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smile  作者: 刃下
第一章
7/30

第七話「クランクアップ」

全部フィクションです 全部関係ありません

明るかった空があっという間にオレンジ色に染まっていく。はっきりと分かった空と雲との境目が次第に希薄になり、森の中がかすかにざわつき始めた。

朝にスタートした撮影もなんとか順調に進み、しかしどうやらここでタイムリミットのようだ。

初日のノルマだった動物たちとのシーンは撮影できたので、まあ合格点といったところ。明日は場所を変え、いよいよ島で鬼との決戦を撮ることになっている。このシーンは物語の中で一番の肝といっていいシーンだ。だからこそ場所選びにもこだわって、わざわざボートを借りて無人島まで行くようセッティングしてある。


「それなら断ったぞ」


姉さんはその一言で僕のこだわりを葬り去った。


「何してんだよ、姉さん!嘘でしょ?明日の撮影どうすんのさ!」

「大丈夫だ。明日の撮影なんて存在しない」

「へ?」


姉さんは不敵な笑みを浮かべると、僕のかばんから勝手に拝借してきたスケジュール帳を開いた。


「私たちが今日泊まるはずだった旅館。あの旅館の予約をいれたのは誰だったかな?」

「えっ?姉さんだけど・・・」


数週間前、僕と姉さんが宿選びをしていた時のことを思い出す。露天風呂がなきゃ嫌だの、マッサージがついてないと嫌だの、姉さんが散々駄々をこねたので、結局宿の決定はすべて姉さんに任せたんだった。後日、予約しておいてくれたって言うから安心してたんだけど、まさか・・・。


「あれはな、嘘だ。今日、私たちが予約している旅館なんて、この世界には一軒もない!」


真っ直ぐに天へと拳を突き上げながら、姉さんは高らかに叫んだ。


「馬鹿、姉さんの馬鹿!なんてことしてくれたんだよ!」

「何を慌てているんだ、大和。話は最後まで聞け。私にはな、秘策があるんだ」

「秘策?胡散臭い響きだなあ。まあでも一応聞くよ。で、その秘策って何さ」


僕の呆れた顔をいつも通りスルーし、姉さんは待ってましたと言わんばかりに腕を捲ると言った。


「今日ですべて撮り終えてしまえばいいんだよ」


至極当たり前な事を言ってのけた。

言い終えた姉さんは目を瞑り腕を広げ、聞こえてくるはずのない賞賛の声と万雷の拍手を待ち続けている。


「それで?」

「なんだよ、それでって」

「明日するはずだった鬼の撮影はどうすんのさ」

「そのことか。ちゃんと考えてるから大丈夫だよ、心配性だなあ。ここまで私の計算通りに来ているから」


姉さんはちらっと自分の腕時計に目を落とす。


「じゃあ、わたくしは少し準備がございますので」


そう言って話を勝手に終わらせ、姉さんは一人で車の方に歩いて行ってしまった。僕は自由奔放な姉さんが車の中に姿を消した後も、この後について思案を巡らせる。

最悪、今日はこの民家に一泊すればいい。食料は昼の分が少し残っている。あれを皆で分ければいいだろう。あとは布団の問題だけど・・・、この家はあくまで撮影のためのセットであって、人が泊まれるような準備はないんだよな。毛布くらいなら何枚かあるかもしれないけど、冷暖房なんてものはついてない。山の朝は寒そうだなあ。まあそれもこれも、姉さんなんかに旅館の手配を任せた僕が悪かったのだ。そう思って今は諦めるしかない。

