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二、新歓コンパの少女


「ヤリチ○きたー!」

「……」

 悪い予想というのは総じて裏切らない。当たりすぎて嫌になってくるくらいだ。悪い方向でもいいんで、もう少しサプライズが欲しいな。

 駅前にある酔々《よいよい》は、俺たちのサークルがよく利用している居酒屋だ。

 何故かというと単純に広いからが理由なのだが、今回の集まりでは一番大きい座敷でも入りきらなかったらしく、一回り狭い小部屋に三十人ほどを分けて収まっている。

 俺は集合時間の七時から一時間遅れで到着した。遅刻した理由は葛藤していたからなのだが、どうせ来るなら早めに来たほうが良かった。

 俺は居酒屋に入った途端、サークルの男どもに捕まって大部屋のほうに連行された。

「新入生の皆さん、こいつが噂の浅岡孝太ですよー。女子は気をつけてくださいねー」

 羽交い絞めにされながらのお披露目会。俺の。

「はーい、気をつけマース」

「浅岡くーん、私を持ち帰ってー」

「ぎゃはははは」

 こ、この酔っ払いどもめ。

 飲み会に遅れていくと、ノリに着いていけない洗礼が待っている。その上、今の俺は格好のネタである。 

 集まっている七十人ほどを見渡すと、知らない顔が多く見受けられる。大部屋のほうは新入生がメインなんだろう。

「ふっ、青臭いな新入生ども。俺に持ち帰られたかったらもう少し垢抜けるがいい」

 押されっぱなしは気に食わないので反撃してみる。

「垢抜けるがいい、キリッ」

「先輩かっけー!」

「あたし惚れたわー」

 うん、やっぱり素面では勝負にならない。

 煽っているのは同学年の馴染みの連中だ。完全に出来上がっているので何を言っても無駄だろう。

「あー、逃げたー!」

「こうちゃん待ってー、ぶあはははは」

 酒臭い拘束を振りほどいて小部屋に足を向ける。

 俺も酔ったらあんな風なんだろうな。人の振り見てなんとやらだ、気を付けよう。

「うわっ、孝太よく来れたね」

 小部屋の暖簾を潜ると、意外そうな声でそんなことを言われる。

 誰かと思ったらまゆだった。相変わらず下品なまでにセンスの良い男を誘う格好だ。

「うっせーな、来たら悪いのかよ」

「な、なんでもうキレてるのよ? って当たり前か」

 ああ、当たり前だ。自分でも本当によく来れたと思うが、それもこれもあのアホ部長に文句を言う為だ。メールを消してくれた宮野に免じたのも一割くらいあるが。

「あれ……? 部長は?」

 三十人ほどが集まっている座敷部屋を一通り見渡しても、憎き男の姿は見えない。

「帰ったよ」

「なにぃ!?」

「孝太が怖いから後は任せたとか言って」

 し、信じられねぇ。これだけの人数を集めた幹事が途中で帰るなんて、破天荒にもほどがある。これじゃあ来た意味の九割が消失してしまった。この怒りはどこにぶつければ良いんだ。本当に新入生を持ち帰ってやろうかな、くそ。

