砂の王国10
溢れでた闇は、たちまち洞窟を埋め尽くした。
闇に捕らわれた俺たちは、まるで濁流に流されるようにバラバラになる。
おそらくは、何らかの条件を満たしたために転移が発動したのだろう。
あるいは何者かが人為的に。
流される最中、何かにつかまろうと伸ばした手が暖かいものに触れた。
向こうも俺に気づいたように手を伸ばしてくる。
しっかりと手を繋ぎ、濁流の中を引き寄せる。
「カイン」
ルーナだった。
アベルとカリバーンは、離れてしまったようだ。
「どこに連れていかれるのでしょうね」
「さあな。だが。ろくでもない場所なのは確かだ」
黒い奔流は、視界を完全に奪い体も自由に動かすことができない。
ただ、つないだルーナの手だけが存在していること、それだけは信じられる。
長い時間がたったような気もするし、ほんの一瞬だった気もする。
いつの間にか俺たち二人は暗い、だがそれでもうっすらとあたりが見える部屋の中にいた。
灯ったロウソクがたった一つの光源だった。
その薄い光に照らされて、古い木のテーブル、同じ材質の椅子、その椅子に座す男。
男は、灰色だった。
肩まで伸ばした髪、まとったローブ、手にした杖。
その雰囲気まで全て、灰色だった。
「やはりあなたが黒幕だったのですね」
冷たい声でルーナが灰色に言う。
灰色の男は、こちらを向く。
向きはしたが、その顔に笑みを浮かべたまま口を開かない。
「なんとかいったらどうです?」
冷たい口調だったが、激昂する寸前だとわかった。
灰色の男も感付いていて、煽っているようだ。
「落ち着けルーナ。あいつは誰だ?」
「フェルアリード・アメンティス。ラーナイルの王国付き魔法使い、です」
灰色の男フェルアリードは、薄く笑う。
ラーナイル王国の公認魔法使いが、黒幕か。
なぜ、こんなことをしたのか。
ぜひ、聞きたいところだ。
「やはり、来たのは君たちだった」
年相応の高くも低くもない声。
さっきの転移の直前に響いた声と一緒だ。
俺たちのことを知っている?
「カイン・カドモン。プロヴィデンスの冒険者。大賢者の愛弟子」
「!」
俺の本姓を知っていやがる。
「冒険者ギルドにはカウンターフレイムと登録してあるはずだがな」
俺の視線に、薄く笑うだけでフェルアリードは応える。
こちらの情報が握られていて、相手のことを知らないのは嫌な気分だ。
「クード村の全焼、そして炎の王」
俺の中の、何かが暴れだす。
左目に熱。
燃え上がりそうだ。
「落ち着いてカイン。相手の挑発にのらないで」
ルーナの声にひとまず落ち着きを取り戻す。
危ない。
案外、簡単にブチキレるもんだな。
「その男は心配いりませんよ。炎の中に冷静さがある。心配なのはあなたです」
フェルアリードは一旦言葉をきる。
「ねえ?ルーナ・テリエンラッド」
「……」
ルーナも奴に情報を握られているのか?
ん?
ルーナ・テリエンラッド?
テリエンラッドって確か、ラーナイルの王族の姓だったような?
「え?ルーナってお姫様?」
フェルアリードの顔に貼りついた笑みが少し深くなる。
「そうですよ。当代の王オシリス・テリエンラッドの娘。第二位王位継承権を持つラーナイルの王女でございます」
「それは関係ないことです」
確かに、この状況でルーナの出自がどうであろうと関係ないのだ。
「中原の修道院に入り、祈りある生活をおくっているはずの姫君がなぜこんな関係ない状況に首を突っ込んでいるのか。是非教えてほしいものです」
「あなたの噂を聞きました。王国付きの魔法使いが王国に混乱をもたらしている、と」
「それは誤解ですよ。王のため、国のため、日々身命をすり減らして働いているのです」
話が、通じない。
わけではないがルーナの言葉をはぐらかす、ただそれだけの会話だった。
だから、俺が状況を打開しようと口を開かざるを得なかった。
「あの、巨大ワーウルフはなんだったんだ?」
「あれは、ラーナイル王国の領内で殺されたサバクオオカミの怨念の結晶。それに相応しい形と力を与えただけで、ああも素晴らしいとは。製作者冥利につきますね」
「怨念っていったって、殺させたのはお前だろ?」
「殺したのはあなたがたですよ?」
嫌な切り替えしかたをされた。
「とことん性格が悪いな」
「残念ながら、性分なもので」
薄く笑うフェルアリードに、俺たちの苛立ちが募っていく。
その気配を察したか、フェルアリードが口を開く。
「まあ、いいでしょう。この一連の悪ふざけの種明かしをいたしましょうか」




