大武術会編05
頭痛はますます酷くなっていた。
それでも、レリアの後ろで護衛できているのはレルランの精神力の強さがあるからだが、このまま痛みが続けば不味いことになるかもしれない。
頭痛の原因に心当たりはない。
おそらくは、ここ数ヶ月の無理がたたったのだろう。
レルラン自ら、マンティコア商会の本部に乗り込むほどの。
思えば、頭痛はあのときあたりからだったような気もする。
大武術会が終わったら休暇をとろう、とレルランは決意した。
それが、叶えられることはなかったが。
控室に戻ってきたシュラを、カインとモンスが待っていた。
「勝ったでござる」
「色々と課題の多い勝利だがな」
カインの言葉に、シュラはグッと呻く。
「そんなに酷い試合だったんですか、アニキ?」
試合を見ていないモンスが、ニヤニヤと笑いながら尋ねる。
「ああ。手加減したあげく、向こうに本気を出されズタボロにされ、奥の手を出してようやく勝てた。しかも、奥の手が俺たちと同じ瞬間強化だっつうのが、なんというか」
「それはヒドイッスねぇ」
「ま、待つでござる。確かに手加減はしたでござる、ござるがそれは相手の力量に合わせた結果であって」
「初手から一撃必殺を狙う相手にも、そうするのか?」
カインの問いにシュラは黙る。
「油断だよ、それは。お前が一番分かっていると思うがな」
「面目ないでござる」
うなだれたシュラを、カインは初めて見た。
それはモンスも同じだろうし、あるいはコレセントの闘士全てが見たことのないものだろう。
さすがにいじめすぎたか、とカインは話題を変えることにした。
「ところで、あの魔法はなんだ?」
シュラの使った“槍”魔法。
カインを始め、大陸の魔法使いが見たことのない魔法。
「あれは、ハヤアカツキの呪文でござる」
「ハヤアカツキ?聞いたことのない神様だな」
「ハヤアカツキとは夜明け前のことでござる。ヤクシ族の武の神で、十二の腕に十二の武器を持つ。ヤクシ族の象徴でござる」
カインの脳裏には、数多の武器を振るう鬼神の姿が想像されていた。
少し震える。
「それが、魔法の枠組みなのか。杖符剣杯の四神の他にもそんな神様がいるんだな」
「枠組みの神は四柱だけじゃよ」
控室に入ってきたのは、アレスだった。
「アレス、あんたなんで?」
「まずは、シュラ。瞬間強化の魔法、見事であった。それに至る経緯は、まあカインの言う通り油断であったかもしれぬ。だが、お主は魔法という新しき力に開眼した。今はそれを練り上げるのみぞ」
「は、しかと」
「そしてな、カイン。ハヤアカツキという神はヤクシ族の言葉で夜明け前だが、これは“早い”“暁”という二つの単語からなる。それを古代語で言えば“アーリードーン”となる」
「剣の神アーリードーン?」
「左様。両者は同じ神。おそらくはヤクシ族のハヤアカツキの十二の腕に十二の武器を持つ姿が本来の姿なのだろう。つまり、“槍”魔法というのは“剣”魔法と同じものだったのだ!」
「な、なんだってー!!」
そこまでは驚かなかったが、まあ神様にも色々あるもんだとはカインは感じた。
「それでじゃがな。カイン、お主に施した魔法。そろそろ解除しようと思ってな」
「は?」
「わしの見たところ、ベスパーラとかいう奴、相当の使い手じゃ。お主も全力で闘いたいじゃろ?」
「それはそうだが。あんたにかけられた魔法って?」
「最初に“弱体化”の魔法をかけたじゃろが」
「あれは、自然に解けたんじゃないのか?」
「このわしがかけた魔法が自然に解けるか!今見ても、“弱体化”は確かにかかっておる」
「よく、わからないが」
最初にかけられたときのような倦怠感も、脱力感もない。
本当に弱体化されているのか、とカインは本気で疑っていた。
「つまりな。“弱体化”したお主は、その弱体化した以上の実力を身に付けた、ということじゃ。驚くべき成長速度での」
