第3章 ロードとリサ
それは今から3000年前の出来事――。
『リュケイオン』と呼ばれる以前は、イギリスという国の10万人が暮らす、都市だった『ライザ』と呼ばれた街に、ロードとリサの兄妹は暮らしていた。
両親は幼い頃、交通事故で他界した。
母親の両親――祖父母に育てられた。
それ以外、この家族には特に大きく変わったことはなかった。
家族全てが『浄化者』と呼ばれた能力者である――ということ以外は。
後の世界では『アトスポロス』と呼ばれる『浄化者』たちは、過去にはそう呼ばれ、『ブルゾス』と言われる敵は、『霊長意識集合体』という相手であった。そして3000年後の世界ほど、『ミュトス』は一般の人間には認知――知られておらず、『浄化者』たちが人知れず戦いを挑んでいた。
ロードの妹リサはその中でも、『S』ランク――未来では『第1級 (ブロスト)』呼ばれる最高ランクに位置する能力者であり、兄ロードは『D』ランク――未来で『第5級 (ベンブスト)』の能力者であった。ロードの能力は、せいぜい『ミュトス』の気配を察知し、その居場所がわかる程度。
では妹のリサがそれ程の能力を持ったことのか?それは、『ライザ』という街が『カタルシス』という『浄化者』たちで組織した世界規模の対『霊長意識集合体』の組織のイギリス本部がある街であったことが原因でもあった。
世界で12。『地球の守護者』という名を持つ、『アース・キーパー』という人の背丈ほどある水晶群、『クラスター』の『守護者』に選ばれていたからだ。
後世に『神杯』と呼ばれる特殊な水晶を手にすることで、ある日突然人は『ミュトス』を浄化能力を手にする。
外見は何の変哲もないただの水晶。形はブレスレットや、ストラップ。小さな原石かもしれない。それはさまざま。
それらは『永久水晶』と呼ばれ、『浄化者』の力の源になる。それは3000年後の未来も同じ。
が、リサが手にした水晶は、とても――両手でも抱えきれないほどの巨大な水晶群。
世界にたった12ほどしかない『アース・キーパー』だった。
それは『ミュトス』を浄化するためにあるのではない。
『地球』そのものと対話し、ときにイギリス全土にいる『浄化者』たちを管理し、『ミュトス』の発生を感知したり――『ガイアの巫女』とも言われる役目を持った、能力者であった。が、その役割ゆえにほとんど『アース・キーパー』から離れることが出来ず、一生をその『守護者』として過ごす。
時には数百年、数千年という果てない寿命を生きることにもなる。
リサの守護する『アース・キーパー』にはギリシャ神話の神に準え、『ヴィーナス(アフロディテ)』という名がつけられていた。
ロードは、祖父が表向きの生業としてた陶芸の世界に飛び込み、特に人形制作に掛けて、その頭角を現した。
18歳のとき、彼の製作したリアルな美しさを持つ陶器製の人形が化粧品会社のCMに起用され、ヨーロッパ全土で大きな話題となった。
それ以後、ロードはその世界に益々没頭していくことになる。
そしてロードはあるとき、ふとした思い付きで、個展用に製作したリサをイメージして考えた人形用の土に、自らの『永久水晶』から僅かに削った粉を混ぜ込み作り上げた。
そしてその人形はロードの高度な技術で、16歳のリサの等身大で焼き上げられ、『ヴィーナス』と名づけられたとたん、突如動き始めたのだった。
それだけではない。高い浄化能力を発揮し、ロードの代わりに『ミュトス』と戦うことが出来た。が、『ヴィーナス』の消費する力はロードからのもので、それが自分の『浄化者』としての力だと気づかされることになった。
そして――ロードは思うことになる。
この人形を愛する妹、リサの代わりに、『アース・キーパー』の『守護者』とすることは出来無いだろうか?そうすれば、リサはその役目から開放され、ごく普通の女の子として生きることが出来るのではないか?と。
彼は自らの命を削るかのように、後に『ピュグマリオン』と呼ばれる人形を次々に製作し、その研究データをとるようになった。
そうして彼が21歳のとき、ようやくリサの代わりに出来ると自負する1体の『ピュグマリオン』を作り上げるのだが――。
すでに世界は破滅へのカウントダウンを始め、人々が知るはずも無かった『ミュトス』が地球上の各地に溢れた。
大洪水が発生し、リサは愛する兄、そして家族を洪水から護るため、『アース・キーパーヴィーナス』と同化し、ライザの街を大地ごと、空中へと浮かび上がらせた。
ロードは『アース・キーパーヴィーナス』と同化した妹によって生かされるが、妹を救えなかった、その代わりの人形を間に合わせることが出来なかった自分へ、激しい憤りと後悔を胸に生きていくことになる。
が、水没した世界には、今だに『ミュトス』が蔓延っていた。
僅かに残った大地を巡り、人々は戦いを挑むことになった。
ロードは手元に残った研究データを元に、人々が『ミュトス』と戦う術を持つ方法を探し、『綺晶魔導術』が生まれた。
が、そんなロードは27歳で亡くなったが、彼の残したデータとリサが護った『ライザ』の大地。そしてロードが愛する妹を救うために作り上げた『ピュグマリオン』という陶器製の人形が残り、後の『リュケイオン』と『綺晶魔導術』に受け継がれていくことになっていく。
◇◇◇
「シエル。お前、もしかして師匠からそんな話を聞いて、妹のカトリーヌのために実験の被験者になることにしたのか?」
シエルから『ピュグマリオン』とそれを作り上げたロード、その妹のリサの話を訊き、ジーウはそんな質問を返した。
シエルには16歳になったばかりの妹、カトリーヌがいる。
現在の『リュケイオン』ではたった3人しかいない、『第3級 (トゥリトス)』ランクを持つ『アトスポロス』の1人だ。
毎日のように『アンフィール』に赴き、『ブルゾス』と戦い続けている。
「……まぁ。これが上手くいけば、カトリーヌは、少しは楽になるかもしれない。
150年前に『リュケイオン』が少しずつ高度を下げ始めて、この実験が始められたとき、その被験者になったのはカトリーヌと同じ、『第3級』の『アトスポロス』だったそうだ。2人とも、ジーウが言ったような結果を招いた。
元々、ロードもこの時代では『第5級』レベルの『アトスポロス』だったらしいし、僕も『第5級』。150年前の実験のような結果は招かないで済むとは思うけど、どうにか成功してほしい…とは思うんだ」
「まぁ…『リュケイオン』は150年前から比べれば、もう70mは高度を下げているわけだし。カトリーヌは毎日毎日頑張っている。
そりゃ身に詰まされるのはわかるけど……お前…ビビリだし、意気地なしだし、情けないし…可愛い妹から比べれば、姿形が平々凡々だし」
「…ジーウ。なんか最後は散々言ってくれてるな……」
「だけど…研究者魂っての?そんなお前のへんな頑固さは、俺は気に入ってるぜ」
結局はジーウにも――シエルの気持ちは伝わっている。ということだった。