクスはレインダフ城塞の試練の間に安置されている。
それをアーサー・カリバーンは欲しいと言っているのだ。
「面白い」
と、ロアゾーンは言った。
長らく、聖剣認定はレインダフ国内の騎士団のみで行われてきた。
別に、国外に出てもいいのではないか、とロアゾーンは常日頃考えていたことでもある。
古の騎士王レインダフが求めた、真の騎士がレインダフ国内にいるとは限らない。
それに、今まで三振りの聖剣全てに所持者がでたことはない。
それこそ、伝説の騎士王レインダフと初代の天騎士、そして騎士将軍リカルドがそれぞれを持ち、魔道帝国から独立し国を守った時代以来だ。
今、二人いる。
ロアゾーンはそれを見たいと思った。
そして、目の前の騎士にチャンスを与えるべきだ、とも。
「では、アルザトルス神殿騎士団団長のアーサー・カリバーン殿に、聖剣認定の候補者になることを許そう」
聖剣認定は、レインダフの伝統であり一年に一回行われている。
レインダフに存在する騎士団の数、五つの騎士団団長がそれぞれ優劣と適性を競い、真に聖剣に相応しいかを判断されるのだ。
「は、ありがたき幸せ」
「認定は新年に行う。それまでは城塞の中で過ごすがよい。もし、食い扶持がなければ騎士団の仕事をしてもらってもいいぞ」
「折を見て参ります」
それが、初日の出来事だ。
なぜ、アーサー・カリバーンほどの騎士が聖剣を手に入れようとしていたのか?
ロアゾーンは聞かなかったが、妻であるスフィア・サンダーバードからカインがコレセントに修行に行くと聞いて関係がありそうだ、と推測は出来た。
それが裏付けられたのは、とある人物の来訪によってだ。
彼が来たのは、夜。
彼は夜の闇より深き漆黒の鎧。
面頬で顔は見えない。
蝋燭の灯りが、その黒い輪郭を照らす。
「ずいぶんと久しぶりですな。ご息災のようで」
ロアゾーンは懐かしさを込めて言った。
最後に会ったのはガッジール戦争のころだから、二十年はたっているだろう。
その男、黒騎士は鎧の重さを感じさせない足取りで歩み寄る。
自分でも五十路に差し掛かり、体力の衰えを感じているのにも関わらず、この男は何十年も前から二十代のような身のこなしだ。
その正体に興味はあるが、知ることはできないだろう。
少なくとも力ずくでは。
ロアゾーンが知る限り、世界最強の戦士は間違いなくこの男だからだ。
「息災も息災さ。元気でなければやれることもやれない」
「それで、何の御用かな?」
「アーサー・カリバーン。聖剣認定を受けに来たな?」
「相変わらず耳が早い」
アーサー・カリバーンがレインダフ領内に足を踏み入れた時から、他国へ情報が漏れないようにしていたはずだったが、黒騎士には通じないらしい。
「なに、単に知っていただけだ」
「それで、彼の者に聖剣を取らせないようにしろ、とか?」
「いや、おそらく奴は聖剣に選ばれる。だが、そこに至るまで奴に試練を与えて欲しい」
ロアゾーンは絶句した。
必ず、聖剣をとるから試練を与えろ、など。
「それはどういう」
「剣の腕に関しては心配はいらない。俺が手ほどきをした」
「彼は行方不明の間、黒騎士殿の下にいたのですか?」
「まあそうだ」
「にも関わらず、さらに強さを求める、と?」
「聖剣を取れれば、アーサー・カリバーンもカインに追い付く」
カインが強くなったことは、スフィアに聞いていた。
だが、アーサー・カリバーンよりもさらに強いような口振りだ。
そして、黒騎士がカインを知っていたことにロアゾーンは驚きを隠せない。
「あなたはどこまで知って……」
「俺は、俺のなすべきことをなすまでだ」
「それは一体?」
「それを聞けば、あんたを巻き込むことになる」
「ガッジールではあなたに命を救われたのです。今さら何を」
仕方ないな、という身振りを黒騎士はした。
「あと十ヶ月後、古代の魔王レイドックが復活する」
「魔王、ですか?」
「騎士王レインダフが独立するきっかけになった、魔道帝国の落日。それを引き起こした魔王だ」
「レインダフには当時の詳細は伝わっていないのです。もしそれが本当だとすれば……」
「ウルファ大陸は滅びる」
「食い止める手段はあるのですか?」
「魔王の復活はほぼ確定している。だから、せめて魔王の配下たる十人のミニオンを倒す」
「魔王のミニオン、ですか」
ロアゾーンが思い起こしていたのは、別の魔王だ。
かつて、レインダフ軍を率いて征伐したロンダフを。
それよりも、強力な古代の魔王とはどれほどのものなのか。
「俺はミニオンどもに対抗するため、十人の戦士を集めることにした。魔法使い基準で言うと第13階位以上の力を持つ十人を」
「アーサー・カリバーンはその一人だ、と?」
「そうだ」
「わかりました。他ならぬ貴方の頼みだ、引き受けましょう」
「そうしてもらえると助かる」
黒騎士は安心したようだった。
世界最強の戦士でも悩むことはあるのだと、ロアゾーンは意外に思った。
黒騎士の言うことを疑うことはない。
ある意味では仕える騎士王よりも、信頼している相手だからだ。
黒騎士が去ったあとも、ロアゾーンは今後のことを考えしばらくその場を動けなかった。
聖剣認定は一ヶ月後だ。