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第4章  3人の天使

「キリがなーいっ!!」

 カトリーヌが叫んだ。

 『アンフィール』に入り込んですでに3刻(3時間)。

 どういうわけか、この日の『ブルゾス』は倒しても倒しても次から次と湧いて出た。

「…参ったな…。このままじゃ、俺たちも外に出られない」

 カトリーヌと同じ『第3級 (トゥリトス)』の能力を持つアントンが、『アンフィール』と包むドーム上の結界への出入り口からかなり遠のいていることを指摘した。

 カトリーヌとアントンの体力は、既に底を尽いている。

 カトリーヌの能力である地属性の『フルリオ(砦)』の能力で、2人の身は辛うじて取り囲む『ブルゾス』から護られているが、このままでは2人とも、『ブルゾス』に取り込まれてしまうのを待つしかない。

「……お兄ちゃん……」

 兄シエルとお揃いである、カトリーヌの『神杯ネクトル』となった、勾玉の形をした水晶のペンダントを無意識に握り締め、カトリーヌはシエルへ思いを馳せた。

 


◇◇◇



 シエルは2つの『神杯(ネクトル)』を持っている。

 1つは幼い頃、母親が東の大国、レユアン王国に旅行へ行ってきたときのお土産として買ってきた、妹カトリーヌとお揃いの勾玉の形をした水晶のペンダント。これはシエルがスモーキークォーツ(煙水晶)という茶色の水晶で、カトリーヌが普通の透明な水晶だった。シエルもカトリーヌもこのペンダントの水晶が、自分たちの『神杯』となり『アトスポロス』として目覚めることになった。

 そしてもうひとつが、1年前、シエルが『リュケイオン』と同じ『綺晶魔導師養成学宮』がある――その最大の面積と規模を誇る『アカデメイア』に、ビルケのお供として付いて行ったときに、『アカデメイア』のある、ピサ島の街の露天の店で購入したものだった。

なんでも東の果てにある神秘の国『カイ国産』の水晶なのだとか――。

 本気にはしていないが、面白いので買った。

 それがシエルのもうひとつの『神杯』となった。



「な…なんだ?」

 空中に浮かぶ『リュケイオン』は、ときに地震のような大きな揺れを起こす。

 それは150年前から序々に失われている浮力と何か関係があるとされているが、このところその地震が頻発していた。

 


 何故かこのとき、シエルは自身のペンダントと、そのカイ国産という眉唾ものの水晶を手にしていた。

 言いようもない不安に駆られ、どうしてかカトリーヌが思い出されてしかたがない。今日も『アンフィール』へ行き、『ブルゾス退治』をしてくると、いつもの軽い口調でそう言って、朝も出かけて行った。その表情はとても疲れた様子で――。


 

