第9章 ミューズはすごい?
「いっそのこと、私たち全員で『リュケイオン』から出て行ってしまえばどうでしょう?」
真顔で――ミューズは提案した。
ビルケは一瞬目を見開き、ミューズを凝視した。
「う…うん、まぁ…そうなんだけどね」
「ですから本当にやれば良いのではないでしょうか?
シエルさん、私たち、カトリーヌさん、ビルケ専師…それとジーウさん…アントンさん」
ミューズが指を折りつつ名を挙げていく。
だんだんビルケの中で、一つの「悪戯」のようなアイディアが浮かんでは――纏まってきた。
「なるほどね。それは名案かもしれないな」
完全に『アンフェール』の『ブルゾス』退治は済んではいない。
あくまでシエルやピュグマリオンたちが頑張って、大規模な『浄化』を行ったことで、一時的な沈静化になっているだけなのだ。
そして学長が提案したシエル留学時期は、完全な「沈静化」が確認されたそのあと。
でもそんなことは、シエルには関係ないのことなのだ。
「そうだ、そうだ。『アカデメイア』はまもなく祭りを迎える。
家出には丁度いいかな」
ピサ島には、ビルケの別宅がある。
そこにそれぐらいの人数ならば住めるだろう。もちろんサイネも連れて。
家出期間は――『リュケイオン』が根を上げるまで。時間はそんなにかかるまい。
なかなか根を上げなくても――まぁゆっくり待てばいいか。
ビルケはそんな考えを纏める。
「そうだね。少し考えてみよう。
ミューズ、ひとつお願いがあるのだが、これはまだ皆には言わないでおいてもらえるかな?言っては意味がなくなってしまうから」
「そうですね。だから「家出」なんですもの」
ビルケはあははと笑い、「その通りだ」と更に笑った。
◆◆◆
「うわぁぁっ!!……ああ…やっと降りた……」
今日もシエルは魘されている。
ピュグマリオンに出会う前は、研究課題でいつもカトリーヌより遅くまで起きていたが、
今は家に帰ると晩御飯を食べてすぐ寝てしまう。
当然研究課題など進んではいない。
シエルは妹のカトリーヌと、『リュケイオン』内の宿舎の一階で一緒に暮らしている。
研究塔から近いということもあって、シエルはほとんど外の景色を見ることなく、この家に帰ってこられる。
日当たりは少々良くないが、窓の外は研究塔が邪魔をして、景色が見えないので、シエルには空中に浮かぶ『リュケイオン』内の物件では最高の立地条件だった。
カトリーヌは兄のシエルがそれでよければそれで構わない。
ただもう少し日当たりのよい場所の方がいいなと思うときはある――ぐらいで。
「ミューズ……」
キッチンで食器を洗っていたミューズに声を掛ける。
彼女たちが活動するそのエネルギーの源は、シエルから供給される『霊力』らしいが、戦闘などで著しく消費しないかぎり、シエルに負担がかからないよう、普段は体内に多少蓄えて置くのだそうだ。
アンジェはシエルの部屋で持ち込んだ簡易ベッドで、一緒の時間に寝てしまっている。
それがカトリーヌには許せない――ちょっと気になるのだが、ミューズとロウはその隣の部屋で寝ている。
しかしこの2体はシエルと同じ時間に寝ることはない。
シエルの研究の助手となるべく研究の内容を勉強しているというロウと、この世界のことを知りたいと、同じように勉強をしているミューズ。
彼女たちが寝るのは朝方だ。せいぜい睡眠時間は2時間ぐらいだろう。
この違いはどこからくるのか、カトリーヌには疑問だ。
だが、今はそのことにこだわっても仕方がない。
「シエルさんの「高所恐怖症」克服計画の撤回…ですか」
ミューズとカトリーヌはダイニングのソファに座り話し合っていた。
「毎晩お兄ちゃんは魘されている。この1ヶ月、あれほど打ち込んでいた研究課題も進んでいない……精神的にどうなんだろうって思うの……」
悲しそうな…そして心の底から心配している様子で、カトリーヌは話していた。
「そうですね。他に方法があるわけではないのですが……ただし根本的な克服にはなりません。良いですか?」
「そんな方法あるのっ!?」
カトリーヌが驚いてミューズを見つめた。
「あります。ですがこれはあくまで回避策で、逃げの一手という感じではあります」
「何っ!?教えてっ!!」
「暗示です……こうすれば怖くないという暗示をかけるのです。
ただ…成功するという保証も100%ではありませんが」
「……なるほど…暗示ね」
カトリーヌも思いつかなかった。
しかしミューズと話し、明日、それを試してみることにした。




