第6章 無敵の能力!?
「…よかった…カトリーヌ」
一部始終を視てたシエルは安心したように――すとんとその場に座り込んでしまった。
「シエルさん…?!」
ミューズが慌てシエルの肩に自分の手を置いた。
「あ……はははは。腰…抜けた」
まるで錆付いた機械人形のように、シエルの動きが覚束ない。
「ロウ。確かシエルの能力って『視野拡張』だっけ?」
「はい。視たいと願った景色を360度の視野から視る事が出来るんです」
「今…上から視てた的なこと言ってなかった?」
「はい…言いました」
「ははは。じゃぁ、そうなるよ。こいつ筋金入りの高所恐怖症なんだ。
この『リュケイオン』――説明したけど、宙に浮いた『ライザ』の街にいるのだって、外が完全に見えない状態じゃない建物の中じゃないと無理だし。
窓には絶対近づかないから。
だからこいつ皆からヘタレとかビビリとか言われちゃうんだよね……あ」
ドサクサに紛れて、ジーウはシエルのことを散々言ったあと、急に何かを思い出したように、腰を抜かしたシエルの元に走り寄った。
「シエル、シエルっ!!」
「な…なんだよ。今動けないんだから」
「ちっ…情けねぇなぁ。じゃないっ。ちょっと耳かせっ!!」
「なっ、なんだよっ!!」
ミューズとロウがきょとんとして見つめる中、ジーウが何かシエルに耳打ちしていた。
「はっ…はぁぁぁっ!?馬鹿言ってんじゃないよっ!!やるわけないだろうがっ!!」
「いいじゃんっ!!なっ。お前のその能力も色々調べないといけないだろうっ!?なっ!!」
「やらないっ!!」
叫んでいるシエルの状況から、良からぬことだろうと推測したミューズがシエルに話しかけた。
「どうされたのですか。シエルさん?」
「ジーウの馬鹿がっ…」
「言うなっ!!バレるっ!!」
「バレるとは…どういうことなのでしょう?」
ロウまでシエルに歩み寄ってきた。
「絶対言うな、馬鹿っ!!」
「馬鹿はどっちだっ!!僕の能力で覗きをしようと考えてたっ…」
ジーウは必死になって、シエルの口から鼻まで押さえ込んでいる。
「し…死ぬっ!!」
シエルは呻いたとき、ロウがジーウの体をひょいと持ち上げ、驚いているジーウを数メートル離れた床に置いた。
「大丈夫ですか?ジーウさん。シエルさんのお友だちであろうと、危害を加えるとわかれば、私たちが容赦しませんよ」
「……はい、ごめんなさい」
少女に体ごと持ち上げられたジーウは、素直に逆らわないよう謝った。
「確かにシエルさんの能力ならば、千里眼のような透視ではないにしろ、臨んだ場所の景色を視ることが出来ますので、ある程度の条件が揃えば可能ですね。
例えば妹のカトリーヌさんとのように、関係の深い方とかは、建物のような遮断された場所でも関係なく視ることが出来るでしょうし……」
「シエルぅっ!!その能力を俺にくれっ!!」
「絶対にやらんっ!!」
懇願するジーウに、シエルは力強く拒絶した。
「でも高所恐怖症というのは……ちょっと問題がありますね」
「……えっ…そうなの?」
そう聞いて。ちょっと――シエルの表情が強張った。
「はい。先ほどのような俯瞰の景色に対応しなければなりませんし……」
「でもミューズ。さっきはシエルさん大丈夫だったよ?」
説明を施すミューズに、ロウが問うた。
「大事な妹さんが危険だとわかっていたから必死だったのかもしれないわ。
人は『火事場のクソ力』というものがあるというから…」
「『馬鹿力』ね……」
こんな可愛い顔して「クソ」はないだろう。シエルは悲しくなってしまった。
もっと悲しいのは今の自分の状況なのだが――。
「お兄ちゃんっ!!」
そのとき。カトリーヌがアンジェに支えられて保管庫にやってきた。
「…カトリーヌっ!!」
感動の再会なのだが、いかんせん、抜けた腰のために立ち上がることが出来無い。
「大丈夫、お兄ちゃんっ!?」
カトリーヌの方がどう見ても服も汚れ、手足に傷もあり、大変な状態なのに、逆に気遣ってもらうとは――。
「だ、大丈夫だよ。ちょっと…腰がね…抜けちゃって…」
「相変わらず…様になりませんよね」
開いた扉に寄りかかりながら立っていたアントンがぼそりと呟いた。