すると部屋にいたはずの秋絵おばあちゃんが、玄関から出てきた。隣に雷太さんの姿はなく、恐らくまだ中で寝ているのだろう。


「どうしたんだい?」


秋絵おばあちゃんはしわくちゃの手で僕の両手を包み込みながら言った。


「いえね、姉さんがめちゃくちゃして困ってるんですよ」

「へえ、そうかいそうかい」


おっほっほと上品に笑う秋絵おばあちゃん。


「梅ちゃんと大和ちゃんは、ほんに仲がいいのね。ほら、喧嘩するほど仲がよい、なんて言うでしょ?」

「喧嘩ってほどのことじゃないんですけどね。何て言うか、姉さんは適当なんですよ」

「おっほっほ、仲良し、仲良し」

「そんな。秋絵おばあちゃんと雷太さんほどでもないですよ」

「あら、私たちそんなに仲良さそうに見えてた?実は私たち、そんなに仲良くないのよ。家の中じゃほとんど口を聞かないんだから」

「そうなんですか?」

「昔はそうでもなかったのよ。けど最近じゃ・・・。夫婦を演じてる、って感じなのかしらね」


予想外の答えに、僕は動揺してしまった。出会ったのは今日だし、時間にしてみれば10時間も一緒にいないけど、それでも傍から見ればとても仲のよい熟年夫婦だと思っていた。


「へえ、そうなんですか」

「ええ、きっと向こうも私のことなんてもうなんとも思ってないんじゃないかしら」


僕は口に手を当てて考え込み、そして口を開いた。


「・・・それは違うと思いますよ」


秋絵おばあちゃんは少し驚いた表情をしていた。


「あら、そう?どうしてそう思うの、大和ちゃん?」

「だって佐々木小次郎の生まれ変わりとまで言われた雷太んが、あの何でも斬ってしまいそうな雷太さんが切っていない縁なんですもん。それはすごく強い縁なんだと思います」


僕は思ったことをありのまま伝えた。何の証拠も説得力もない。ただの感情論だし、妄想だ。けど秋絵おばあさんはにっこりとした後、


「そうね、ありがとう大和ちゃん」


そう言って、手をしっかりと握ってくれた。






森の中に二つの光が灯った。光はどんどんと近づいてきて、それが車のヘッドライトだと分かったのは車体のすべてがお目見えした時だった。それだけ山の夜は暗闇に包まれていた。

バタン。

エンジンが止まり、車の扉が開く。男がぞろぞろと五人降りてきた。五人とも見るからに屈強で、黒スーツにサングラスという格好。まさかこんな山奥でそのスジの人に出くわすと思っていなかった僕は、混乱してしまった。足が小刻みに振るえ、冷や汗がにじみでる。

その時、五人の先頭にいた男が口を開いた。


「監督さんはどこにいらっしゃいますか」


その声からは敵意というか、相手を脅かそうという意思は感じられなかった。僕はごくりとツバを飲み込み、乾ききった喉を潤すとなんとかひねり出す様に口から言葉を発した。


「えっと、監督、ですか?」

「はい」


この辺りに工事現場はない。サッカー場だってない。監督というとやはり僕たちの撮影に関係した監督のことなのだろう。


「ええっと、監督はいませんが、一番近いのは僕だと思います」

「ああ、あなたがそうでしたか。これは失礼」


そういって男はサングラスをはずし、気さくに握手を求めてくる。


「いやー、お若いので気がつかずご無礼をいたしました。私こういうもので」


そういってスーツの胸元から名刺を一枚とり出した。


「あー・・・なるほど。そうでしたか」


真っ黒な下地に金色の文字。右上に悪役事務所と書いてあった。この事務所は強面の役者さんを専門に派遣しているところで、業界ではよく知られている事務所だ。筋肉隆々、まさに悪役という風貌の人が多く在籍していて、最近ではスタントにも力をいれているらしい。今回の撮影では、この事務所に鬼役の人材を頼んでいたんだった。だが、予定では来てもらうのは明日のはずだが・・・。


