第13章 事実をお話します。
それより3日後。
「で…リレックは1ヶ月の謹慎。クリス・アルガイト教官は懲戒免職か…」
ビルケがメガネ越しに自分の元に回ってきた回覧の連絡書を見てはため息をついた。
「彼女はあまりいい噂を聞かなかったけど…よく懲戒免職に応じましたね?
異性関係もかなり派手だったようですし、彼女なら、この『リュケイオン』のお偉いさんに随分気に入られていたでしょう。「この程度」のことなら、その後ろ盾を使って、撤回させることなんて造作もないことのように思いますが……」
「でも彼女の方から辞めたいって申し出たらしいですよ。
懲戒免職でもなんでもいいから、辞めさせてくれって」
休憩室でその回覧を見ていたビルケと会話していた、『ブルゾス』研究ではビルケ同様その道の第一人者である、オートマスがそう言って、コーヒーの入ったカップを口にしていた。
「ビルケ専師。これは噂なんですがね…どうも「協会」が彼女の失職について関わってるらしいんですよ。それが証拠に、彼女と関係のあった教官や専学師連中がこぞって退職を願い出てるらしいですよ。
しかもその数は20人を超えるとか……」
ビルケはシエルたちがそのリレックたちの救出に携わったことの報告は受けていたが、まさかそのことで、「イロアス協会」が動いたとは考えられなかった――が、もしかして?という疑問は心の底に燻ってはいるのも確かだった。
「『リュケイオン』は「イロアス協会」とは仲があまり良くないですからね。
シエルくんが『ピュグマリオン』を覚醒させてから、彼の活躍は本当に素晴らしい。
今やこの『リュケイオン』の「救世主」というべき存在だ。
と、なれば当然『ブルゾス』殲滅をその活動目的とする世界組織「イロアス協会」が出張ってもまったくおかしくはない。
だが学長連中にとってそれは面白くない事態でしょうから、なんとか『アンフェール』の『ブルゾス』退治をシエルくんに押し付け、それが完了してから、彼をこの『リュケイオン』から追い出すつもりでしょう。つくづく考え方が幼稚というか。
「協会」が本気を出したら、この『リュケイオン』なんて、ひとたまりもないでしょうに……」
「まったく…オートマス専師の言う通りですな……」
ビルケは嘆息した。
『リュケイオン』が『アカデメイア』のように、多くの役割に応じて専門化した『綺晶魔導師』に対応しないのにはわけがある。
この『リュケイオン』を事実上――もはや「支配」していると言って良い現「学長」パルミ・ダヴィットの一族が、ここ数百年の間に台頭し、数代の「学長」を輩出し今では『リュケイオン』を支配するまでに勢力を伸ばした。
が、このダヴィット家を支える力ある魔導師たちが、専門化する魔導師の職種を嫌い、古い形の指導方法に固執していることもあり、『リュケイオン』は今の形を変えることが出来ないままなのだ。
そしてダヴィット家を中心として『アトスポロス』としての能力がほとんどない魔導師たちが、「イロアス協会」と対立しているため――協会も『リュケイオン』の存在をほとんど重要視していない経緯がある。
「ビルケ専師。私は来月『アカデメイア』へ行こうかと思うのです。以前から誘いは受けていたのですが。今まで頑張ってきてましたけど、そろそろここも潮時のような気がしてね……」
オートマスが寂しそうに呟いた。
「…そうですか……」
ビルケが相槌を打つと、オートマスが真剣な眼差しでビルケを見た。
「ビルケ専師も行きませんか?あなたほどの方なら、『アカデメイア』も喜んで受け入れるでしょう。それにそれがシエルくんのためにもなるような気がするんですよ。
それにあなたは「協会」にも通じている。
それが賢い選択だと思いますがね」
「…考えてみますよ。私も今のダヴィット学長には思うところもありますしね」
そう言って――ビルケはため息をついた。
そんなとき、ジーウがビルケを訪ねて休憩室にやって来た。
「愛弟子さんですね。それではこれで…」
オートマスが席を外す。
ビルケは「どうも」と短く出て行くオートマスに一声かけ、やって来たジーウに「どうしたんだい?」と尋ねた。
