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第1章  それでも僕は…

「馬鹿だな。お前、師匠の見栄に利用されてるだけなのに」

 翌日。ビルケの研究室には、シエルの兄弟子にあたるジーウが椅子に持たれて、シエルが自身の研究課題の関係資料を纏めている傍からちゃちを入れていた。

 昨日の手伝いもジーウは誘われていたが、それらしい理由をつけ断っていた。

 ジーウの性格から考えても、自分に何のメリットもないそんな面倒なことに、参加するはずもない。

「それでも僕はやると決めてるから」

 そう話すシエルの態度が鼻につくのだろう。

 ジーウは過去にあった、実験の失敗談の事実をシエルに話す。

「150年前にあった同じ実験で、2人のアトスポロスが命を落としているんだぜ。

 そもそも『ピュグマリオン』は、アトスポロスの命とも言うべき、自分の『神杯ネクトル』を、『ピュグマリオン』の体に収めないと動かない言われているんだろ?

 それもそのときは、『神杯』を入れて、『ピュグマリオン』が目を開けた途端、砂のように崩れると同時に、体の中の『神杯』まで消滅、その持ち主たちまで突然死んでしまった。こんな怖い話はないぜ」

「そんな例は150年前の実験だけだよ。

 起動実験は過去3回行われている。他の2回は55年前と、30年前に行われて、そのとき『神杯』は『ピュグマリオン』の体に収まるまで行かなかった。

 ジーウの考えすぎだ」

「またまたぁ。ビビリのシエルがよく言うよ。本当は怖くて怖くて仕方ないんだろ?

 でも師匠の頼みで仕方なく引き受けた。そうじゃないのか?」

「ジーウは頼まれていないんだろ?」

 自分が優位に立ったつもりだったが、シエルにそう切り返され、ジーウは押し黙った。

「自分が師匠のお気に入りだとでも言いたいのか?」

「本当のお気に入りなら、ビルケ師匠はこんなこと頼まないだろう?」

 再びの沈黙。シエルの言葉に、ジーウは驚いた様子で黙々と作業を続けるシエルを後ろから見つめていた。

「……お前、本当に変わってるよな」

「僕はビビリだしヘタレだけど…やれるときはやりたいだけだよ」

 ふぅとジーウがため息をつく。確かにシエルはビビリでヘタレだが、変なところで頑固だ。『専学師(学者)』に向いた性格なのかもしれない。

「実験は午後からだろ?」

「そうだよ」

「じゃ、今から、『ピュグマリオン』を見に行かないか?」

「…はっ、どうして?!」

 今までジーウを一度も見ることがなかったシエルが、驚いて初めて振り返った。

 シエルの真後ろに、会心の笑みを浮かべるジーウが立っていた。

「肝試しだよ。お前の根性、俺が試してやるっ」

「はぁっ!?」

 ますます訳がわからないといった様子のシエルの手を強引に引き、ジーウは研究室を飛び出した。

 ジーウはこんなヘタレなシエルでも、気に入っている。出来れば失いたくはない。実物の『ピュグマリオン』を見せれば、シエルなら怖くなって止めると言い出すかもしれない。ジーウはそんなことを考えているのだった。



◇◇◇



 『リュケイオン』には、他2つの学宮とは違った、特殊な事情がある。

 634mの上空に浮かんでいる『浮遊都市』と呼ばれる場所であった。

 詳しい浮かんでいるシステムはわかっていない。

 が、3000年前にあった大洪水を避けるために、そのとき存在していたイギリスという国のひとつの街が大地ごと浮かび上がった。

 そういう理由だけはわかっている。そして以後3000年間。

 この街は『リュケイオン』という『綺晶魔導術』発祥の地となり、その魔導師を養成する学宮として存在し続けることになった。



 もうひとつ。『リュケイオン』は歴史的にも貴重な遺跡と言えた。

 3000年前の街並みが、きれいに保存されたまま存在しているからだ。

 研究者にとってこの浮遊都市がどれほど貴重な存在か、そして学徒減少で悩む学宮だが、研究対象としては、世界に『リュケイオン』に勝る遺跡は存在していなかった。

 だが――。

 『リュケイオン』はそうそう人を寄せ付けない理由がある。

 その直下には、『アンフェール(地獄)』という名の3000年前に人類を全滅寸前にまで追い詰め、現在も人間を襲い続け恐れられている『ブルゾス』という怪物が発生し、密集している『不浄地』、半径10kmに亘って広がるそのような地域を抱えている。

 それを世界に広げないよう、半ドーム場の結界で包み込み、『リュケイオン』を中心にその結界を維持している。

 他の『養成学宮』である『アカデメイア』、『キュノサルケス』も同じような『不浄地』と隣接し、それを学宮で学びそこから誕生した『アトスポロス』という『ブルゾス』を唯一退治出来る能力を持った者たちに退治してもらい、『ブルゾス』の数を減らし、世界に発生する『ブルゾス』の数を調整し、人々への被害を少なくしているという背景があった。

 本来、その『アトスポロス』を見つけ、養成するためにこの『リュケイオン』、『アカデメイア』、『キュノサルケス』は存在している。

 『綺晶魔導師メイスン』は『アトスポロス』を見つけるための理由であり、『綺晶魔導術』とは、この『アトスポロス』が効率よく能力を発揮するための方法に過ぎない。



 が、近年、学徒の減少に悩んでいる『リュケイオン』が現在抱える問題は、その本来の目的である『アトスポロス』の数が減っているということであり、『アンフィール』に溜まる『ブルゾス』の数が増えつつあった。

 それだけではない。

 『ブルゾス』を囲い込むための結界がそれに耐え切れなくなり、その効力が薄れつつある。それに呼応して『リュケイオン』の高度が序々に下がり始めていた。

 全ては悪循環が齎せていることだが、シエルがこれから臨もうとしている実験は、それを打破するための希望でもあった。


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