アレスの目に浮かんでいたのは、感嘆だった。
弟子が成長した姿に喜ぶ、師の姿だ。
実際、アレスがかけた魔法はカインの全ステータスを七割減させる永続魔法だ。
それは、成長しても増加分も含めて七割減らす。
もとのカインの総合ステータスを仮に100とすると、“弱体化”で七割減、30になっていた。
それを、修行によって元の力に戻った錯覚するほど鍛えたとしたら、七割減らして100、魔法を解除すれば約333。
ゆうに三倍以上の実力を身に付けていたことになる。
アレスは軽く呪文を唱え、カインにかけられた“弱体化”を解除した。
カインの見た目には変化はない。
だが、その内面では凄まじい変化が起こっていた。
筋力、持久力、反射神経、魔法制御力。
ありとあらゆる能力が三倍以上になっていた。
「力が、湧き出てくる」
「それが、お主の修行の成果じゃ。わしは審判席で見てるゆえ、存分に発揮するがよい」
アレスに見送られ、カインは己の試合へと、足を進めた。
モーレリア側の控室では、ギルノースが目を覚ましたところだった。
「……ここは?」
「いよお、目が覚めたようだな」
寝台まで運ばれ、安静にされていたギルノースに、サラマンドが声をかける。
そこで、ギルノースは自分が負けたことを思い出したようだ。
「負けた。この私が。ヤクシ族に」
「そのへんにしときな」
「お前に何がわかる?私は負けられなかった。負けてはいけなかったのだ」
モーレリア女王リルレリアからの期待。
その側近たちからの有形無形のプレッシャー。
派閥争いの代理戦。
コレセントだけではなく、ギルノースはモーレリア代表内でも戦っていたようなものだ。
「くだらねえな」
「くだらない、だと!?」
サラマンドの言葉に、激昂しすぎて言葉を失う。
「派閥争いなんてな、このたいしてでかくもない国でやることじゃねえんだわ」
「おのれ」
「まあ聞けよ。うちの代行、ギルドマスター、ダノン伯爵様がよ、何をやりたいか、お前知ってるか?」
「知るわけがない。モーレリア王国の実権でも握りたいんじゃないのか」
「それはやりそうだな、確かに」
サラマンドは頷く。
「それは通過点に過ぎません」
二人に呆れたような声を出したのは、話題になっていたベスパーラだ。
「聞いてたのかよ。性格わりぃな」
「ギルノース。君の実力は把握しました。とても、素晴らしい。おそらくは四月あたりに創設される騎士団に推薦されることでしょう」
「俺は聞いてないぞ、その話」
「今、考えましたから」
「あ、そう」
呆れるサラマンドを横目に、ベスパーラはギルノースへ話を続ける。
「私が、その騎士団の団長にあなたを推薦しましょう」
「人事権を握っていると言いたいのか?」
「いえ、私はただあなたを手駒にしたいだけです」
ギルノースは目の前の男が、ただの人物でないことを突然、理解した。
商人ギルドのマスターや、ダノン伯爵などというのはこの人物を表す一面に過ぎない、と。
「あなたは、何をしたいのですか?」
「商人ギルドを世界的規模の組織にすること、ですかね」
モーレリア王国は通過点。
という言葉の意味をギルノースははっきり悟った。
ウルファ大陸の統一すら夢物語の現在で、世界を相手にしようとするベスパーラの前では、女王派がどうとか、女王補佐派の動きなどとは確かにくだらないことに思えた。
「少し時間をください。私がモーレリア王国で何ができるか、今一度考えてみたいのです」
最初の横柄な、あるいは高慢なところは無くなっていた。
これが、ギルノースという青年の本当の姿なのだろう。
「わかりました。騎士団の創設は行います。あなたが望めば団長も確約しましょう。まあ、次の試合私が負ければどうなるかわかりませんが」
負けるつもりはない、と言外に匂わせてベスパーラは試合へ、向かった。