「専師。お話が……」
いつになくジーウの顔が真剣だったため、あまり良い話ではないのかと予想した。
◆◆◆
ジーウはビルケにクリスとの話――そして自分の正体、シエルの潜在能力のことを全て隠すことなく話して聞かせた。
「じゃぁ、君はシエルの「補佐役」として協会から派遣された人間だというのか?」
「はい。今まで黙っていて申し訳ありませんでした。
シエルがまだ目覚めたわけではなかったので…ただ、彼があなたに憧れを抱いていたことを知り、あなたの弟子として先回りをしていたのです。
そしてシエルの能力を調べ、協会から『リュケイオン』に圧力をかけさせて頂き、『ピュグマリオン』の実験を行うことをあなたに提案、あなたからシエルを推薦してもらうよう若干の精神操作をさせて頂きました。「暗示」のようなものですね。
シエルにはそんな能力があるのでは…とあなたへの会話の中に、誘導していくキーワードを織り込ませていただいた…程度ですが。見事にあなたはそれにかかってくださいましたが。
そして当日、保管庫のカギが開いていたのも全て俺の仕業です」
「……そんな」
ジーウは驚くビルケににっこりと笑った。
「既に『リュケイオン』の浮力は失われてきています。
学長は認めていませんけどね。ここを護ってきた『アフロディーテ』の『守護者』のリサの寿命です。
よくぞ3000年もここを浮上させたまま護ってきたと、褒めてあげたいくらいですから。そろそろ彼女を兄のロードの元に還してあげたいんですよ。
おそらくあと2~3年ももてば良いでしょう。
『リュケイオン』の機能は既に地上に移し終えていますし、重要な宝物や資料は、ほとんど『アカデメイア』に密かに移しています。
残念なのは、3000年前のイギリスの美しい風景が…失われることですが…」
ビルケの知っているジーウとは全くの別人――そんなしっかりと、流暢に説明を施していく彼の姿に、ビルケもその事実を認めざるを得なかった。
「それで…シエルを『アカデメイア』に連れて行くのかい?」
「はい。もちろんピュグマリオンの3体とカトリーヌ、アントン…そしてあなたには来ていただくことになります。奥様も…ですが」
「用意がいいね……」
「『リュケイオン』の学徒たちは、地上の施設へ移ってもらいます。
ダヴィット学長たちが残りたいなら構いませんが、エリュシオン王国からの支援も打ち切る通達が、まもなく学長の元へ届くでしょう。
『アカデメイア』のあるピサ島はまもなく祭りも始まりますし……あなたには『アカデメイア』に行く口実が出来ると思いますが」
あまりの手際の良さに、ビルケはため息しか出てこない。
「…断らせる理由も作らせない……か」
「はい。あなたはシエルにとってとても大切な方だ。それは協会にとっても、重要な存在なんです」
そう。協会はそういうところだった。
ビルケはその強引さに呆れを通り越して――尊敬の念すら抱いていた。
「それと…あなたに来ていただきたいもうひとつの理由があるんですよ。
もうひとつの養成学宮『キュノサルゲス』に、3000年前の過去から来た高ランクの『アトスポロス』の少年がいまして…その少年も近いうちに『アカデメイア』に来ることになるでしょう。名前は「シュウ・ヘラクレス・タカモリ」君というそうです」
「『ヘラクレス』って…『ロバロ公国』の『国宝級』の『神杯』のことだろう?
それを扱う『アトスポロス』が過去からやってきてのかい?」
「はい。彼のことを調べて頂きたいというのも、我々からあなたへの要請です。
すぐにとは行きませんが、ここ数が月以内に、『アカデメイア』へ来てもらう予定ですから……」
「わかったよ…君たちに従うしかないだろうから。
それとシエルには……」
「俺から話します。それと……シエルたちには俺の立場はまだ伏せておいてください。
『アカデメイア』に着いたら…俺から彼に話しますから……」
「……全くどこまで用意がいいんだか……」
呆れるビルケへ、ジーウは軽く「すみませんでした」と頭を下げた。
そのときの彼は――ビルケの知るジーウに戻っていた。




