第8章 とにかく頑張ってます!!
「もう勘弁してぇ――」とシエル。
「情けないです、シエルさん」とロウ。
『ピュグマリオン』3体――アンジェ、ミューズ、ロウが覚醒して1ヶ月。
ミューズを中心とした「シエル改造(性格)計画」は――多少進んでいた。
一番の目的はシエルの「高所恐怖症」を治すこと。
そのことに重点を置いた訓練が進められていた。
シエルの能力『視野拡張』は、シエルの『神杯』を取り込んだ、彼――シエルの分身とも言えるアンジェたちも共有出来る。
そのために、飛行能力があるアンジェが空を舞い、シエルがその能力を使ってアンジェの視点で見る。という実験を兼ねた訓練でもあった。
それは成功しているのだが、成功しすぎて、シエルの「高所恐怖症」は余計悪化した様子にも――見えた。
カトリーヌとしては大好きな兄シエルは嫌がることはしたくないのだが、これは克服しなければいけない課題でもあるので、涙を飲んで見守ることを決めていた。
だが成果も上がっている。
シエルの能力や『ピュグマリオン』3体の隠された能力も次々にわかってきている。
彼らの活躍のおかげで、『アンフェール』の『ブルゾス』たちの浄化も着実に行われていた。
◆◆◆
ビルケは何度目かのため息をついた。
『リュケイオン』の学長、パルミ・ダヴィットから出された提案が、ビルケを悩ませていた。
「シエルを…『アカデメイア』の『綺晶専学師』として留学させる…という追い出しか」
ダヴィットしても苦肉の決断なのだろうが――あまりに無責任すぎる。
『リュケイオン』のために、『ピュグマリオン』を覚醒させたのに、今度は力がありすぎるから出て行けとは――ビルケとしては納得出来るわけがない。が、今の『リュケイオン』では、シエルを護れるだけの設備も人員もない。
どうしたものなのか。
ビルケの苦悩は続いていた。
「ぎゃぁ―――っ!!」
今日も研究室でシエルの絶叫が響き渡る。
ジーウは呆れた様子でそれを眺めていた。
「よくもまぁ…飽きないねぇ」
1ヶ月もやれば、普通飽きるか、投げ出すか、慣れるか――いずれかに行き着くだろうに。飽きもせず、毎日、毎日ぎゃーぎゃーと。
ジーウの研究の邪魔にならない時間など、選んで行うのだが、つくづくシエルはヘタレの上にマゾだと――ジーウは感じていた。
「ぜぇー、ぜぇー……お、終わったぁ……」
「お疲れ様でした、シエルさん。明日も頑張りましょうっ!!」
アンジェの応援が、シエルには死神の囁きに聞こえる。
「お疲れ様、お兄ちゃん……」
心配そうなカトリーヌに、シエルはなんとか笑みを見せる。
「う…うん。だ、大丈夫だよ」
今にも死にそうだが、最初のときは、全く声も出せないほど怯えきっていた兄が、今はこうして強がることが出来るだけでも大きな進歩なのかもしれない。
研究室のソファでぐったりとしているシエルの姿に、カトリーヌはその成長を感じ取っていた。
「ビルケ専師(「綺晶専学師」の略称)。どうされました?」
この1ヶ月で成長したのはシエルだけではない。
『ピュグマリオン』たちも、3000年後の世界の色々を学び、この世界に馴染み始めていた。
研究室のビルケ専用の部屋で悩んでいたビルケに、ミューズが紅茶を淹れて運んできていた。
「あぁ、すまないね。ちょっと考え事をね」
「シエルさんのことですか?」
『ピュグマリオン』の中で1番経験も豊富で、3体のリーダー格のミューズは、このような人の変化にとても敏感で、的確に見抜いてくる。
今の彼女はこの世界の情勢もほとんど理解しているので、ビルケの置かれている立場もわかっている部分がある。
これが「人形」だとは到底思えない――彼女を作ったロードがすごいのか、生み出したこの世界を創造したという女神『ガイア』がすごいのか。ビルケには判断がつかない。
「まぁね。彼が強すぎるのでね。この『リュケイオン』で持て余している…という感じかな。これほど彼はこの『リュケイオン』のために頑張ってくれているのにね」
ビルケの顔には暗さが増した。
「専師。シエルさんはこの『リュケイオン』には不要ということなのですか?」
「いいや、逆。必要なんだよ。でも…今ちょっと色々まずいことが世界のあちこちで起こっていてね。『リュケイオン』はそれに巻き込まれたくないだけなんだ」
「無責任…ですね」
「そうだね…一度彼のありがたみを分からせればいいんだけどね。そう簡単には」
「ならば…ひとつ考えがあるのですが……」
驚くビルケに、ミューズが――そう言い出した。