古代迷宮編08
事態を打開するべく、声が発せられた。
「剣の王べリアルよ。お前に契約交渉を申し入れる」
声をあげたのはロンダフ老人だった。
アズの仲魔たちが次々と倒されていくのを見て、どう思ったかはわからない。
剣の王は興味を、アズからロンダフ老人へ移したことは確かだが。
「小娘の次は、老爺か。少しは楽しませてくれるといいがな。では、交渉条件だ。我を倒せ」
シンプルながらも、これまでで最大の難易度であろう剣の王との直接対決にもロンダフ老人は顔色を変えず、先制で魔法を放つ。
「“魔”の第8階位“デーモンダウン”」
放たれた紫の光球は、剣の王へ向かった。
払い除けようとした剣の王は、紫の光球が当たった左手に違和感を覚える。
「これは?束縛魔法か。並の魔族ならば抗えず配下になってしまいそうだな」
だが、我にはほんのわずか違和感を覚えさせる程度にしか効かんがな、と剣の王は言った。
しかし、ロンダフ老人は追撃の魔法を放っている。
「“魔”の第10階位“デーモンプレス”」
紫の壁が、剣の王の両側に発生し間にあるものを挟みつける。
剣の王は両腕を突き出し、挟まれるのを防ぐ。
「なかなか重いぞ。ダメージに拘らず、束縛に効果を絞って正解だな」
「減らず口もそこまでだ。身動きのとれぬ状態で我が攻撃を受けるがいい。“杖”の第10階位“ニグラスホーン”」
ロンダフ老人は攻撃魔法を放つ。
土色の円錐形の塊が剣の王へ一直線に突進する。
避けることのできない剣の王は、直撃を食らった。
「邪神魔法、か。ただの人間かと思えばなかなかやる。だが、まだ足りぬな」
剣の王は胸に刺さった円錐形の塊を見ながら、そう呟いた。
ロンダフ老人は、それをどう思ったか。
「抜かせ。もう一本食らうがいい、“ニグラスホーン”」
再度、生み出された円錐形は剣の王へ向かう。
しかし。
「“無価値”」
剣の王の言葉とともに、ニグラスホーンの円錐形もデーモンプレスの紫の壁も消え失せた。
呆気に取られたロンダフ老人は、剣の王の反撃を避けるべく回避行動をとりながらも呟く。
「馬鹿な、全魔法キャンセルだと?べリアルにそんなものがあるとは文献には無かったぞ」
「真の召喚士ならば、文献に書き残すべきでないことを知っているものだ」
剣の王は、落胆したような表情になっていた。
攻撃する気もおきないようだ。
「“デーモンプレス”、“デーモンダウン”、ええい、効かぬか」
矢継ぎ早に繰り出される、ロンダフ老人の魔法を余裕で剣の王は食らっていく。
それでも、まるでダメージはないようだ。
「もうよい」
憐れみを見せて、剣の王はロンダフ老人の全ての魔法を消し去った。
魔法の乱打で魔力が尽きたロンダフ老人は、消された魔法の余波で吹き飛ばされ、アズの足元に転がった。
「まだだ。まだ余は終わらん」
立ち上がるロンダフ老人に、アズは小さな声で話しかける。
「どうして、諦めないの?」
「ふん。諦めるということを余は選ばん」
「諦めることを選ばない?」
「貴様のような小娘にはわからぬだろうな。余は力を欲する。そして、それは目の前にいる」
剣の王は二人に向ける興味が尽きたようだ。
剣を構え、力を込めている。
「そのために死ぬことになっても?」
「死を恐れていたら何もなせぬ」
それは、あたしのことばだ。
例え後ろ向きの覚悟だったとしても、死ぬことを覚悟して何かをしたことがあったはずだ。
アズは手のひらを見る。
そこには、死を覚悟してアズを守った小さな鳥悪魔の羽がある。
そして、同じようにアズを守って消えていった魔族たちの遺志があった。
ロンダフ老人は挑み、倒され、また挑んでいく。
力を求める意志が、彼を動かしているのだ。
アズは座り込んだままだ。
そして、ロンダフ老人は吹き飛ばされ動かなくなった。
カラカラと音をたてて、ロンダフの杖がアズの前に転がってくる。
