古代迷宮編10
なんだそれは、とアズは思った。
恐怖と絶望を与えることがガッジールの使命?
わからない、本物のロンダフが考えていたことがあたしにはわからない。
ロンダフ老人の話は続く。
そして、ロンダフ王は余を見た。
お前には絶望が溢れている。
心地よいぞ、 お前の絶望に敬意を表して、この国を滅ぼしてやろう。
と、ロンダフは言った。
ああ、これは本気なのだな、と余は思ったよ。
それと、ロンダフはオルファネスにこうも言った。
故国への復讐かと思い、ナス侵攻を任せてみたが期待外れだった。
直接手を下すのも煩わしいので、これより始める国家破壊の中で生き残れたら、許してやろう。
そこからが地獄だった。
二頭の豹、オセとフラロウフスが攻撃をはじめた。
最初、死者はわずかだった。
気を取り直したナス国軍が、防衛をはじめたのもあって被害は最小限に抑えられるかのように見えた。
だが、それは間違いだった。
ロンダフ王の召喚した魔族、ガミジンが次々に死者を甦らせ、戦闘に加わらせていったことをよく覚えている。
戦力比は徐々にガッジール側に傾き、ついに魔族と死者の軍団がナスを飲み込むことになった。
余は、一人絞首台の上でそれを見ていたよ。
見知った者が、虚ろな顔の死者と化して別の知り合いに襲いかかる姿を何度も見た。
その日の内に、ナスは廃墟になった。
死者が徘徊する廃墟。
余は、絶望の中で廃墟をさまよった。
死者は不思議と余には襲いかからず、余は死ななかった。
そう、その時だ。
余が、ジャンバラ・ダ・ルイラムに出会ったのは。
意外な名前に、アズは軽く驚いた。
幽閉されたルイラムの王が、廃墟をさ迷う男に何の用があったのか。
あ、そういえばその時は閉じ込められていなかったんだっけ。
なんとか機関だかを作って、あぶない魔法使いを集めていたころ、かな。
それで、このロンダフ老人に目をつけた、のかな。
そして、余は死者の再生をテーマに魔法の研究を始めた。
もちろん、我が娘の再生だ。
やがて、ロンダフ王は敗れガッジールは廃墟となった。
余は、持ち去られたロンダフの杖を探し求め、グラールホールドへ向かう。
ネクロマンシーを操るガミジンが目的だ。
教皇のみが自由に出入りできるアルザトルス神殿に蔵されたその杖を得るために、余は再度神官としての修練を始めた。
もともと、大神官の力量を持っていた余はさほど苦労せず教皇候補になることができた。
世俗に疎い神官どもは、世間の苦酸をなめた余の謀略に容易く引っ掛かり、余は容易く教皇の座を手に入れた。
ジャンバラが幽閉され、ルイラムの王位が娘のイヴァに渡ったころ、余はロンダフの杖を手に入れることができた。
その少しあとだったな、フェルアリード・アメンティスが接触してきたのは。
奴は余と同じ、黒魔機関に属していた。
まあ、そこではあまり接点は無かったが、魔法研究の成果を求め、機関員同士が交流することはままある。
だから、奴が訪ねてきた時はさほど驚かなかった。
奴は言った。
死者の再生について。
魔族の技ではなく、力を利用し、保存された魂を用意した肉体に移す。
必要なのは、死者を死者として利用するネクロマンシーではなく、魔族の保持する魔力。
余は、フェルアリードと契約した。
余とフェルアリードの技術を、互いの利益になる限り提供しあう、というものだ。
結果として、余は有益な技術を得て四体の魔族を擬似的に使役することに成功した。
あとは、フェルアリードが死者蘇生の魔法を開発するだけだったのだ。
だが、フェルアリードは死んだ。
奴の娘、リィナが契約の続行を求め接触してきた。
余は、新たな可能性ロンダフの魔法技術を求めガッジールへ向かい、フェルアリードの残したものを求めルイラムへ行き、そして魔族のスキルを求めここまで来た。
しかし、余の計画は頓挫した。
全ての力は奪われ、命もまた失おうとしている。
最後に一目でも、娘に会いたかった。
ただ、それだけだったのだがな。
老人の語りは、途切れ途切れになりながらも最後まで続いた。
アズは、気になったことを聞いた。
「あなたは何て名前なの?」
「余は、いや私はベルオレワ、だ。ナスのベルオレワだ」
「わかったわ。あなたの名前、あなたの人生、あなたの想いをあたしは忘れない」
「貴様……」
「あ、でもあなたの娘さんの代わりはできないわよ?」
ロンダフ老人、いやベルオレワは呆気に取られた顔をした。
そして、茶化すように言う。
「あたりまえだ。余の娘は天から降りてきた天女の化身のような美しく可愛い、最高の娘だ」
「もう、思い残すことはない?」
「ふむ。あとは貴様に任せるか」
ベルオレワは天を仰ぐ。
そして、最期に呟く。
「エミリー、今、そこに……」
事切れた老人の亡骸を横たえて、アズは立ち上がった。
「アザゼル」
いつの間にか、戦闘の音は消えていた。
ベルオレワの話が明瞭に聞こえたのもそのせいだ。
その詳細を確かめようと、アズは従者の名を読んだ。
「いかがいたしました?」
魔族アザゼルがどこからか現れる。
「剣の王は?」
アザゼルは己の胸に手を当てる。
「ここにおります」
アザゼルに敗北した剣の王は、アザゼルに取り込まれたらしい。
まあ、それでアザゼルが強くなるならいっか。
「あなた、強いのね?」
「アズ・リーンのもとで戦う限り、我は最強となるでしょう」
アズは驚いて、目が点になる。
そして、驚きは笑いに変わる。
「あはは、あなた口も上手いのね」
「口の部分は、主にカイムですからな」
「じゃあ、納得だわ」
鳥悪魔の美声を思い出して、アズは笑う。
「あの亡骸はここに置いておきますか?」
ロンダフ老人と名乗ったベルオレワの亡骸。
「出来るなら、外に出してあげたいわ」
「わかりました」
アザゼルは、ベルオレワに手をかざした。
亡骸は、光に包まれ消えた。
「どこにやったの?」
「彼の者の故郷、人間がナスと呼んだ場所へ」
「そう……。ところでアザゼル、聞きたいことがあるんだけど?」
「なんでしょう?」
「魔族に人を甦らせることはできるの?」
「無理です。魔族は死にかけたものを癒すことはできますが、死んだものを甦らせることはできません」
「そう……なんだ」
ベルオレワの行動を無駄とは判断できない。
だが、願わくは彼の魂が安らかに眠れるようアズは祈った。
「ところで主人。人間世界ではそろそろ、新たな年になります。はっぴーにゅーいやー、という奴です」
「へ?」
ここに来てからまだ、そんなに経ってないはず?
「ここは時間の流れが魔界に近いため、人間世界より緩やかです。今から戻れば、約束の日時に間に合うはずです」
「間に合わないのはマズイわね。わかった、すぐ出ましょう」
あ、でも。
と、アズは気付いた。
ここで過ごせば年とらないよね?
「精神年齢も成長しませんよ」
「あたしが子供だっていいたいわけ?」
「そう思うのでしたら、そうなのでしょうね」
「ぐぬぬ」
確かに、アザゼルの口の悪さはカイムのものだ。
マステマのような忠誠はあるものの、隙あらばこちらをおちょくろうとしてくる仲魔とともに、アズは外を目指した。