大武術会編06
モーレリア王宮の特設闘技場は、興奮の坩堝だった。
モーレリア、コレセントともに一勝一敗。
次の大将戦で勝敗がつく、ということで立ち見も満席、というよりは満載になっている。
モーレリアント市民全員がここにいるのではないか、と思うほどの人だった。
ざわめきが止まない会場を、突如銅鑼のような大音声が覆った。
耳を押さえ、静かになった観客席を見上げるのは大武術会審判長である“大戦士”アレス・ゾーン。
彼は口を開けた。
「これより、大武術会第三試合を執り行う。モーレリア代表、ダノン伯爵またの名を“湖の騎士”ベスパーラ・ランスロー」
長く伸びた髪を後ろでまとめ、颯爽とベスパーラは闘技場へ歩み出た。
銀のレイピアを持っている。
つまり、本気でやるということだ。
「コレセント代表、序列第二位“撃墜王”カイン・カウンターフレイム」
カインもゆっくりと闘技場へ進む。
今にも弾けそうな力の疼きを感じながら。
アレスの前に二人は向かい合う。
お互いに相手を見る。
それぞれ、どんな感想を抱いたか。
余人にはうかがい知れなかった。
「準備はいいな?」
アレスに、二人は頷く。
「試合開始」
両者同時に動く。
カインは全身の関節を駆動させた上での、“震天”。
もちろん、本物には遠く及ばないが速度はシュラの八割に追い付く。
ベスパーラはウォータースリップ、蒼流脚、青滝閃の基本コンボ。
ウォータースリップで遅くなった震天モドキに、蒼流脚で移動していたベスパーラが引っ掛かり、キャンセル効果が無効になり青滝閃が不発。
だが、ベスパーラは中範囲攻撃の斬流剣をその時すでに放っている。
拘束効果を持つアカンパニーウォーターを付加している。
その水の流れに警戒したカインは、水の刃を全て撃ち落とす。
いつの間に発動したか、カインの剣は炎に包まれた魔剣となっておりベスパーラの水を蒸発させていた。
「相性が悪い」
と、ベスパーラが呟く。
「水使いか、やりにくいな」
と、カインが呟く。
緒戦は、手数ではベスパーラ、対応ではカインが優勢のようだ。
ともに態勢を取り直して、再度向かい合う。
ベスパーラはレイピアを正眼に構える。
カインは上段に構える。
魔法と飛燕流を会得してから、ベスパーラは日々の鍛練を欠かしていない。
スズメビーとの戦いで編み出した必殺剣“アロンダイト”だったが、準備に時間がかかるため最後の手段になっている。
が、天才ベスパーラはさらに魔法と飛燕流の組み合わせを洗練させて簡易版アロンダイトともいうべき技を作り上げていた。
イメージをする。
あの青く静かな湖、そこから流れ出る水。
あふれでる水の魔力を直接、体に流し込み強化する。
これは飛燕流の技の応用だ。
飛燕流青滝閃と技名をトリガーにして、腕と剣に魔力が自動的に注がれる。
それを“アロンダイト”をトリガーにして、全身に魔力を注ぐ、という形にしたのだ。
全身の強化を終え、あとは推進力にするための背後への魔力集中。
この魔力抽出、全身強化、推進力設置の一連の流れを完了するのにわずか二秒。
短めの魔法の呪文を詠唱する程度のスピードだ。
おそらく、この“アロンダイト”は汎用的に使える魔法にはならないだろう、とベスパーラは考えている。
魔法文明の発展という観点から見れば、全ての魔法は全ての人が安全に使えるべきだ、と思う。
だが、行程のほとんどを個人の才能で組み上げたこの“アロンダイト”は余人には使えない。
だからこそ、今この戦いにおいては必殺となりえるのだ。
その二秒の間に、カインはとてつもない魔力の流れを感じ対応策を練っていた。
魔力の大きさからすると、無限魔力級だがそうそうあれを使える人間がいるとは思えない。
爆発的威力はあるだろうが、それが持続するわけではないだろう。
ならば、その一瞬を凌ぐ。
構えた剣にありったけの魔力を注ぐ。
その内側に、魂の魔剣を展開。
鋼の剣、魂の魔剣、炎の魔剣の三重構造だ。
タイミングを見計らって、瞬間強化。
ベスパーラの来る瞬間に合わせる。
ベスパーラも、カインの構えた剣の異変に気付いていた。
だが、押しきれると判断。
背後の推進力を全解放、前方に押し出される。
カインもそのタイミングで、瞬間脚力強化。
飛び出す。
注がれた魔力によって2メルトほどに伸びた刀身を一気に降り下ろす。
その時、自然に魔法の名前が口をつく。
「“剣”の第十二階位“レーヴァテイン”」
古代ルーン語において、炎の杖を意味するこの言葉は、実際は世界を焼く炎の剣の名前だ。
突きだされた“アロンダイト”と降り下ろされた“レーヴァテイン”が激突。
闘技場中央で、蒸気を吹き出しながら拮抗する。
頭痛は最早、耐えがたいほどに増していた。
耐えきれず後ろに倒れたのが、闘技場の激突の余波で皆のけぞったのに紛れたのは良かったのか、悪かったのか。
床に倒れたレルランは、頭痛の奥で呼ぶ声を聞いた。
「目覚めの時だ」
と。
だが、訳のわからない言葉に委ねるほど柔な精神はしていない。
しかし、声は続ける。
「あの方の目覚めは近い。私も目覚める時だ」
魂の深淵の声に、レルランの精神、心は塗りつぶされようとしている。
かすかに、イヤだ、とかすれた声で呟くだけだ。
「さあ、我が名を呼べ。古に与えられた栄光の名を。偉大なる魔王様に授けられたその名を」
わずかに残されたレルランだった部分が、消える。
レルランの姿をしたそれは、己の名を呼ぶ。
「我こそは“大河を支える者”」
ゆっくりと立ち上がり、蒸気で煙る闘技場へ歩き出す。
いや、歩いていることは歩いているが、その足は空を踏んでいる。
よく、見れば足の下に薄い水の膜が張られているが多分誰にもわからないだろう。
何しろ、闘技場には二人の激突の蒸気で覆われているのだから。
蒸気の中を歩きながら、レルラン、だった者は笑っていた。
精神を、心を、魂を、乗っ取るための頭痛はすでに無くなり、爽快な“彼”の魂だけが飛翔している。
「私は、“ガンガーダラ”。大河を支える者」
うっとうしくなったのか、彼、ガンガーダラは蒸気を払った。
蒸気の晴れた闘技場の上に立つガンガーダラを見て、観客は興奮ゆえにざわめく。
眼下の全てを見下ろしながら、彼は笑う。
「愚かなる人々よ。我はガンガーダラ。偉大なる魔王様の忠実な下僕。今よりこの地は、魔王様の物である。全ての人間は、魔王様に頭を垂れるがよい」
なんだアイツ?おかしいんじゃない?空を飛んでる?魔法使いだろ?
そんなざわめきに苛立ったのか、ガンガーダラは手を振った。
そこから、巨大な水柱が発生し観客席の三割が消し飛ぶ。
そこで、観客は目の前の男が安全じゃないことに気付いた。
パニックが起こるのは自明の理だ。
次々に出口に殺到する人々は、押し合いへし合い逃げるが狭い出口は満杯だった。
逃げる人々を見ながら、ガンガーダラはさも可笑しそうに笑い続ける。
魔王のミニオンが、本格的に姿を現した。
それは、そういう風に歴史に刻まれるだろう。