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カインサーガ  作者: サトウロン
魔王の章
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大武術会編09

幽冥の世界をさ迷うカインの魂は、見知った場所へたどり着いた。

眠りの深淵。

深い深い底。

そこは、夢の国。

神聖皇国グラールホールドで、炎の王と戦ったあと迷いこんだ場所だ。

あの時は、黒い羊のようなものに無理矢理追い出されたが、今度はどうか。


「また、来たのか?」


メェとは、鳴かなかった。

そもそも羊ではない。

強いて言えば近いものは羊なだけだ。

その黒い羊は、カインを見てまた、来たのか、と言った。

前と同じ羊なのだろうか。


「吾が輩らは、一つである。同じ母より生まれし、一つの存在」


見透かしたように言われた。

なんというか、以前会ったときより雰囲気が硬いような。

それよりも、今は……あれ?

俺、何しに来たんだっけ。

確か、アレスと戦って、剣を折って、それから……。


「夢の国に迷いこむ者は、二通りある。一つは以前のお前のように死にかけの存在。いま一つは死を超越し、真なる魔導師の階位に昇らんとするもの。お前は後者のようだな」


「よくわからんが、そうなのかな」


本当に状況がわからないが、黒い羊についていけば帰れることは間違いない、とカインは判断した。


「ついてこい」


黒い羊はスタスタと歩き始めた。

二足歩行で。

ちょっとした違和感を覚えながらも、カインはついていく。


「吾が輩が知る限り、ここ数十年の間、魔導師になろうとする魔法使いは四人しかいなかった」


「四人?」


「アークセージ、アクロバッテス、コンダクター、アイスクイーンの四人だ。遥か昔、千年前は列をなして魔法使いどもが来たものだが、今は訪れる者はほとんどない」


古代語で言われた四人の名前。

何か妙な感じだ。


「それが今年になってから、もう二人目。グレイラビリンス、そしてお前だ」


今度はグレイラビリンスか。

なんか、聞き覚えがあるような、ないような。


「中津国で何かあるのか」


ナカツクニ、微妙な単語だが大陸もしくは、人間世界のことを指すらしい。

何かあるのか、その答えは魔王の復活だろう。

ガンガーダラのような奴がたくさんいれば、その結果はどうなるか?

