第2章 ピュグマリオン
ジーウに連れられ、シエルは保管庫の前に来ていた。
「おっ…開いてる」
普段は厳重に鍵が掛けられている保管庫の扉が、何故かこのときは鍵が開いていた。
「随分無用心だな…」
「いいじゃん、いいじゃん。それらしくて」
ジーウは怪談話にでもしたいのだろうか?シエルはふぅとため息をついた。
「ところでジーウ。『ピュグマリオン』を見るのは初めてだっけ?」
「おう。お前もだろ?『ブルゾス』と戦うために、3000年前に作られたロストテクノロジーの人形か…どんな姿してんだろうな?」
どうも本当に知らないらしい。シエルはそれ以上、ジーウに訊くことは止め、ジーウのしたいようにさせることにした。
「開けるぞ……」
「あぁ」
わざとゆっくり――ジーウは扉を開けた。
ぎぃぃと音を立て、古い厚手の木製の扉はジーウによって押し開かれた。
部屋は薄暗い。
ジーウは近くの火属性の『神杯』に手をかざし、灯りをつけた。
『綺晶魔導術』の力の源は『水晶』だ。
それも『神杯』と呼ばれる、『綺晶魔導師』――『アトスポロス』の力――『霊力』に反応し、その能力を発揮する。
『四大精霊力』と呼ばれる『地、火、水、風』。そして『二大霊力』と呼ばれる『光、闇』のいずれかの力に属し、その力とする。
『綺晶魔導師』、すなわち『アトスポロス』も、その6つの力のいずれかに己の『霊力』が属するため、『ブルゾス』と戦う際には、自分ともっとも相性のよい――もうひとつの自分と言ってよい能力を発揮するための『神杯』を必要とする。
が、この保管庫に置いてある『神杯』のような水晶は、『ブルゾス』と戦うだけの力を持たない『魔導術用』の『神杯』であるため、『綺晶魔導師』ならばほとんど誰でもその力を使うことが出来る。
「おっ。きれいに片付けられているな」
午後からの実験のためか、部屋はきれいに整頓されている。
その中央に人間1人が余裕で入れるだけの木箱が3つ。
横並びにきれいに並んでいた。
「ここかぁ……」
益々盛り上がってきたのだろう。ジーウがそれらしく、不気味に呟いた。
「開けてみれば?」
対するシエルは落ち着いている。
「なんだよ。面白くないな」
ジーウはふて腐れたように、ビビリのシエルらしからぬ落ち着きぶりにそうぼやきながら木箱の蓋を開けた。
「……えっ、あれ……」
ジーウがその青い瞳を凝らした。
慌てて他の2つの木箱の蓋も勢いよく開けた。
「……うそ」
驚くジーウにシエルが口を開いた。
「可愛いだろう?3000年前のロストテクノロジーで作られた戦うための『ピュグマリオン』は、現存する3体ともすべて少女型なんだよ。それもとびきり可愛い女の子さ。
別にこの『ピュグマリオン』を作った人がロリコンだったわけじゃない。これには訳があるんだよ。
『ピュグマリオン』が女の子である訳。それがこの『リュケイオン』が浮かぶ理由でもあるし、僕がこの実験を引き受けた本当の理由なのさ」
3つの木箱に納められている『ピュグマリオン』という名の人形は、3体とも姿は違えど、少女の姿をしていた。
大きさはさまざま。10歳程度の幼い少女の人形が1体。もう少し大きい少女型が1体。
そして15~6歳程度の少女の姿をした人形が1体。計3体の人形だった。
「一番小さい姿をした人形は『ロウ』。その真ん中のもう少し大きい少女の人形は『ミューズ』。一番大きい人形が『アンジェ』。これを作ったのは、『綺晶魔導術』の祖と言われ、
このリュケイオンを築いた『ロード・クラウン』その人だよ」
驚きの眼で流暢な説明を施すシエルと、人形たちを交互にジーウは見つめていた。
「ジーウがさっき過去の実験の話をしただろう?あれに使われた『ピュグマリオン』も少女型。ロードは全部で12体の『ピュグマリオン』を作ったと言われてる。
でも過去の実験や、その年月からこの3体以外は全て壊れてしまったそうだよ。
今残っているのはこの3体だけ。
もしこの実験が失敗すれば、もうリュケイオンの落下を救う手立てはなくなってしまうんだ」
「お前…それ、ビルケ師匠から聞いたのか?」
ジーウが驚きを隠せないまま、呆然と問うた。
「そう。この実験の被験者に選ばれたときに。僕も驚いたよ。
でも師匠は全部説明してくれた。そして僕を選んだ理由も。だから僕はこの実験を引き受ける決心をしたんだよ」
シエルはジーウに、1週間前、ビルケからシエルがこの実験の話をされたときのことをジーウに話して聞かせた。