古代迷宮編06
オセが憤怒のまま、飛び出していくのを抑えつつ、アズはロンダフ老人に敵意の視線を送る。
「不愉快だ。まったくもってな。四体の魔族の内の三体を支配し、さらにはオセまで……。とことん、余を愚弄したいらしいな?」
「彼らはあなたのものじゃないわ」
「そのセリフは前にも聞いたッ。であれば余が貴様の言うことを聞くわけがないとわかるであろう」
「わかってくれるまで言い続けるわ。何度でも」
「戯れるなッ」
これ以上話すことはないと言う風に、ロンダフ老人は杖を振った。
五つのリングがついた杖だ。
以前、ルイラムの灰色の迷宮城で見たときは確か、二つだった。
その時はオセとフラロウスが彼の配下だったが、もしあのリングが配下の魔族の数なら、彼は五体の魔族を操れることになる。
そして、その推測は当たっていた。
「オセ、バラム、カイム」
三体同時召喚はまだ難易度が高いが、このままだとむざむざやられることになる。
その危機意識がアズの制御力を上げたか、三体の魔族は無事召喚された。
「ザガン、デカラビア、フォルネウス、シトリー、フラロウス」
ロンダフ老人の呼び声に五体の魔族が召喚される。
牛頭の魔人ザガン。
ヒトデ型のデカラビア。
エイの姿のフォルネウス。
翼持つ豹の姿のシトリー。
赤い豹のフラロウス。
その全員が全身にひび割れのように紫の光を放っている。
その目も、同じ紫の光を放つ。
「正式な契約手続きを踏んでないような感じね」
「あの杖が怪しいですな、主人」
カイムの推測にやはり、とアズは頷く。
あのリングのついた杖がロンダフ老人の力の源に違いない。
「ロンダフの杖、だ」
オセが忌々しそうに吐き捨てた。
「二十年前、敗れたロンダフ王がガッジールに残した杖、それをグラールホールドの騎士が回収し、アルザトルス神殿に封印していた」
バラムもまた不愉快そうに話を続ける。
「それを、あの男が封印を解いて魔族をガッジールで解き放った」
ガッジールでの惨劇を思い出して、アズはあのときの怒りを思い出す。
無為に殺された人々の無念が、アズの心にわだかまっている。
あいつらがいなければ、ガッジールは平和だった。
目の前のロンダフと本物のロンダフがいなければ。
ロンダフを名乗る全てを、あたしがここで……。
「落ち着け、主人」
オセが、アズを止める。
「何で止めるの?あなたならあたしの気持ち、わかるよね?」
「本物のロンダフも目の前のロンダフも、確かに憎い。我を不法な手段で人間世界へ縛り、さらには酷使した。しかしな、古代の魔道皇帝の頃から、我らはそうだったのだ」
「だから、仕方ない?もう慣れたってこと?」
「否、我らはここに閉じ込められ、そして酷使されたことは憎い。だがしかし、さればこそ我らは主人に巡り会えた」
「はへ?」
「我らの力を存分に引き出し、心より忠誠を誓える本物の召喚士、それこそがアズ・リーンだ」
「ほ、誉められてる?」
「なれば、このような下らぬ相手にその命、散らされるわけにはいかぬ」
確かにそうなのだ、とアズは本当はわかっている。
最大でも三体しか召喚できないアズと、曲がりなりにも五体召喚しているロンダフ老人では明らかに相手が有利。
「じゃあ、どうすればいいのよ?」
「簡単なことだ。この迷宮の掟にのっとり、契約交渉すればいい」
「あ、そっか」
よくよく考えれば、バラムたちと戦った、とはいえ仲魔にするには契約交渉するしかない。
不当な方法で、仲魔にされた魔族と戦わずに済むかもしれない。
まあ、その場合ロンダフ老人はさらにアズを憎むだろうが。
「というわけで、頼れる従者カイム参上」
