古代迷宮編02
鳥悪魔は、契約交渉と言った。
なにが始まるのかと、アズは身構える。
「それでは、わたしが契約に求めるものを発表しよう。それは、我が問いに答えること」
「は?」
血で血を洗うような戦いでもやるのか、と構えていたのがバカらしくなるほどあっけらかんとした口調だった。
「ん?人間の子供というのは、この程度の言葉もわからぬほど愚かであったかな」
「我が問いに答えること?戦い、とかじゃないの?」
「そのような野蛮な交渉をするのは、脳まで筋肉の力自慢どものやること。わたしのような優雅で高貴な魔族は、もっとインテリジェンスな交渉をするのですよ」
気が抜けた。
あのびくびくしながら、恐怖を押し殺して進んだのはなんだったのか。
本当にバカらしい。
「わかったわ。それで、どんな問いなの?」
「始めに言っておくが、この問いに答えられぬようではこの先、どんな魔族も相手にしないだろう。また、その場合いくらかの代償とともに出口まで送るのもやぶさかではない」
いくらかの代償、ね。
砂漠の隊商の護衛の言葉が、よみがえる。
無事で戻ったものはいない。
そういう類いの代償だろう。
「いいわ」
「では、汝に問う。どうしても、勝てぬ敵に二人の人物が人質に取られた。一人はお前が愛する者、黒き髪を持つ炎の目の戦士。もう一人はお前が慈しむ者、ガッジールでお前が助けた子供。どちらかを見殺しにしなければどちらも助けれない。さあ、どちらを選ぶ?」
嫌な、問いだった。
なぜか、カインのこともガッジールのことも知っていた鳥悪魔に苛立ちを覚えながらもアズは真剣に考える。
カインを選べば、ガッジールの子供は死ぬ。
ロンダフの騎士たちにもてあそばれた子供を助けた行為が、偽善になる。
無意味になる。
かといって、子供を選べばカインに会えなくなる。
カインを殺した罪の意識に押し潰される。
どの顔で、カインの仲間だと言うつもりなのか。
どちらも選べない。
発想力を見る問題なのかな?
その敵を倒す?
「補足だ。その敵を倒そうとした場合、倒し際にどちらかを殺す」
その方法も封じられた。
選べない選択肢が残る。
そうするうちに、幻影が見えてくる。
杭に縛り付けられた二人。
カインとガッジールの子供。
「アズ、俺を選んでくれ。俺はお前を助けられる」
「お姉ちゃん、助けて。死にたくないよ」
二人の声が、アズに投げ掛けられる。
だが、どちらの声にも応えることはできない。
「俺とアルフレッドとお前と、また三人で冒険しよう」
「お姉ちゃん、ガッジールでまた遊ぼうよ」
幻影と幻聴がアズを苛む。
考えれば、考えるほど思考は泥沼にはまったように停滞し、答えを出すことを拒む。
「アズ、助けてくれ」
「お姉ちゃん、助けて」
カインなら、一人で脱出できる。
でも、もしできなかったら?
私一人生き残るの?
ガッジールの子供は、私以外に存在を知られていない。
だから、助けない?
そんなことをいったら、私だって同じだ。
「アズ」
「お姉ちゃん」
私が捕まれば、二人は助かるの?
「最後の補足だ」
鳥悪魔が美声を発する。
「お前が死ぬことは許されない」
最終的な逃げ道も塞がれた。
どちらかを見殺しにするしか、選択肢はない。
「さあ、そろそろ時間だ。答えを出すがいい」
今もまだ、答えは決まらない。
迷っている。
迷い続けている。
「私は」
もう、うんざりだ。
こんな答えられない問いが、最低限の交渉だというのならこっちからお断りだ。
ここまで来た時間と労力が無駄になるのは惜しいけれど、これ以上無駄にはできない。
だから、アズは開き直って答えた。
「私はどちらも選べない」
二人の幻影は、アズの言葉とともに消え去った。
幻影の彼方から、鳥悪魔が羽ばたきながら現れる。
「それが、お前の答えか?」
鳥悪魔が聞く。
「そうよ」
不貞腐れたようなアズの返答に、鳥悪魔が羽ばたきをやめた。
フーッと鳥っぽくないため息をはく。
どうやら、疲れたらしい。
「契約成立だ。我が名はカイム、30の軍団を率いる大総裁である。今後ともよろしく」
「はいはい、さっさと帰してもらえる?え?契約成立?」
「左様だ。これよりは我が主人と呼ぼう」
「だって、私選んでないよ?」
「はじめに申し上げた通り、我が問いに答えること、が契約の条件。主人はどちらも選べない、という答えを出した」
「はぁ?答えを出すこと、だけでいいの?それだけでいいの?返せ、私の悩んだ時間を返せ!」
「我が問いは、どちらかを選ぶことではなく、答えを出すことに意味がある。主人の悩んだ時間は決して無駄にはならない」
「あなたって意地悪だ」
「魔族では良識派なのだがな」
人を食ったような鳥悪魔、カイムにアズは不機嫌になるやら、ほっとするやらだった。
でも、と心の中で思う。
いつか、本当に選ばなければならないときがくるかもしれない。
その時はどうすればいいか、考えて、答えを出しておこう。
そうならないように、力を付けておこう。
まあ、幻影とはいえ、情けない姿とはいえ、カインの顔を久しぶりに見れた。
本当に情けない顔だったけど。
「では、主人。奥に参ろう。まだ迷宮は始まったばかり、魔族がてぐすねひいて待ち構えているぞ」
「首を洗って待ってなさい、と伝えといて」
カイムを仲魔にしたことで、アズは余裕を取り戻したようだ。
暗闇にも、目が慣れてきたようで見通せる範囲が拡がった気がする。
「伝えた」
「は?」
「今の主人の言葉を忠実に、全魔族に伝えた。堰を切るように魔族が雪崩れ込むかもしれない。まあ、主人の言葉には逆らえないしな」
「あ、あんたなんてことを」
「嘘だ」
アズが焦るのを見て、楽しんでいたようだ。
満足したようで、あっさりと手のひらをかえす。
羽だが。
「本当に、あんた性格悪いわ」
カイムはそれに悪い笑顔で反応した。
鳥の顔で作られた笑顔は新鮮だった。
そのころ。
同じダビディス迷宮に、もう一人魔族召喚者がやって来ていた。
星型のヒトデのような魔族、デカラビアを力ずくで撃破し仲魔にする。
「これで、三匹。ロンダフの力に対抗するにはあと一匹、越えるにはさらに一匹。まだ奥に潜らねばならぬな」
その顔に、魔族に対する信頼や好意はない。
ただただ、力のみを必要とし、力のみを追い求める飢えだけがある。
彼を敵とみなし、魔族がやってくる。
牛の頭をもった人型の魔族だ。
「牛頭の魔族、ザガンだな。ちょうどいい、前衛が欲しいと思っていたところだ。お前も我が技に屈服し、我が下僕となるがいい」
ザガンを前に嘲るように笑う。
かつて、彼はグラールホールドにおいて教皇と呼ばれた。
そして、ガッジールでロンダフと名乗った男だった。