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smile  作者: 刃下
第二章
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第一話「再会、そして二度目のクランクイン」

全部フィクションです 全部関係ありません

「ちょっと姉さん、話があるんだけど」

「どうした?って、うわっ怖い顔」

「どうしたじゃないよ。何であいつがここにいるのさ」

「呼んだからに決まってるだろ?今回の撮影には必要じゃないか、女の子」

「だからって姉さんは・・・。何でよりによってあいつを呼んだのさ!」


話は二週間前にさかのぼる。

僕らが初めて出版した絵本が発売されて二ヶ月。

町ではシャッターの降りた本屋さんを、以前よりも多く見かけるようになった。

僕はそれでも負けじと続けている数少ない書店をまわり、どうにか僕らの本を置かせてもらえないか交渉する毎日を送っていた。

しかし現実は非常に厳しい。

「こんなもの置いてる余裕はないよ」だとか、「絵本のくせに子供に見せられないじゃないか」、「鬼の子の写真集だったら置いてもいいよ」など、ごもっともな意見と一緒につき返されることがほとんどだ。

それでも根気強く交渉を続け、少しずつだが置かせて貰えるようになってきた。

そんな時、また姉さんのわがままが始まった。


「よし、次の作品を撮るぞ」


姉さんはベッド代わりに使っているソファーから飛び起き、開口一番叫んだ。


「何か言った?」


いつもの持病の発作なので、僕は聞こえないふりで軽くあしらう事にする。


「大和、私は決めた。次を撮る」

「あ、そう。頑張って、姉さん」

「次の作品をとーるーぞー、やーまーとー」


恒例の駄々っ子が始まったので、僕は姉さんを徹底的に無視しながら、キーを叩く。


「なあ、やまとー」

「・・・・」

「なあったら」

「・・・・」

「お・ね・が・い・ハート♪」

「駄目に決まってるだろ、姉さん」


甘ったるい姉さんの声に耐え切れなくなった僕は、仕方なく口を開いた。


「前の本を出してからまだ二ヶ月。新しい本を出すには早いよ。だいたいそんな余裕、うちにはないからね」


我がままを押し通そうとする姉さんは、精神が幼児まで退行するため、分かりやすい理由を盾に説得する僕。しかし当の姉さんからは何の根拠もないくせに自信に溢れた言葉が返ってくる。


「うん、でも大丈夫」

「何が大丈夫なんだか・・・。前の本の在庫だって、まだこんなに」


僕は部屋の隅に積まれたダンボールから、紙束を一つ取り出しながら続ける。


「今はこれを少しずつでもさばかなきゃ。次なんて夢のまた夢だよ」


我ながら馬鹿にでも理解できる、いい説明だ。これで流石の姉さんも分かってくれるはず。

しかし普通の馬鹿とは一線を画す、大馬鹿の姉さんは僕の手から絵本を取り上げると、


「こんなもん知るかー!」


と言って床に叩きつけた。


「何すんのさ、姉さん。これ一応売り物なんだよ?」

「うるさい!私はこんなもの知らん。私は次を撮るんだー!」


言い出すと聞かないのはいつもの事。ごね続ける姉さんに、僕はさらなる説得を試みる。


「だいたい姉さんは自分のしたいことしかしないじゃないか。スケジュールの管理だって、役者の手配や場所をおさえるのだって僕じゃないか。あげく前回はそのスケジュールだって勝手に変えちゃうし・・・」

「ごちゃごちゃうるさーい!」


そういってムエタイの選手顔負けの蹴りを僕のお尻に叩き込んだ姉さん。


「痛い!手をあげたな、姉さん!」

「手は上げてない!」


感情的になった姉さんに、基本言い回しは通じない。普段はガンジーばりに広い心を持つ僕だが、流石に今回は頭にきたので、なおも興奮する姉さんに食い下がった。


「悔しいなら口で言い返せばいいじゃないか、なんですぐ蹴るのさ!」

「うるさーい、お前・・・口臭が爽やかなんだよ!」

「それは姉さんが歯磨き粉を食べさせたせいだろ。おかげで僕はずっと下痢気味だよ」


ダンボールいっぱいに詰め込まれた歯磨き粉を、姉さんは毎日執拗に僕に勧めてくる。勧めるというか、もはやあれは強要だ。日に一本ずつ、一週間もこんな生活が続いた僕は、ストレスも相まって常時お腹がゆるゆるだ。だというのに、口臭は朝昼晩ずっと爽やか。全然嬉しくないよ、馬鹿野郎!