今までそこにいたのに、さもピンチに現れたかのようなカイムにアズはイラッときた。
「じゃあ、頼れる従者さんに五体の魔族を相手にしてもらいましょうか?」
ロンダフ老人のせいでかなりイライラしているアズの感情を読めなかったカイムが悪い。
それは、オセはじめアズの仲魔たちはみな察していた。
「しゅ、主人?冗談ですよね?」
「冗談じゃないわよ?」
真っ黒い笑顔だった。
その茶番がいつまで続くかと、苛立ちを露にしたロンダフ老人はアズに吼える。
「いい加減にせよ。余と戦うのか、戦わないのか、はっきりと……」
「はっきりと言うわ。あたしは戦う。ただし、あなたとじゃないわ」
「なに?」
戸惑ったロンダフ老人に、アズはこのダビディス迷宮に来て、一番多く使った魔族の固有スキルを発動した。
「それじゃあ、いくわよ?頼れる従者さん。“迷宮の掟”」
「御意のごとく」
カイムの固有スキル“迷宮の掟”、ご存知の通りダビディス迷宮のルールを説明するだけの固有スキル。
「ダビディス迷宮に住まう魔族は、契約交渉に応じなければならない。おのおのの審査方法によって、召喚士を査定し契約をすること」
アズの放った“迷宮の掟”にロンダフ老人は怪訝な表情を浮かべる。
そのスキルに何の意味があるのか?
ただ、言葉を述べるだけのスキルに。
「無駄なことを」
「あたしはそうは思わない。行くわよ、ザガン、デカラビア、フォルネウス、シトリー、フラロウス、あたしアズ・リーンはあなたたちに契約交渉を申し込む」
ルールにのっとった言葉に、ロンダフ老人の五体の仲魔は動きを止めた。
「なぜ、動きを止める?戦え、あの小娘を打ち倒すのだ」
ロンダフ老人は杖を振って、魔族たちに命ずる。
しかし。
「ダビディス迷宮は古代の魔道皇帝の、おそらくは第13階位以上の魔導師の魔法が掛けられている。だから、それ以下の魔法はルールに反する場合阻害される。だから、ザガンたちはあなたの命令を聞かないの」
「ふざけるな、これは余が余自身で手に入れた力だ。余の力だ」
喚くロンダフ老人を見ずに五体の魔族は同時に話す。
「我らは、契約交渉に応じる。交渉条件はアズ・リーンに任せる」
魔族のだした条件にアズは頷き、ロンダフ老人は傷ついた顔をした。
オセは当然という表情だ。
「わかったわ。じゃあ、あたしの出す交渉条件は、あなたたちがアズ・リーンに仕えたいと思うのならあたしの仲魔になること」
「実に奇妙な契約ですな」
パタパタとカイムが飛び回る。
それは確かにそうだろう。
契約交渉をする。
魔族が契約の交渉条件を召喚士に任せる。
召喚士は魔族が本当に契約したいのならば契約する。
「だが、これを受け入れれば真に人と魔族は仲魔になれる。古のソ・ルモーンの目論見を越えて」
オセが感慨深そうに呟く。
古の魔道皇帝ソ・ルモーンの目論見通りに、ロンダフ達にいいように使われていた彼にとって、アズは希望だったのかもしれない。
そして、その希望通りに。
五体の魔族、ザガン、デカラビア、フォルネウス、シトリー、フラロウスはアズと契約を成立させた。
「おのれ」
とおさまらないのはロンダフ老人だ。
苦労して集めた魔族が一度ならず二度までも、小娘と見下す相手に掠め取られたのだから。
その心に、わき出た憤怒、憎悪、嫉妬……その他もろもろの負の感情に棺が反応した。
四体の王クラスの魔族が眠る棺がガタガタと震えはじめる。
ソ・ルモーンでさえ幽閉場所のダビディス迷宮の中ですら動くことを禁じたほどの大魔族が目覚めようとしている。
そして、一つの棺から蓋が外れ中にいた桁外れの存在が現れる。
アズはよく見知ったその名を叫ぶ。
「マステマ……!!」