「すいません。少しここで待っていて貰えますか?」


恐らく姉さんの差し金だろう。僕は姉さんを呼びに、車へ駆け寄った。真っ暗で中はよく見えないけど、中で大きな物体がもぞもぞと動いているのが外からでもわかる。


「姉さん、鬼役の人達が到着したよ」


そういって車のドアに手をかけるが、中から鍵がかかっていて開かない。窓のところをこんこんとノックする。


「待て大和、開けんな。ちょっと待ってろ、開けたら殺すからな!」


車の中からドスの利いた声が返ってくる。僕は驚いて真後ろに飛びのき、尻餅ついてしまった。


「おい、今の声って・・・」

「すごい迫力だったな」

「監督にあんな態度をとれるなんて、車の中の人物は何者だ?」

「もしかして本当にそっち系の人か・・・?」

「監督が姉さんって言ってたしな」

「俺たち見かけはこんなだけど、本物はやばいよ」

「とりあえず逆らわないほうが良さそうだな」


悪役事務所の人達が口々にあらぬことを言っている。

しばらくして鍵の開く音。中から姉さんが悠然と登場した。


「姉さん、こちらの皆さんが鬼役の方々です」

「おうおう、諸君。今日はしっかりと頼むぞ」


さっきの演説ごっこがいまいち抜けていない姉さんは、大物風を気取った挨拶をする。


「・・・(間違いない、彼女はソッチ系の人だ)」


鬼役の方々はお互いに目で合図を送りあう。


「あねさん、今日はよろしくおねがいします!」


一直線に並び、背筋を伸ばすと、大きな声で挨拶を返した。


「おお、元気いいじゃねえか。こちらこそよろしくな」


たぶん年齢は姉さんの方が一回りも二回りも下だろう。しかし、いつの間にか鬼たちの心を完全に掴んだ姉さんは、腰に手を当て口を豪快に開き笑うのだった。






「聞くのが遅くなったけど、その格好なんなの」

「なんなのじゃねえよ」


姉さんは小道具の詰まった箱の中から金棒を取り出し、バットのように構える。そうかと思えば、背中に回し、ちょうど手の届かない部分をかく。


「その衣装のことだよ。競艇?」

「見れば分かるだろ。鬼だよ、鬼。今から私は鬼だ」


全身黒タイツで、トラ柄のパンツをはき、頭には角のついたカチューシャをしている。


「はっ、もしかしてそれが姉さんの本当の姿?」


昔から、こんな残虐な性格の人間でいるはずないと思ってたんだ。すると今までのは、世を忍ぶための仮の姿。あと何回変身を残しているんだろう。


「違うわ、馬鹿。それよりよく見ろ、どこからどう見たって完璧な鬼じゃないか?我ながら惚れ惚れする鬼っぷりだ」


手鏡を振り回しながら、色んな角度から自分を眺めている姉さん。

まあね、あなたの配下の鬼たちに比べれば姉さんはずっと鬼らしい鬼だよ。自分だけ衣装を用意しておいて、つい先ほど到着した姉さんの配下である鬼たちはサングラスにスーツ姿だぞ。鬼らしいところといえば、岩雄くんが画用紙とテープで用意した鬼の角がついてくるくらいなもんだ。事務所に連絡して日程を変更したまではよかったものの、鬼役の衣装が外部発注だってことまで姉さんは頭が回らず、このような奇怪な鬼たちを作りあげてしまった。だいたい明日届く鬼の衣装はどうするんだよ。


「あねさん、お茶です」

「おう」


いつの間にかボスらしい立ち振る舞いを身につけた姉さんが、配下の鬼から受け取ったお茶をずずずっと喉に流し込む。


「もう外真っ暗だよ。こんな暗さじゃフラッシュたいたって焼け石に水だよ、どうすんの?」

「暗いなら家の中で撮るしかないだろ」

「え?」


つい素っ頓狂な声を出してしまった。確かに家の中なら持ち込んだ照明機材と電灯で、撮影できなくもないけど。でも、


「鬼が家の中にいるの?」


そんな馬鹿な。


「鬼の方から攻め込んできたってことにすればいいだろ」


姉さんは真顔で、そう言う。

なんてご都合主義だ。姉さんの頭の中では、鬼が一市民による鬼退治の計画を嗅ぎつけ、わざわざ敵の本陣まで出向いた事になっているのだ。なんて情報戦に長けた鬼なんだ。サングラスとスーツは伊達じゃないな、おい。


