古代迷宮編04
「我らを甘くみるなよ、小娘」
牙を剥き出しにして、オセが恫喝する。
話を中断されたくらいで怒るとは心の狭い奴め、とアズが思ったかは定かではない。
「甘く?見てないわよ。あなたの実力は戦ったあたしがよく知ってる」
「人間ごときが、調子にのりおって」
オセは、後ろ足で立ち上がる。
豹の姿が、豹頭の武人の姿に変わる。
「なんとかサーガの主人公……!?」
「主人は余裕がありますな」
「オセって、どんな魔族なの?」
「古き神、ヴォーダン、オーディンと呼ばれた神が凋落した姿という伝承がありますな。主神クラスの力量をもっていると伝えられており、それ相応の実力はありましょうな」
オセが咆哮を発する。
その力は大気をビリビリと震わせた。
アズの支配下にあったときのマステマに匹敵する。
「覚悟はできておろうな、小娘、カイム」
「わ、わたしもですか?」
「あたしの従者なんだから、当然でしょ?一蓮托生よ」
「古い言葉ですな」
「いくぞ」
その逞しい後ろ足、いまや脚部と呼ぶのがふさわしい足に力が込められる。
今にも飛び出す寸前。
アズが声を発す。
「わたし、アズ・リーンは魔族オセに契約交渉を申し込む」
それは魔法の言葉だ。
その言葉を聞いたオセが脚を止めるほどの。
「主人、それは……?」
「そう、あなた、カイムのスキルよ」
突然、アズは目覚めた。
魔力の紐を魔族に繋ぎ、その名前を得て、仲魔にする能力。
リィナに言わせれば、それがアズの魂の使い方だ。
だが、アズは気付いた。
それは発展途上の力だと。
アズの本来の魂の使い方は、召喚した仲魔のスキルを使用できる能力。
マステマから魔力を引き出したり、マルファスの視界を見たり、その予兆はあった。
それが、今、完全に目覚めた。
アズが使っているカイムのスキル、それは“迷宮の掟”とカイムは呼んでいるスキルだ。
効果はダビディス迷宮に設定されたルールを説明するだけ。
普段は何の意味もないスキルだが、この場所でなら最高の働きをする。
たった今、アズがオセに言ったセリフ。
あたしはあなたに契約交渉を申し込む、がそれだ。
迷宮に訪れた召喚士は、魔族に契約交渉を申し込むことができる。
そして、ダビディスに幽閉された魔族はそれを断ることはできず、それぞれ固有の審査方法を経て契約する。
カイムがアズに問いかけたように。
「しっかし、あなた戦闘向けのスキル何にもないわね」
「し、失敬な。私は戦わずして勝つを体現する存在として常々研鑽を積んでおり、その過程でたまたま非戦闘向けスキルが揃っただけのこと」
「へえ、戦わずして勝つために、たまたま、非戦闘向けスキルが揃った、だけね」
アズは意地悪く笑う。
カイムは言葉につまる。
そして、オセが話し出す。
「よかろう。我は契約交渉を受け、アズ・リーンへ条件を提示する。それは」
オセは、猫科の獰猛な笑みを浮かべる。
「それは?」
「それは、我れが納得するような頼み方をすることだ」
「それは……」
「できぬか?」
難問といえば難問だ。
オセが納得するような言葉で、契約交渉を行う。
どこに、どんなフラグがあるかわからないまま、迂闊な言葉を使えない。
といって、誠心誠意頼み込めばなんとかなるとは思えない。
ロンダフ老人の酷使によって、外の世界に出たくないほど疲れはてているオセに何が効果的なのか。
カイムの問題も難問だったが、これもキツイ。
一般的な教養が不足しているアズには答え辛い。
しかし、アズには引くという選択肢はない。
「やるわ」
「では来い」
オセは仲魔になりなくない。
あたしはオセを仲魔にしたい。
仲魔にする言葉はオセには届かない。
オセに言葉を届けなければ仲魔にはできない。
オセに仲魔になれと言うと交渉は失敗する。
なんという理不尽な交渉条件だ。
さて、どうする。
どうするアズ・リーン。
思考が迷路に入り込んでしまう。
迷宮の中で、迷路に迷う。
まったく面白くない。
なんだか、さっきもこんな感情がわいていた。
理不尽に対する怒りのような。
いくら、ロンダフ老人にこきつかわれたからといって、あたしにこんな要求しなくてもいいじゃない。
そんなに、人間の仲魔になりたくないのか?
そうか、仲魔になりたくないのか。
「あ」
アズは答えに気付く。
カイムと繋がっているからか、意地の悪い言葉が思い付きやすくなっているのかも。
「どうした?できないか?」
「いいえ、決まったわ」
「そうか、言ってみよ」
余裕の表情のオセに、アズは言った。
「あたしはオセに仲魔になってほしくない、と頼む」
オセは笑みをを浮かべる。
「よかろう。納得した」
「では、あなたはこれからあたしの従者ね。今後ともよろしく」
「なに……?」
安堵していたオセの隙をついて、意識の紐を目の前の魔族に伸ばす。
契約交渉の成立に伴って、あたし限定で開かれたオセの精神、魂にリンクする。
この瞬間、オセはアズの支配下に入った。
「なぜだ?なぜ主人は、我れを仲魔にできたのだ?」
「あなたが納得したから」
「なに?」
「契約交渉の条件は、オセが納得する答えをだすこと。オセが仲魔になりたくなるような答えではなく」
「……なん、だと?そうか、我れにもわからぬ条件の穴を突かれたか」
「まあ、そう言っちゃえばそうなんだけど。あなた自身にも、誰かの仲魔になって外に出ていきたい欲求みたいなのはあったんじゃないかな。それが、意識していない思考の隙になったんじゃないかと思うけど?」
「……!……そう、か。我は解放されたかった、か。納得した。これよりは主人のために働こう。今後ともよろしく」
「ええ、よろしくね」
オセは二足歩行から、四足歩行の獣の姿に戻る。
大気を震わせる威圧感はすでにない。
「これはこれは、おめでとうございます、主人」
「ホント、あんたからは敬意というものを感じないわ」
カイムの世辞に、本音を言ってアズは鳥悪魔の足を握った。
「ちょっ!?主人、なにを?」
「そろそろ、次の悪魔のいる場所に転送されるだろうから、はぐれないようにと思って」
「主人は、我を便利な小道具だと思ってないですか?」
「そこまでは思ってないわよ」
「ど、どこまで!?」
どこまでですかーッ?というカイムの悲痛は叫びは、アズ以外には届かなかった。
アズは聞いていたが無視した。
おそらくは、次にアズが向かうべき場所。
もはや迷宮とは呼べない大広間に、三体の魔族が集まっていた。
赤き鎧の騎士。
黒いカラス。
獅子。
彼らは待っている。
主人が訪れるのを。