 と、堅気から外れているだろう顔で唸っていた時、ふと宮野の姿が視界に入った。

「どうしたの? 座ったら?」 

 まゆがぽんぽんと自分の隣の座布団を叩く。

「ん、ん? ジミーズがどうかしたの?」

 まゆが俺の視線の先と顔を行ったり来たりさせている。

 ジミーズというのは、宮野含むサークルで目立たない奴らの総称だ。隅のほうで集まってチビチビと飲んでおり、垢抜けない格好で物静かな奴らばかりなのでそう呼ばれている。

 別に悪い奴らではない。中にはサークルの趣旨であるシーズンスポーツが得意な奴もいるので、結構仲良くやっているらしい。ジミーズを自ら名乗るという明るい面も見せる。

 飲みと女目的だった俺には関係ないから、個人的な交流はまったく無いけど。  

「ちょ、どこいくの?」     

「ちょっとな」 

「むー」

 ふくれるまゆを置いて座敷を歩いていく。途中、酔っ払いどもに冷やかされたが完全無視。

 ふと見ると、同じジミーズでも男女で分かれているようだった。俺は宮野含む、女子が五人ほど集まっている一角にお邪魔した。

「あれ、浅岡君?」

 見るからに地味な女がすぐさま喰い付いてきた。宮野は俺に気付いて小首を傾げている。

 多分、背後ではまゆが俺の意外な行動に驚いているだろう。

「どうしたの浅岡君、もしかして私たちと飲みたいの?」

「えー、うそー」

「……えっと」

 俺のことは呼んでくれるが、こっちは宮野以外の名前がわからない。顔を見てもこんなやついたっけ状態。仮にも同じサークルなのに、自分の無関心さに少し呆れた。

「ほらー、座って座って」  

「おわっ」 

 最初に喰い付いてきた女が手を引っ張ってくる。というか抱え込む勢いだった。この子だけはどこかで見たような気がするが思い出せない。

「いや違う。俺もう帰るから、その前に宮野に会っておきたかっただけだ」

 右腕を取られた中腰の体勢で言う。

 宮野にはメールを消してくれた恩義があるけど、普通に考えたらこの飲み会に来たら嫌でも知るはずだ。まあそれでも、折角来たからには顔だけは出しておこうと思っただけだ。

「…………ん? あれ、どした?」 

 俺の腕を抱えている女が呆然とこちらを見ており、その他の女も同様に、呆気の取られて口を開け広げている。そして気付けば、俺の周りだけがやけに静まっていた。

「え、えーー! 浅岡君、いつの間に宮野さんと付き合ってたのー!?」

「マジでー!? しょ、う、げ、き!! 皆さーん、衝撃のホットニュースですよー!」

「は、はあ?」

 全員が同時に爆発したように騒ぎ出した。

 俺はちょっと待てよと自分にツッコミ、さっき言った言葉を反芻してみる。 

「あっ! い、いや違う!」

 まるっきり恋人に向けるそれだった。

「付き合ってない。付き合ってないぞ」

「ええー、じゃあどういうこと?」

「あっやすぃー」

 ジミーズ以外も集まってきて、座敷の隅が大混雑である。

 どうしてそんなに人の話題で盛り上がれるのか、特に女ども。それに比べて宮野は落ち着いたもんだ。何を訊かれても「違うよ」と一言返すだけである。

 はっきり言って、俺は誤解とかされても一向に構わない。宮野は迷惑だろうがな。

「ふーみんは彼氏いないけど、浅岡君が遊びならお母さんが許しませんからね」

 ふみだからふーみんって安易だな、酔っ払い。

「そうそう。こんな良い子今時いないんだから、付き合うなら真剣にね」

 ジミーズの一人が言うと、後に続いてくる。暗い声色だったので真剣な忠告かと思えば、耐え切れないように吹き出してケタケタと笑いだした。駄目だこいつら。

「ほらほら、こっち座らなきゃ」

「うわっ」

 手を引っ張られ、背を押され、壁際にいる宮野の隣に押し込められた。その勢いで宮野を壁に押し付けるような格好になってしまう。

「わ、悪い」

「ううん、大丈夫」 

 すぐ耳元から宮野の落ち着いた声が聞こえてくる。密着している肩がとても柔らかく、甘い芳香が鼻をくすぐった。少量だが、宮野でも香水を使っているようだ。いや、でもって失礼だな。

「はーい、うっとうしいから解散解散。ここはジミーズ(女)のテリトリーだよー」

 ジミーズ(女)のリーダーらしき女が、集まっている奴らを蹴散らしていく。それが中々の豪胆ぶりで、地味なのは見た目だけだなと考えを修正した。いやそれよりも、なんか囚われてしまったぞ。