「老爺はようやく止まった。次は貴様の番だ」
剣の王が気だるげにこちらへ、顔を向けた。
弱い召喚士と偽物の召喚士、この最深部にやって来たと思えばそんな二人だったことに落胆している。
もう手早く片付けようと“ソドム”の準備をしている。
このままじっとしていれば、アズは間違いなくダビディス迷宮に転がる屍の一つになるだろう。
そうしたら、もう苦しまなくてもすむ。
仲魔たちと切り離されたことによる傷なき痛みも、感じなくなるだろう。
それを選ぶのかな、あたしは。
これはちゃんと答えを選ばなければならない問いだ、とアズは気付いた。
カインとガッジールの少年を天秤にかけることは出来なくても、自分の生死を選ぶことはできるはずだ。
例え、生きることを選んだ瞬間に死ぬとしても。
必要なのは、死ぬ覚悟ではなく、生きる覚悟だ。
なら、あたしは。
生きる。
そう決めたはずだ。
あのガッジールで、生きることを選んだはずだ。
答えを決めたアズは、目の前にあるロンダフの杖を手に取った。
何か考えがあるわけではない。
精々、それを杖にして立とうと思った程度だ。
右手に羽を、左手に杖を。
握った、その時。
杖についていたリングが11個に増えた。
それは。
「これは、あたしが契約した仲魔の数……?」
カイム、マステマ、バラム、エリゴール、マルファス、オセ、ザガン、フラロウス、シトリー、フォルネウス、デカラビア。
頭の中に、契約した仲魔の情報が流れ込んでくる。
と、同時にそれぞれの魔族の固有スキルがスクロールされていく。
迷宮の掟、魔力の大杯、咆哮、飛槍、遠目、虚飾の王冠、水なる血、色多き景色、豹の翼、捕食する波、五芒星の壁。
その最後に、アズは見覚えの無い単語を見つけた。
それは“悪魔合体”と読めた。
「“デモノフュージョン”?」
アズはその言葉を呟いた。
杖が言葉に反応して、ガタガタと震え始める。
11のリングがグルグルと回転し、それに呼応するようにアズの頭の中で2から11の数字がスクロールする。
アズは11で止める。
多ければ多いほどいいような気がしたからだ。
アズの頭の中の数字は止まったが、杖のリングはますます回転を早めていく。
杖はアズの手を離れ、宙に浮く。
それでも、アズは杖と自分が繋がっているのを感じた。
なんなんだこの杖は?
という気持ちと、何かとんでもないことになるかも、という気持ちがアズの思考を埋める。
そして、杖は紫の光を放った。
11本の枝を持つ大樹のような形をとった光の中で、何かが胎動する。
その枝は、アズの契約した仲魔の象徴であり、その大樹の形はこれから現れる何かの象徴である、とアズは理解した。
アズの手から、カイムの羽が浮き上がり杖から出た光に吸い込まれる。
そして、目が眩むほどの光が弾けた。
光がおさまり、視界が正常に戻った時、一体の魔族がそこに立っていた。
身長は剣の王より高い約4メルト、マステマのイメージを残した顔だがより精悍に見える。
全身を黒い甲冑に包み、背には蝙蝠の巨大な翼。
赤銅色の肌には、力強さが満ちている。
その魔族はアズを見て言った。
「お待たせしました、主人。頼れる従者、帰って参りました」
「まあ、うん。ちょっと想定外だけど、おかえり」
「早速ですが、我に名をつけていただきたい。その名によって、我の生きる道が決まるのです」
とてつもなく重たい言葉だが、アズにはなんとなく響くものがあった。
この目の前の新しい魔族に相応しい名前が、心の中から浮かび上がっていた。
「あなたは、アザゼルよ」
口に出した名前に、欠けていた何かがピタリとハマったような心地よさを覚える。
名付けられたアザゼルは、目を閉じる。
「アザゼル。神の力、アズ・リーンの従者……」
「不満ではないようね?」
アザゼルは目を見開いた。
そして、満足そうな笑み。
「無論、我はアザゼル。主人の敵を打ち倒す者なり」