「だから私が薬買ってきてやっただろ」

「いっきに一瓶飲ませようとする馬鹿に殺されかけたよ!」


真似、絶対ダメ。

涙目で訴える僕に、ようやく姉さんの声のトーンが下がってきた。


「くそー・・・、じゃあ全部私が用意したら撮っていいんだな!?」

「姉さんには無理だよ。あのまぬけな鬼たちのスーツ姿を忘れたの?」

「こんちくしょー!」


ついに追い込まれた姉さんは、苦し紛れの攻撃に打って出た。しかし、そこは精神的に追い詰められたせいか、動きは単調。飛んでくる姉さんの手刀をひらりひらりと避け続け、ため息をついてからパソコンの前に座りなおした。


「あで」

「やってやるー、うわああああああん」


最後の一発が後頭部にヒット。号泣しながら姉さんは部屋を出て行ってしまった。

少し言い過ぎたかなとも思ったが、その都度きちんと戒めておかないと、癖になってしまっては遅いのだ。

だいたい姉さんの思いつきはいつも企画倒れで、誰かが準備を手伝わなければ実行にうつされることはまずない。今回も同じだろうと、僕は思っていた。

しかし、今回の姉さんは違った。

姉さんは僕の知らないところで準備を進めていたのだ。そして本日、めでたく第二作目の撮影の日を迎えた。

ちなみに撮影について、姉さんから告げられたのは早朝のこと。

もちろん何も知らずに部屋で寝ていた僕は、いきなり姉さんに叩き起こされ、寝ぼけている間に後部座席に乗せられた。そして、気がついてみればこの竹やぶだ。

もう誘拐だろ、これ。

姉さんから受け取ったばかりの台本をぱらぱらとめくっていく。


「姉さん、ちなみに僕はこの絵本にも出てくるわけ?」

「当たり前だろ。前のが好評だったからな、今回もばっちり出すぞ」

「一部にね」

「ああ、ひなたにな」


で、なんやかんやありながら、他の出演者と顔合わせ。

そこでようやく、冒頭に戻る訳だ。



「何でここにかぐやがいるのさ」

「ひぃっ!」


少女は姉弟喧嘩の中に自分の名前がでてきたことに驚き、ぴくんと跳ね上がった。

僕はその様子を横目で見ながら、少女を指差して姉さんを問い詰めた。


「もしかして姉さん、名前が『かぐや』だから呼んだの?」

「まあな」


姉さんは全く表情を変えず、堂々と言ってのけた。


「選考基準は?」

「性別が女で、名前がかぐや」

「・・・だけ?」

「おう」


呆れた。

僕は急に襲われた激しい頭痛と腹痛に顔を歪める。


「あ、あのー、お久しぶりです、大和くん・・・」


少女は目に涙を浮かべならも、僕の正面に立ち頭を下げた。

紹介しよう。

彼女は僕の幼馴染、菊池かぐや。

菊池家とは親同士の仲がよかったため、子供の頃はよく遊んでいた。主に姉さんが、だ。女同士気でもあったのか、あるいは姉さんと波長が合うほどの馬鹿だったのかは分からないが、姉さんは何かといえばかぐやの事を可愛がり、僕は大抵邪険に扱われた。

僕はといえば、かぐやが嫌いだった。

姉さんに、蛙をパンツに入れられたこともない。

姉さんに、鼻でガムを膨らませるまで、押入れに閉じ込められたこともない。

雷雨の中、鉄のフライパンを背負って木登りさせられたこともないかぐやが、姉さんに可愛がられているのが納得いかなかった。

だから子供の頃の僕は、よく姉さんの無理難題の腹いせをかぐやにしてしまった。昔から腕っ節の弱かった僕は、悪口を本人に向けて言うばかりだった。

でもかぐやはほとんど喋らないし、僕が何を言ってもへらへらと笑っている。

そんなある日、僕はかぐやを泣かした。何を言ったのか、今はもう思い出せない。その後、飛んできた姉さんに川原の石を二十個積みあげるまで殴られ続けたのだけは覚えている。

その日を境に、僕はかぐやを避け、近寄らなくなった。

親同士の交流もなくなり、かぐやの姿を見たのは中学生の時以来だ。

僕はかぐやをきっと睨み、挨拶を返さなかった。


「出演料もいらないって言うんだ、文句ないだろ?」

「あるよ」


姉さんが僕の肩を掴みながら言う。


「演者同士仲良くしろ、分かったな?」

「・・・よろしく」


僕はかぐやの顔を一切見ずに、さっさと車に逃げ込んだ。





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