「なにか飲む?」

 すっと音も無く、お品書きを俺の目の前に置く宮野。それを見てキャーキャー色めき立つジミーズメンバーと、遠くから冷やかしてくる馴染みの赤い顔達。

 うん、もういい分かった。素面で酔っ払いに対抗しようとした俺が間違いだった。




 それから一時間。宴もたけなわな頃。

 潰れている奴がチラホラ出てきた中、俺は変わらず宮野の隣でちびちび飲んでいた。

 もうジミーズなど瓦解していて、どこに誰が居るのか分からないほど場は混沌としている。各人、俺と宮野を冷やかすことなど酩酊の為にすっかり忘却していて、好き勝手に騒いでいる。訂正、暴れている。

 隣の大部屋でも同じ有様のようで、「王様ゲーーーム!」などと、居酒屋では危険な催しものの掛け声が聞こえてくる。

 なんて傍迷惑な連中なんだろう。まだほろ酔い程度の俺は、自分を棚に上げてそんなことを呟いた。

「おかわりいる?」

「ああ、うん」

「何が良い?」

「えっ……と」

 あれ?

「宮野……だよな?」

「うん」

 思った以上に酔っているのか、それとも宮野の存在感が薄すぎるのか、今まで宮野に向けていた意識が希薄だったことに気付く。というか、お品書きを出してくるタイミングが的確すぎて、気の利く店員かと思ったぞ。

「宮野は飲んでるか?」

「うん」

 少しだが頬に朱が差している。それなりに飲んでいるようだ。

 近くで顔をよく見ると、薄く化粧をしているのが伺え、只でさえ白い肌がさらに色を無くしている。目は二重で根暗な感じを受けるが、それが好みだと言う人もいるだろう。か細い体を包んでいる服は、薄紫色のカーディガンと白のスカートといったなんとも古臭い感じだが、清楚な文学少女のイメージには合っている。地味さを助長しているのは、その重そうな黒髪くらいだな。

 よく見ればそんなに悪くない。今風に着飾って少し積極的になれば、彼氏の一人もできるだろう。俺の好みではないが。

「?」

「ああ、いや、なんでもない」

 いつもやる品定めのようにジロジロ見ていたら、小首を傾げられた。

 宮野をどうにかしようなんて論外。こいつは“遊んではいけない女”だ。

「それなに? カルアミルク?」

「うん」

「うわー、それ甘すぎて俺無理だわ」

「そうなんだ」

 今日初めて話したからか、必要最小限しか喋らない。だが妙に落ち着くのは宮野の人柄なのか、リアクションが乏しくても不快感をまったく感じさせない。でも少しはハメを外す所を見てみたい気もする。

「宮野ももっと飲もうぜ。焼酎とかどうだ? 頼んだら飲む?」

「…………うん」

 おっ、ちょっと迷った。そんなに酒が強くないと見た。

 少し楽しくなってきた俺は、店員を呼んで焼酎を四合頼んだ。けっこうキテいる今の俺が、一人で飲めば吐いてしまうだろう量だ。

 宮野も頼みすぎだと思ったのか、動かない表情が少し曇った。うわ、楽しい。

「じゃあ、乾杯」

「……乾杯」

 お猪口を使わず、小さめのグラスに焼酎を注いで宮野と乾杯する。

 両手でグラスを持って焼酎を眺めていた宮野は、俺が飲みだす姿を見て踏ん切りがついたのか、ちびちびと口に含みだした。

「どうだ?」  

「……うん」

 なにがイエスなのかよく分からないが、どうやらこの焼酎を気に入ったようで、俺以上のペースでグラスを空けていく。って、大丈夫か?

