大武術会編07
消し飛んだ観客席を見て、俺たちは戦いを一時中断する。
それがわかるくらいには、二人とも冷静だった。
「何をやっている!!」
ベスパーラは怒っているようだ。
魔王のミニオン、ガンガーダラのことを知っているのか?
だが、ガンガーダラはベスパーラを見る。
が、興味なさそうに顔を背ける。
それが余程カンにさわったのかベスパーラがレイピアをガンガーダラの方へ構える。
「“アロンダイト”」
声を発して、二秒後。
爆発的な推進力を得て、ベスパーラが突撃する。
当たれば、カインのような同威力の炎の攻撃でなければ止められない。
ガンガーダラは、それを片手で止めた。
“符”の結界魔法のように見えるが、ベスパーラにはそれがウォーターコートの魔法だとわかった。
散々使った魔法だからだ。
「ぬるい」
ガンガーダラは、押し止めていた片手を振った。
途端に、ベスパーラのアロンダイトは、ベスパーラ自身に襲いかかる。
水のコントロールを奪われたのだ。
そのまま、闘技場まで落ち叩きつけられる。
「少しは骨のあるやつがいると思ったが、こんなものか。水の魔法はこうやるのだ」
ガンガーダラは手を振る。
またもや、発生した水柱が王族専用席に向かって放たれる。
「させるかッ」
サラマンド、ギルノース、モンス、シュラの四人が観客席に飛び上がり、力を合わせ水柱を防ぐ。
ギルノースが水柱の魔力を吸い上げ、モンスが籠手から衝撃波を出して防ぎ、シュラがモンスを支え、サラマンドがギルノースを支える。
しばらくは防げていたが、モンスが吹き飛ばされ均衡が崩れ残る三人も力を使い果たす。
「人間が、なかなかやる。そら、もうひとつだ」
ガンガーダラがもう片方の手を振る。
新たに発生した水柱が、再び王族専用席を襲い消し飛ばした。
四人と、レリア女王補佐、リリレア女王補佐は逃れたが水柱にリルレリア女王が巻き込まれた。
二発放った隙を見計らい、カインは“レーヴァテイン”を衝撃波の如く放った。
炎の剣閃は、油断していたガンガーダラを襲う。
寸前で気付いたガンガーダラが、慌てて水の盾で防ぐ。
レーヴァテインの剣閃は消されたが、これ以上の破壊を止めなければならない。
その思いで、カインはレーヴァテインをもう一度造る。
その様子を見ていたガンガーダラは、カインの顔を見て狼狽した。
「なんでお前がここにいる!?」
こいつも、俺のことを知っているような口振りだ。
なんなんだ、どいつもこいつも。
慌てて、驚き、狼狽したガンガーダラはさきほどの余裕を失っていた。
「ここは、引いてやろう。だが、忘れるな。魔王様は復活する。貴様ら人間の時代は終わるのだ」
ガンガーダラが、うっすらと透きとおり消えた。
魔力も消えたことから、どこかに移動したのだろう。
息をついたカインは、あたりを見渡した。
闘技場は、二つの割れ目で三分され。
逃げ遅れた人々の亡骸が転がっている。
シュラは無事、サラマンドは左腕が動かない、ギルノースは魔力のコントロールで疲労困憊、モンスは倒れたまま動かない。
いつの間にか、空は夕暮れ。
「奴は、行ったのか」
闘技場にめり込んだままのベスパーラが呟く。
「とりあえずは、な」
「あれが、黒騎士の言っていた魔王のミニオン、か」
「奴を知っているのか?」
意外なところで聞いた名前に、カインは驚く。
驚くだけの元気があったことにも。
「奴のせいで、私は人生が変わった」
「そうか」
そのあとは、ギルノースの命令で国軍が夜を徹して救助活動に当たった。
王族についていた高級武官が軒並み倒れ、千人将のギルノースが臨時に指揮権を預けられる形になったためだ。
「死者は数百人で効かないかもしれません。千の大台にのるかも」
夜更けだが、かがり火がたかれ辺りは明るい。
ベスパーラも名前だけとはいえ、伯爵ーー貴族の地位にあるということで救助活動の本部に詰めていた。
ギルノースの顔には疲労。
「生存者の救助は?」
「ほぼ完了しました」
「ということは、女王は」
「今のところ、見つかってません」
「そうか」
ガンガーダラの水柱に巻き込まれたリルレリア女王は行方不明のまま、おそらくは亡くなっている。
そして、リリレア女王補佐も重傷を負い寝込んでいる。
王族として陣頭指揮をとっているのはレリア女王補佐だった。
そのレリアが本部にやって来たのは、夜明け近くだ。
涙か、汗か、メイクの崩れた顔はそれでも美しいものだったが表情は暗い。
「ダノン伯爵、ギルノース、あなたがただけ来ていただけますか」
二人だけを連れて、レリアは王宮の謁見の間へ向かった。
玉座の前に立ち止まり、迷っている。
やがて、決意したのか玉座に登り座る。
「私が、モーレリアの女王となります」
それは、自分の意思で王位を継承するということ。
誰かの代わりに王冠を得るのではなく。
三姉妹の一人だった少女は、女王になる決意をしたのだ。
ベスパーラが膝をつき、ギルノースもそれに倣った。
彼女を主君として、認めた。
「では、ギルノース・ブラン。あなたをモーレリア国軍将軍に任命します。国軍を掌握し、モーレリアの治安を維持しなさい」
「はは。不肖ギルノース・ブラン。将軍位を拝命し、モーレリアの治安維持につとめます」
「ベスパーラ・ランスロー。あなたにガンガーダラ討伐の任務を授けます。必ず、ガンガーダラを倒しなさい」
その声は震えていなかったが、内心はどうか。
四六時中、そばにいた少年のことを殺せ、と命じる気持ちは。
兄を殺したベスパーラより、さらに苦しんでいるのかもしれない。
「はは。ベスパーラ・ランスロー。任務を受け、必ずガンガーダラを討伐いたします」
「よろしい。では、それぞれの仕事に取りかかるのです。私は、少し休ませていただきます」
レリアが去るのを待って、ベスパーラとギルノースは立ち上がった。
「姫様、いや女王陛下は大丈夫だろうか」
ギルノースの心配の声に、ベスパーラは何も言わなかった。
自分の信頼していた部下の豹変。
姉が殺され、傷つけられ、それでも大丈夫なわけはない。
ギルノースもわかっている。
ただ、口に出さずにはいられなかっただけだろう。
それが、彼の優しさに由来するのかまではベスパーラにはわからない。
それよりも、ガンガーダラを、レルランを実際に倒す身になってみれば、どんなに困難かを痛感する。
あれに勝てるか?
勝たねばならない。
それが、そもそもの目標なのだから。
モーレリアの夜が明けようとしている。
あるものは涙に枕を濡らし。
あるものは与えられた地位におののき。
あるものは目の前の困難に震えている。
それでも、朝は来る。
どんな長い夜にも。