誰にでもわかる。

破滅、だ。


「さあ、ついたぞ」


そこは、夢の国の中。

一メルト四方の足場の外は見渡す限りの砂漠、湖、森、山、沼、空。

足場自体も、空に浮かんでいる。

今やって来た道はなくなっていた。

軽く困惑したが、ここまで来たらどうしようもない、と逆に覚悟が決まる。

足場の外にいる黒い羊は浮いているように見える。


「足場の外に出ぬ方がいいぞ。今見えている景色は本物だ。神々の箱庭だからな」


そう注意して、黒い羊は行ってしまった。


「とりあえず待つか」


と、カインは決めた。


永遠。

あるいは一瞬。

時間をはかる物差しが、己の中にしかなければ二つの概念は同じものになる。

変化までの時間を、カインは待った。


紅のドレスの少女が目の前に立っていたのに、カインは今、気付いた。


「待ってましたわ、カイン」


「俺のこと、知って?」


「もちろん、あなたとは会ったことがあるし、あなたの中にいたこともあるわ」


少女は、髪も瞳も赤い。

人ではない。

人ではないが、見たことがある。

不意に浮かんだ名を、カインは呼ぶ。


「イクセリオン……?」


「そう、よくわかったね。浄火の神姫イクセリオンです」


イクセリオンは嬉しそうに笑った。


「なんだか、ずいぶん……」


「ずいぶんイメージと違う?あなたに解放される前は、トゲトゲしかったものね」


そういうことではなくて、少女の姿で現れるとなんとなく違うような気がする。


「それで」


「そう、それでね。あなたに会いに来たのはあなたが魔導師になるのに、必要なことを教えるためなのよ」


「面倒くさいことでもあるのか?」


「ううん。だってもう終わったもの」


「へ?」


「この永劫の座で神に呼ばれるまで、魂がもてばそれだけで魔導師になれる。まあ、居続けるだけでも辛い人には辛いけど」


「それだけ、か?」


カインの感覚では、たいして待ったわけではない。

ほんの数分、長くても数時間程度だろう。


「えへへ。カインが第13階位の魔導師になれるのはわかってたので、待ち時間をサービスしました」


「それでいいのか、あんたは」


「いいの、いいの。私、カインのこと好きだもの」


「好きだもの、って」


「ほらほら、そんなことで悩まないで行きましょ」


「行くって、どこに……わぁぁぁッ」


急にカインの手を握ったイクセリオンは、空へ飛び出した。

カインの悲鳴は、その時のものだ。

そのまま、イクセリオンとカインは空を飛び、地平線の彼方へ拡がる砂漠の上を翔ける。


「空飛ぶのは、はじめてだよね?」


「普通の人間は飛ばない」


やや冷静になったカインだが、まだ心臓が早鐘をうっている。


「怖いの?」


「怖くない!」


「ふうん」


「なんだその含み笑いは?」


「いいえ、別にい。それより、凄い魔法だったね」


「何がだ?」


「レーヴァテイン」


「ああ、あれ」


「ラグナ君の剣より凄いよ、あれ」


ラグナ君て……。

炎の王をそんなふうに呼ぶなんて、さすが神様普通じゃない。

確かに、あの大剣クトゥガーブレードよりは強力に仕上がったと思う。


「そうかな」


「そうだよ。だってカインが作り出した魔法だよ」


妙に買い被られているような気がする。

そんな思いも置いていくように空を飛ぶ。

どこまでも続く砂漠の上を。


「なあ、どこまでいくんだ?」


イクセリオンはその問いには答えなかった。


「あのね。魔導師になるには三つの条件が必要なんだけど知ってる?」


「友情、努力、勝利?」


「……それは三本柱よ。え、えーとね、大きな魔力を操ること、大きな魔力に耐えきれること、そして、魂の使い方を知っていること」


はじめの二つはなんとなくわかる。

以前の俺は、無限魔力を操ることはできても、それに耐えきれることができなかった。

魔力の流れに対する耐性があるかどうか、か。

問題は。


「魂の使い方、ってなんだ?」


リィナにその言葉を聞いてから、ずっと思っていた疑問だった。


「魂ってのは、あなた自身よ。幾世代にわたって蓄積された魔力の塊を有するその存在の内面そのもの。じゃあ、魔力ってなに?って問いが出てくるわよね」


そう。

そもそも、魔力とはなんだ?

俺たちは何を使って魔法を放っているのか、なにも知らない。


「魔力とはなんだ?」


「魔力とは、この世界に満ちている、イメージによってそのあり方を変える世界の欠片。人はその生涯の中で魔力を使い、また世界に満ちる魔力を吸っている。吸われた魔力は、魂に蓄積され次の世代に受け継がれる。その魂の中の魔力、あなた自身の、あなたのための魔力を編んで何らかの形にすることを、魂の使い方と呼んでいるわ」


魂に蓄積された魔力、そしてそれを使いこなすこと。

それが魔導師の資格。


「俺にとってのそれは、剣か」


「あなたのは、正確に言うとあなたの力を具現化する力なのだけれど」


「ありがとう、イクセリオン」


なぜ、礼を言われたかわからないようにイクセリオンは目を瞬かせた。

赤い瞳が輝く。


「なんで、お礼を言ったのかな」


「あなたが力を貸してくれたから、俺はここまで来れた」


「本当は、あなただけの力でもここに来れた。でも、待てなかった。それは私たちの落ち度。あなたに会いたかったのも本当だけど」


イクセリオンとカインは流れる砂漠が途切れることなく続いていく光景の上を飛んでいく。

いつの間にか、カインは意識を失い。

元の世界へ戻っていった。


悲しそうに笑うイクセリオンを残して。

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