「ぷは」

 とても良い飲みっぷりだった。

 宮野は空いた徳利とっくりを脇にやり、次の徳利に手を伸ばす。

「お、おい、ペース早すぎないか?」

「だいじょぶ………ぅくっ」

 小さなしゃっくりで肩が震える。分かりやすいなおい。

「浅岡君」

「なに?」

 宮野から話し出すとは珍しい。

「ライトノベルって面白い?」

「え、ああ、どうだろうな。面白いと思ってたけど、最近はいまいち熱中できないな。それに男向けが多いから宮野にはつまらないと思うよ」

「そうなんだ。……んぐ」

 大丈夫かこいつ。喋りながらもどんどん飲んでいる。      

「この前は昆虫図鑑を見てたよね。変わってるんだ」

「時間を潰せたらなんでも良いんだ。講義の空き時間とか持て余すんだよな。ツレと遊ぶのも中途半端だし、マンネリ感がすごい」

 やっぱり宮野も俺に気付いていたのか。

 話したことが無いとはいえ知った顔だし、あれだけ鉢合わせていれば、俺でも宮野が好きな小説くらい分かる。

「バイトが無い日もいるよね」

「ああ。最近、図書館がマイブームだからな」

「そっかぁ。……んく」

 やたら饒舌になったがその反面、瞼が今にも落ちそうだ。   

 心配だから止めたいが、面白いから止めたくない。中々貴重な葛藤だ。

「……宮野、眼鏡は?」

 ふわふわと眠そうな横顔見ていたらふと思い出した。

 こいつはたしか、小学校からいつも眼鏡をかけていた。記憶が判然としないが、高校でもかけていたように思う。

「……今日は、コンタクト」

 一瞬だけ宮野のテンポが遅れた。酔っているんだろうか。

「へぇ、眼鏡はやめたのか」

「ううん、してるよ。家とかで」

 やっぱり宮野も女なんだな。全体的に地味な感は否めないが、年相応にお洒落に気を使っている。こうやって傍にいるとそれが良く分かる。だからなのか、記憶の中の宮野と少しずれている。

「宮野、中学の時の山口って先生覚えてるか?」

「あ、うん。ちょっと太い女の先生だよね」

「そうそう。あいつって理由もなく突然やめただろ。あれって教頭と不倫してたかららしいぜ」

「うそー」

 懐かしい話題を振ると、宮野もノリよく喰い付いてきた。

 それからは途切れることもなく、今日初めてまともに喋ったとは思えないほど会話が流暢に展開していった。

 やはり同輩だからなのか、それとも宮野が酔っているからなのか、十年来の友人であるかのように違和感がない。

 宮野は終始、相槌を打つ程度だが、話題に応じた表情の色を薄く見せてくれる。話うんぬんよりも、その表情をもっと変えたいと思わせる聞き上手だ。

「それでさ、………え?」

 話に夢中で気付かなかったが、いつの間にか四つの徳利が脇に移動している。

 俺は最初に注いだ分から足していない。ということは、こいつほとんど一人で飲みやがったのか。

 「ん~~……」

 うわぁ。なんか喉を鳴らして気持ちよさそうに虚空を見つめている。俺を見ているようで絶対見ていない。頭に糸でも着いてるかのようにふわふわと泳いでいて、真っ直ぐで柔らかそうな黒髪が左右に揺れている。 

「お、おい、大丈夫か? 気持ち悪くないか?」

「ん……。ちょっと、酔った、かも」

「全然ちょっとじゃないよな。吐くならトイレに連れて行ってやろうか?」

「ううん……。だいじょぶ」

「あーはいはい」

 酔っ払いの強がりは無視して、水を注いだコップを宮野の前に置いてやる。

 宮野は間延びした声で礼を言ってそれを飲むと、壁に肩と頭を預けて目を閉じた。おそらく世界が回っているんだろう。

 潰れても幹事……は、いなかった。ジミーズあたりがどうにかしてくれるだろうが、こんな状態にしてしまったのは俺だ。宮野が迷惑じゃないなら最後まで世話をしよう。と一瞬考えたが、正直面倒だから誰かに押し付けたい。

「……ん?」

 混沌としている会場をさかなに一人焼酎を飲んでいると、腰の辺りに微かな違和感。

 見ると宮野が俺のシャツの裾を、いつでも振りほどけそうな弱々しい力で遠慮気味につまんでいた。

「ふっ」

 思わず吹き出した。

 何というか、子供みたいに可愛い奴だ。

 

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