 ごごごと地響きが起こる。

 無意識にジーウとシエルは手近な壁や柱へと身を寄せた。

 が、それはいきなりやってきた。

 大きな横揺れ。シエルは掴んでいた柱から手が滑り、床へと倒れこんでしまった。

「…いっっ!!」

 その弾みで手にしていた2つの水晶は、宙へと放り出されて――。

 カイ国産の水晶は床に落下したとたん、ぱきりと真っ二つに割れてしまった。

 叫ぶ暇も無く、もうひとつの茶色の水晶は、あのピュグマリオンの木箱の中へ入り込んでしまう。

 それは『アンジェ』という名の人形が入った木箱だった。

 そして割れた2つの水晶も、『ロウ』と『ミューズ』というそれぞれの人形が収められている木箱に入っていく。

「…うわぁ――っ!!!」

 大事な『神杯』がっ!!シエルがそう叫びそうになったとき。

 壁際の棚が、シエルに向かって倒れてきた。

「うっ…」

 床に転げたまま体をくの字に曲げ、棚から体と頭を無意識に護ろうと体制をとった――のだが。

 何時まで経っても、棚は倒れてこない。

 それどころか、気が付いたら揺れも治まってた。

 僕の幻覚だったのか?と、シエルが体を起こしかけたときだった。

「大丈夫ですか?」

 女の子の声。この保管庫に、女の子なんてなかったはず――。

 シエルが顔を上げたとき――そこにいたのは。


◇◇◇



「危なかったですね」

 無邪気な笑みの――『アンジェ』だった。

 そして、アンジェとともに、棚を押さえている『ロウ』と『ミューズ』。

「シ…シエル……」

 呆然としているジーウ。それ以上に――驚きでシエルは開いた口が塞がらなかった。

「初めまして。私はアンジェと言います」

 茶色の髪に、緑色の瞳。その笑みがとても可愛い女の子。そんな姿をしている。

 陶器製だというのに、アンジェの見た目の質感は人の肌を寸分の違いもない。

「私はロウといいます」

 一番幼い姿のロウは、黒髪に青い瞳。幼いが、一番神秘的な姿をしている。

「私はミューズです、マスター」

 ミューズは金色の髪に、真紅の瞳。姿は12~3歳程度の少女の姿を模しているが、何故か一番落ち着いていて、笑みも大人びた印象を受ける。

 3体の『ピュグマリオン』は、それぞれ誰の趣味かはわからないが、年齢相応な現在の世界に着られている少女の服を着ていた。

 これが裸だったらーージーウは下らないことを考えてしまったが。

「ま…マスターだなんて」

「いいえ。私たちはあなたによって目覚めました。あなたが私たちのマスターなのです」

 印象だけではない、言葉も大人びているミューズに、シエルは戸惑いを隠せない。

「せめてシエルと…僕はシエル・プリエ。シエルと呼んでいいよ。そっちの方が気楽だから」

「はいっ、シエルさんっ」

 一番大きい身長をしているが、一番無邪気で幼い印象なアンジェ。

 素直にシエルのことをさんつけして呼び出した。

「アンジェ…素直すぎ」

 ロウは――どこか暗い。

「なっ……」

 ミューズたちに手伝ってもらい、シエルが体を起こしかけたとき。

 シエルの視界から――保管庫の情景が消え、その視界はあり得ない景色を映し出した。

 


 それは――宙から、地上を見下ろしている――『俯瞰』の風景。

 その地上は――地表が露出した荒れた大地、『アンフィール』。

「ど…どして…?!」

 倒れ掛かるシエルをアンジェが支える。

「大丈夫ですか、シエルさんっ!?」

「あ…これは……かと…りぬ?」

 シエルの瞳には、序々に『ブルゾス』が取り囲んでいる、岩の壁が見えてきていた。

 それはカトリーヌの能力である『フルリオ』のはず――。

「…カトリーヌっ!!?」



「あの…カトリーヌとは?」

 ミューズが呆然としていたジーウに尋ねた。

 訊かれたジーウは驚いたが、シエルの様子から、それがあまりいい状況ではない様子に見えたため、ジーウはミューズへの問いに答えることにした。

「シエルの妹だ。『アトスポロス』でね、今『アンフィール』に……」

「アトス…ポロス…ですか?!」

 あ――この『ピュグマリオン』たちは3000年前に作られたから。今のことは知らないと言うことか?ジーウはそんな思考に行き着いた。

「えと…『ピュリファイア』なんだよ。今、『ミュトス』を退治に、この宙に浮かんでいる『ライザ』の街の下にいるっ」

「了解です。ありがとうございます…あなたは?」

「ジーウ。俺はジーウ・ヴォーチェ」

「はい、ジーウさん」

 ミューズの可憐な笑みに、ジーウの頬が一瞬で赤色に染まる。

「シエルさん。カトリーヌさんは、今どういう状況ですか?」

 ミューズはいたって冷静にシエルに問うた。

「『ブルゾス』に囲まれてる。アントンも一緒だ。2人が危ないっ!!」

「『ブルゾス』って?」

「……『ミュトス』と判断していいと思うわ」

 シエルの言葉をロウがミューズに訊き、ミューズがジーウの言葉から判断して、ロウに伝えた。

「アンジェ。行かれる?!」

「任せてっ!!シエルさんっ、場所教えてくださいっ」

「ど…どんな感じで伝えれば……」

 ミューズから指示を受け、アンジェが両手をぐっと握り、ポーズをとったが、問われたシエルはどう今自分が見ている状況を伝えればいいかがわからない。

「シエルさん。私たちはあなたの一部です。

 あなたの見ている景色は思うだけで、私たちに伝わります。

 アンジェへ伝える。そう集中して考えてください」

「わかった」

 こうしている間も、カトリーヌたちが――。シエルは呼吸を整え、アンジェへと自分が見ている景色を送るイメージを考えた。

「……どういうこと?!」

 ジーウは何がなんだかわからない。状況を同じように見守っているロウに尋ねてみた。

「シエルさんの能力です。『視野拡張』。360度、思う場所の景色を見ることが出来るんです。私たちは、シエルさんの能力の一部だから、シエルさんが考えてくれれば、私たちも同じようにそれを視ることが出来ます」

「…マジでっ!?」

 驚くジーウを余所に、状況はどんどん進んでいく。

「視えたっ!!じゃ、行ってきまーすっ!!」

 あくまで軽く――アンジェが言い。

 ジーウが見ることの叶わない速度で、目の前から消えたかと思うと、どかんっという破壊音が壁に響き、人間の等身大の大穴が開いた――かと思ったときは、すでにアンジェの姿は保管庫から外へと飛び出していた。

「…本当にあの子は……」

 ミューズが小さく――ため息をついた。



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