大武術会編08
モンスが意識を取り戻したのは翌朝だった。
ガンガーダラの水柱を耐えて、吹き飛ばされてそれでも生きていたのはアレスの修行のおかげだろう。
「へへ、アニキ。なんとか生きてます」
「寝てていいんだぞ?」
「お言葉に甘えます」
「どうせ治ったら、一番大変になる」
「へ、それはどういう?」
「俺とシュラは、奴を追う。いや、奴らだな」
「つまり、アニキとシュラがコレセントを離れる、と?」
「そうだ。そうすると、実力者はお前しかいない」
「となると?」
「コレセントを仕切るのはお前しかいない。以上だ」
実に気持ちよく断言されたので、モンスは反論する気にもならなかった。
「それはわかりやしたが、なぜです?なんであんな化け物を追わなきゃならないんで?」
「大事な舎弟をやられたから、じゃダメか?」
「アニキ」
感動しているモンスを置いて、俺は外に出た。
何かの災害のあとのような、モーレリアントが目に入る。
そこに、アレスが立っていた。
朝の風に身を委ねるように。
「災難だったな」
「いや、俺は大丈夫さ。それよりも、まああれだ、今までありがとうございました」
「なぜ、礼を言う」
「俺とシュラは奴らを追う。もしかしたら、もうコレセントには戻れないかもしれない」
もう二度と、アレスの修行を受けられないかもしれない。
だから、礼を言った。
アレスはわかったようだった。
「そうか。ならば最後にわし自ら稽古をつけてやろう」
アレスの言葉に、カインは笑顔で答える。
「是非とも」
そのまま、破壊された闘技場にアレス、カイン、シュラはやってきた。
観客席は破壊されたが、闘技場自体は意外なほど無事だった。
「試合の形式は……まあ、なんでもありでいいじゃろ」
「おう」
昨日の試合は、途中で邪魔されて実は不満だったのだ。
全力をまだ出しきってない。
それを最高の相手に出せるのだ。
カインは始まる前からうずうずしている。
「待ちきれん顔だな。よし来い。大戦士が相手をしてやろう」
合図があるやいなや、カインは“レーヴァテイン”を一瞬で形成し、剣閃として飛ばした。
初端から、今出せる最高の技をだすあたり、カインも相当な戦闘好きだ。
本人が否定しても。
アレスは、炎の剣閃を受け止め上空へ弾く。
全くダメージを受けていない。
ガンガーダラですら、慌てて防御した技を、だ。
「やっぱり、あんた最強じゃないか!?」
その声をアレスはすぐ近くで聞いた。
レーヴァテインの剣閃を陽動に使い、カインが直接突撃してくる。
もちろん、剣は三重構造の魔剣レーヴァテイン。
「そう思ったら少しは遠慮したらどうだ」
アレスは絶妙な瞬間強化で、実体レーヴァテインを鋼の剣で受けきる。
レーヴァテインの高熱で、鋼が熔ける前に捌く。
カインはその勢いすら利用して、追撃を放つ。
アレスとカインの鬼気迫る攻防。
だが、その割にはカインは楽しそうなのだ。
新しいオモチャを手に入れて遊んでいる幼子のように。
ベスパーラ相手でも、まだ遠慮していた本気、全力をぶつけられるのだから。
そんな本気の戦いの中にも関わらず、アレスとカインは言葉を交わしていた。
「なあ、カインよ」
アレスは右上段構えからの袈裟斬り。
「なんだよ」
カインは、それを左に回避。
「お主気付いとるかもしれんが、武の才能ないぞ」
アレスは、剣の軌道を瞬間強化で無理矢理変更。
カインを追撃する。
苦笑しながら、カインはさらに回避。
「なんとなく、そうだろうなと思ってたよ」
回避途中で、思い切り踏み込んでレーヴァテインを振る。
「ほう?気付いておったか」
アレスは炎の剣を受ける。
ほんのわずかのつばぜり合い。
「そりゃあ。俺より短い期間の修行をしていたモンスでさえ、瞬間強化を身に付けるくらいだ。シュラにしろ、ベスパーラにしろ、あいつらの才能を感じとるくらいはできるよ」
カインは、レーヴァテインの剣閃をつばぜり合いの状態のまま射出。
高速で形成した次のレーヴァテインを、残っている炎の剣閃にクロス状に重ねた。
倍加した威力に、アレスがジリジリと押され始める。
「お主が今、ここまでの強さになったのはおそらくは師のおかげだろうな」
“杯”の結界魔法らしきシールドが、アレスの前面に広がる。
二重のレーヴァテインを防いで壊れないのだから、かなりの強度だ。
これを詠唱無しで、展開できるのだから恐ろしい。
さすがは大戦士。
伝説の五人。
「師のおかげ?あんた自分を誉める趣味があったのか?」
今度は、カインのほうが押され始める。
「もちろん、わしの指導がお主の力を最大限引き出したのは確かじゃ。だが、それ以前に多くの者がお主を鍛え、教え、導いたはずじゃ。お主の剣にはそれが現れておる」
背後に魔力を集中させ、それを爆破し推進力に変える。
押され始めた剣は、勢いを取り戻し拮抗状態へ。
「俺を鍛え、教え、導いた人達」
剣を教えてくれたのはスフィアだった。
魔法を指南してくれたのはマーリン。
言葉の使い方をラオルが。
そして、戦う意思をーー例え復讐という形であれーーカインに与え、そのための力、無限魔力を貸してくれたのは炎の王だ。
その、師たちが導いてくれたからこそ今の俺の力がある。
「さあ、見せてみろ。お主の剣を」
「ああ、行くぞ」
実体化しているレーヴァテインを剣閃として射出。
そして、剣の炎を解く。
二本のレーヴァテインは、アレスの結界を破壊して役目を終える。
魂の魔剣。
俺自身の魂の形。
それは、漆黒の刀身を持つバスタードソード。
その剣を、迷いなく、小細工無しで上段から降り下ろす。
アレスも自身の剣で受け止める。
耳をつんざくような金属音が轟く。
ガギン、と鈍い音がしてアレスの剣が折れた。
カインも一度使ったことのある鋼の剣だ。
いい剣だった。
「いい断撃じゃった」
じゃから、気にすることはない。
剣とは道具。
道具は壊れるものじゃ、とアレスは言った。
「ありがとうございました、師匠」
「最後に一つ、お主に授けるものがある」
戦闘態勢を解いたアレスが、カインに近付く。
「何を」
途中まで言ったカインのセリフは途切れた。
そのまま、崩れ落ちるように倒れる。
異変を察したシュラが槍を構える、が動きが止まる。
アレスの視線で動けないようだ。
「心配するな“槍士”よ。カインに危害は加えぬ」
冷や汗が出た。
シュラは、ここまで恐ろしいものを見たことがない。
ヤクシの里の長老でも、ここまでの者はいない。
“大戦士”はカインに語りかける。
「お主は、すでに第12階位に達した。聞いたことがあるだろう、13階位に昇るには魔法の才と努力が必要となるということを。お主は、魔法の才こそ無かったものの不慮の出来事でそれに類する力を得た。そして、わしをはじめとする師によって他に倍する努力を得た。お主には資格がある。第13階位“死”に挑む資格を」
アレスによって、仮死状態になったカインは幽冥の世界へと旅立った。
最高の魔法使いの証、第13階位“死”に昇るために。