「そんな改変していいのかな」

「いいの、いいの。だって外暗くて取れないんだし」


姉さんはまったく悪びれるそぶりがない。そうまで言い切られると、何だか僕もそれでいい気がしてくるから不思議だ。ああ、ごほん。諸君、これは決してやっつけって訳じゃないぞ。これはあれだ。リソースフルであり、ユースフルなのだ。


「姉さんが鬼役をしたら、誰がカメラを撮るのさ。僕は無理だよ?」


だって主人公だし。姉さん率いる鬼たちを実家で迎え撃たなきゃいけないし。


「タイマーで連写撮影だ、それでいこう」


姉さんはぽんと胸の前で手を叩き、さっさとカメラをいじりはじめる。

本当に自由だなあ。


「準備に少し時間がかかりそうだから、少し待ってろ」


意気揚々とカメラのセッティングを開始した姉さんだったが、連写機能とタイマー機能、いきなり二つを相手することになったため、だいぶ手こずっているようだ。


「大和さん、大和さん」


ぼーっと土壁を眺め、心を静めていた僕に岩雄くんが突然話しかけてきた。


「やばくないですか、梅さんの格好」


岩雄くんはカメラを相手に悪戦苦闘する姉さんを見ながら頬を赤らめている。


「何が?」

「ほら見てくださいよ。あの衣装、胸とかぴったりくっついちゃって。梅さんってすごい巨乳じゃないですか」


巨乳?そう言われてもう一度姉さんの方を見る。ああ、そっか。確かに姉さんはスタイルが悪くない。出るとこ出てるし、引っ込むところは引っ込んでる。だが、いかんせんその分性格が最悪なのだ。表に出ろと言われれば出ていくし、少しくらい引っ込み思案でもよかったのに。さらには、あの全身タイツだから体のラインがくっきりでてしまっているんだな。なるほど、あれは反則的だ。


「岩雄くんは巨乳が好きなの?」

「巨乳がいいですねー。僕はよく海外に行くんですけど、梅さんのは外人並にでかいですよ」


岩雄くんは鼻の下を伸ばしながら、嬉しそうに語る。


「そういえば大和さん。大和さんはずっと梅さんのことを姉さんと呼んでいますが、もしかして大和さんと梅さんって姉弟なんですか?」

「ああ、そういえばちゃんと紹介するって言ってまだしてなかったね。一応、姉弟だよ。性格は丸っきり違うけどね」

「えっ、やっぱりそうだったんですか?うわー、やっちゃったなあ。お姉さんなのに失礼なことを言ってしまった」


岩雄くんは独り言をぶつぶつと繰り返し、自分のミスを責めはじめた。

言われたとおり、自分の姉をそういう目で見ている人がいるとだいぶ引く。出来る事なら金輪際関わり合いを持ちたくないレベルだ。


「失礼ついでに言いますけど、本当に全然似てないですね」


おい、それは全く失礼じゃないぞ岩雄くん。その通り、似てないんだ。僕は似てはいけないんだ。

あんなのが家族に二人もいてみろ。この国では三日と持たず、警察のご厄介だ。


「おっし、テストいくぞー」


岩雄くんと喋ってる間に、ようやくセッティングを終えた姉さんから声がかかった。


「えっと、大和さんの苗字が野花だから・・・」

「あっ」


まずいと思ったときには手遅れだった。その辺の説明を全くしていなかった。


「おい、猿なんか言ったか」


顔を伏せた姉さんが岩雄くんに少しずつ近づいていく。


「いえ、苗字をですね。野花・・・梅さん。あ、もしかして海外だとウメ ノハナになるんですか?」

「それがどうした」

「僕結構外国に旅とかするんで思いついたんです。すごい発見じゃないですか?ウメ ノハナ。梅の花、なんつって」


岩雄くん渾身のジョークに、一切笑い声は返ってこない。一歩、また一歩と姉さんは指を鳴らしながら岩雄くんに近づいていく。この辺でようやく岩雄くんも空気がおかしくなったことに気がついた。

しかしあまりにも遅すぎた。


「誰が梅の花じゃああああああああああああああ」


怒りが頂点に達し、鬼神となった姉さんが岩雄くんの腹を間髪いれずに殴り飛ばした。


「あざああああああああああっす」


何故か感謝の言葉を残し、体をくの字に曲げながらまるで重力が逆転したんじゃないかと思うくらい浮かび上がった岩雄くん。あの状態で声が出せるのかと感心しながら、僕は手を合わせた。

なおも姉さんのラッシュは止まらないあ。車に引かれた蛙のように、壁に叩きつけられる岩雄くんは、これも何故か恍惚の表情を浮かべていた。


「姉さんやめて!」


壁が、後ろの土壁が崩れる!弁償できないよ!

