第5章 天使、降臨?
滑空するアンジェは、少しも怯んだ様子は見えない。
そして一度空中で身を屈め、すぐに四肢に力を込めて全身をぐんっと伸ばした。
背中の肩甲骨あたりに2つの薄紅色の玉が現れる。
そこから純白の翼が輝きと共に出現した。
その翼はすぐにその機能を発揮し、アンジェの体を宙へと飛翔させる。
その姿は伝説に謳われる天使そのもの。
それをアンジェ自身が知っているかどうかはわからない。が。
アンジェは地上目掛けて更なる滑空を開始した。
◇◇◇
カトリーヌとアントンを護っていた岩石の壁が脆くも崩れた。
すでにそれを作り直す力はカトリーヌにはない。
もう駄目なのか――。アントンの視線が宙を仰いだそのとき。
「おっまたせしましたぁっ!!」
純白の翼を携えて――1人の少女天使?が舞い降りた。
「……はい?」
ただ呆然とカトリーヌとアントンは満面の笑みを称えた少女を見つめる他――なかった。
「さて。では、シエルさんのご要望通り。カトリーヌさんを苛めるあなたたちを倒しますっ!!」
笑顔から表情は一変。
『ブルゾス』を見据える少女は、形の良い眉尻を上げ、怪物たちを睨みつけた。
「……誰?」
「あっ、すみません。『ミュトス』に気をとられてて。
私はアンジェといいます。ついさっき、シエルさんに起こしてもらいました。
そうですね。私の好きなものは……」
訊いてない、訊いてないっ!!すぐ後ろに『ブルゾス』来てるっ!!
カトリーヌがそう叫ぼうとしたとき。
アンジェは振り向きざま左腕を真横に一振りした。
そのまま体を分断された『ブルゾス』は、砂のように崩れ落ちた。
「人…いえ。私は『ピュグマリオン』ですが、その私が自己紹介をしているときに、無粋な方々ですねっ」
場所を選ぼうよ。今は流暢に自己紹介聞いている暇ないと思うし。
怒る理由がずれている気がしたが、アンジェと名乗った少女の存在は、今のカトリーヌとアントンからしたら救いの主だ。
「彼女は『ピュグマリオン』と名乗った。もしかするとシエルさんの実験…」
アントンがそこまで言いかけると、すぐ笑顔のアンジェがくるっと2人に振り向いた。
「そうなんですっ。シエルさんが……」
「わかったわ、アンジェ。あなたの自己紹介はこの連中を倒した後、ゆっくり訊かせて」
「はい、了解ですっ。ちょっと待っててくださいね。すぐ終わりますからっ」
どこまでも暢気な『ピュグマリオン』だ。
『ブルゾス』より、自己紹介の方が大事らしい――。
カトリーヌはそう呆れながら考えたが、兄のシエルが自分の危機を察して、早々に『ピュグマリオン』の起動実験を行ったのだろうか?
突然アンジェの体が炎に包まれる。
そしてそのアンジェを中心に放射状に油を伝わる炎のごとく火は地を走ると、それは正確に『ブルゾス』に燃え広がっていく。
驚愕するカトリーヌとアントンには危害が及ばぬよう、目には見えないフィールドが張られいるようで、炎は2人を避け、熱さも伝わらないようになっていた。
「……あっという間かよ」
あれほど苦労したと言うのに。
アンジェが来た途端、全ての『ブルゾス』は炎に包まれ燃え落ちていた。
「お疲れ様ですぅ」
かっ…軽い。軽すぎる。
何事もなかったかのように、アンジェはカトリーヌとアントンに振り返った。
「今気が付いたんですけど、おふたりともお疲れですから、まずはここから出ましょう。
疲れが取れたら、私たちの自己紹介をさせてください」
突然気が利くようになったな。カトリーヌとアントンがアンジェをそう考えて見ていたとき。
「えっと…私、あの上から来たんですけど……おふたり抱えて空を飛ぶのは初めてなので危ないですから……この地上から出るにはどうすればいいんでしょう?」
2人が一気に脱力しそうになる。
しかし苦笑いのアンジェは真剣に困っているようだ。
「教えるわ。ついて来て」
アンジェが切り開いた道は、『アンフィール』の外へ通じる『門』へと続いている。
もう出ることは叶わないと考えもしたのに。
カトリーヌはそう思うと、今生きていることが信じられないと考えると同時に、アンジェへの深い感謝が生まれた。
ちょっと頼りにしていいのか悪いのか、間抜けな『ピュグマリオン』だが、自分たちを助けにここまで来てくれた。
どうしてこの娘を無碍に扱うことが出来ようか。
カトリーヌは僅かに残った力で立ち上がると、アンジェの前を歩き出した。
「大丈夫ですか、カトリーヌさん?」
「大丈夫よ。アントンも行きましょう」
「あ…あぁ。そうだね」
まだ信じられない様子のアントンだが、カトリーヌとアンジェの後に続いて歩き始めた。