岩雄くんがとうとう、ずるずると壁伝いに床に崩れ落ちた。一目で分かる。意識はない。


「収まんねえ・・・」

「へ?」

「大和ー!」

「ええええ!?」


姉さんは気を失った相手は襲わない。なぜならそれ以上やれば相手が死ぬ事を知っているからだ。

しかし怒りを発散しきれなかった姉さんの怒りの矛先が、僕に向いた。


「僕は何も言ってないじゃないか!」

「うるせー!覚悟しろ!桃太郎!」


やっぱりあんた鬼だよ、姉さん。猿をレバーでKOし、犬とキジはすでにトラックの荷台。やっぱり人間は、鬼には勝てなかった。


「ほーらほーら姉さん」


窮地に追い込まれた僕は、姉さんの顔の前で指をくるくると回す。これぞ、さっき知った馬鹿を黙らせる必殺技だ。

当然それを見た姉さんは、


「なんのつもりだ、オラァ!」


そりゃそうだよね。







焼きあがった写真には、対決の前から立っているのがやっとな怪我を負った主人公と、意識なく壁に叩きつけられている猿。右上に集合写真を休んだ時みたいな犬とニワトリの写真。直前の暴力事件を見て、すっかり顔面蒼白になったスーツ姿の鬼と、それを従え高笑いをかます姉さん。その光景を見てなお微笑みを忘れない秋絵おばあちゃんと、あの騒ぎの間も普通に眠ったままだった雷太さん。

散々なクランクアップだった。



「姉さん、それ以上は!・・・岩雄くんが死んじゃうよ!」

「おい、起きろ大和」

「はっ 夢か」


よかった。姉さんの手によって打ち上げられたロケットに、猿として乗せられた岩雄くんはいなかったんだ。


「で、どうだ?本の売れ行きは」

「聞かなくても分かるでしょ。それでも少しは売れてることに驚いたくらいだよ」

「いやー、好評だったぞ?一部には」

「一部ってどこさ」

「ひなた」

「あー、そっか。・・・じゃ、いいか」

「ああ、オールオッケーだ」

「・・・って全然オッケーじゃないよ!来月の食費どうすんのさ!」

「心配すんなって」


姉さんは大きなダンボールを二つ、ドアの向こうから持ってきた。

一つ目のダンボールを開ける。中には気持ち悪い色の果物が、所狭しとつまっていた。


「これは猿雄から。あと三箱これがあるぞ、南国の果物だってよ」


おしい、けど名前が違うぞ姉さん。


「どうして岩雄くんからそんな果物が届いたの?」

「なんか今旅してるらしいぞ」


なるほど。岩雄くんは今現地にいるのか。

へえ、猿顔の岩雄くんが世界を旅ねえ。

猿岩・・・歌とか作っちゃいそうだなあ。


「ロバ連れて旅してそうだよな」

「姉さん、それは別のコンビだよ」


もう一つの箱を開けてみる。


「これはじいちゃんとばあちゃんから。息子の会社の試供品だってよ」


じいちゃん・・・ああ来音さん夫婦のことか。


「大和ちゃんにだってよ、よかったな」

「ああ、うん」


中を覗いてみると箱いっぱいに新製品の歯磨き粉が詰まっていた。


「よかったな。これで来月の食費が浮くってもんだ。残さず食べるんだぞ?」

「分かって・・・え?」


本気か冗談か、姉さんは豪快に笑った。

一章おわり 二章につづく

書き直し終了 16/7/3

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