第六話「動物奇想天外」
全部フィクションです 全部関係ありません
「ここと、ここと、ここ。あとここにも判子押して。・・・はい、じゃあ今日中にお電話いただければ回収に伺いますので。ええ、ではまた後ほど」
「はい、よろしくお願いします。ありがとうございました・・・」
ブロロロロ
深い新緑の世界に真っ黒な煙を巻き上げながら、トラックは大小二つのゲージを残し去っていった。小さい方のゲージからは、トラックから荷卸しする最中にも聞こえた固い物でゲージの内側をつつく音、そして独特の鳴き声がひっきりなしに聞こえてくる。対照的に、大きいほうのゲージは本当に中身が入っているのか不安になるくらい物音一つしなかった。
「お、届いた!届いた!」
親戚に貰ったお年玉袋の中身を確認する子供のような顔で、姉さんが小さな方のゲージを覗き込んだ。
しかし途端に表情は一変する。
「おい大和、これは何だ」
「えーっと、キジー・・・だよね」
「キジってお前、どう見てもこれはキジじゃないだろ」
ゲージの角をコツコツと叩きながら、姉さんは言う。
流石の姉さんも度肝を抜かれたのか、口に手を当てて考え込んでいる様子だ。
「これは・・・正真正銘ニワトリだろ」
「そうだね。何処に出しても恥ずかしくないニワトリだね」
ニワトリと僕、交互に見比べながら、姉さんはどんなリアクションをとっていいものか悩んでいるみたいだった。
「姉さん、怒鳴る前に聞いて欲しいんだけど、今時キジなんておいそれと借りられないんだって。それでさ、一応僕も業者の人に訊ねたよ。そしたら別の鳥なら借りられるって言うからさ。で、その候補が・・・ペンギンかニワトリ?だったらニワトリの方がまだキジっぽいでしょ」
「いや、キジっぽいって言われても。もうその二択なら、どちらかと言えばペンギンの方が私はよかったよ」
「ペンギンはほら。料金がかかるから、どっち道ニワトリ以外の選択肢はなかったんだよねーはははー」
僕はたまらず空笑いを浮かべる。姉さんは顔を引きつらせ、仕方なく大きい方のゲージを覗いた。
「お、こっちはちゃんとした犬が入ってるじゃないか・・・ちょっとでかいなあ」
姉さんは業者から手渡されていた資料を僕の手からひったくると、興味深げに眼を通す。
「えっと、なになに。グレートピレニーズ。名前はスモールか。どこがだよ、すげえでかいぞ」
目を丸くする姉さん。それに関して、僕も異存はない。
飼い主は何を思い、この巨大な犬にスモールなんて名前をつけたのだろうか。
「とりあえず私はこいつら見張ってるからよ、それ、岩雄に渡してこいよ」
「うん・・・いってくる」
僕は別途業者から渡されていた袋を手に、岩雄くんの待つ民家へと入っていった。
岩雄くんは休憩時間を使って熱心に台本を読んでいた。台本といっても台詞があるわけではない。おおまかに撮影の順番や、シーンのイメージが書かれた程度の物である。
「岩雄くん、届いたよ」
僕はハムスターがひまわりの種をかじる時みたいに、背を丸め小さくなって台本に目を通す岩雄くんに、業者から預かった荷物を渡した。
「あ、届きました?どうもっす!」
今まで溜めていた力を解放するかのように、全身全霊でお辞儀をする岩雄くん。
僕はあまりの声の大きさに二歩、三歩後ずさりする。
「岩雄くんさ・・・失礼かもしれないけど・・・大丈夫?」
恐る恐る訊ねた僕に、岩雄くんはさっぱり何のことか分からない様子で、首をかしげた。ただでさえ猿っぽい岩雄くんが、まさにテレビで見かける猿と瓜二つになる。
「えっと・・・大丈夫、ですか?何がです?」
「岩雄くん、君、派遣する会社に人としてじゃなくて猿として登録されているよ?」
どうして今日岩雄くんが呼ばれているのか。それは物語の核となる主人公役として派遣されたからではない。かと言って、他の役でも、スタッフとして集められた訳でもない。
だとすれば、彼がこうしてこの場所にいるのはおかしいじゃないか。いや、そうじゃない。彼には彼のちゃんとした仕事があって、今日この場所にやって来たのだ。それというのも、何がどこでこうなったのか、彼はれっきとした猿役として、今この場所に立っている。
ああ、そのことかと岩雄くんはさっぱりとした顔で答える。
「でもこのバイト、普通のバイトより給料がいいんすよ!」
そう言って、親指と中指、薬指をくっつけると指でキツネの形を作った。
(間違ってるぞ、岩雄くん。その形じゃ、お金を表現することはできない)
言われてみれば、確かに人の言葉をすべて理解するサルがいたとすれば、どこにいったって重宝されるに違いない。それこそ人間が滅んだあとに、猿が王国を作ってしまう映画もあるくらいだ。もし次作があるのだとしたら、彼ほどの適役はいないだろう。彼はその筋の先駆けとなるべく、千年に一人の逸材ではないか!
・・・いやいや。その前に彼は人間だ。サルを注文して彼が来たら、それはもう立派な詐欺だろう。だいたい人間を猿として登録する会社側の姿勢は大丈夫なのか?その、法とか人権とか。
「本人がいいんなら、それでいいじゃないか」
いつの間にか戻って来た姉さんが袋から茶色い全身タイツを取り出す。偉そうに決め込んでるが、動物たちの見張りはどうした。見張りは。
「でもさ、姉さん」
「うるせえ。こいつにも色々事情があるんだよ。部外者が口出すんじゃねえよ」
姉さんは僕に一括をくれてやると、手をひらひらと振りながら表に出て行ってしまった。残された僕らは、手元に残った全身タイツに視線を送る。見れば見るほど、それが少しずつ何かの抜け殻のように思えてきて、僕はそこで考えるのをやめた。
「おい、こいつは一体どういうことだ」
撮影の場所を山道に移した僕らは、適当な場所でお供になるはずの三匹?(二匹+一人)を一列に並べてみる。
「猿が一番イメージに近いじゃないか」
キジ・・・の代役であるニワトリは興奮状態でゲージから出せないので論外。種族としては同じ犬だが、真っ白で大きく、やる気がないのかベロを出したまま寝転がって動かこうとしないスモール。
「あざっす!あっ、いや、ウッキー!」
結果的にカメラマンの言葉に受け答えできる、この全身タイツの猿が一番まともだという位置づけになってしまった。僕はまんざらでもない顔をしている猿を見て、いろんな意味で頭を抱える。
「おし、いいぞ猿。大和、持ってきたか?」
「う、うん」
僕はクーラーボックスに入れてあったお団子を腰に吊り下げた袋に詰めていく。
「まずはそこのうるせえキジからいくぞ」
「そうだね、これを後回しにはできないもんね・・・」
底なしの体力で。いまだにゲージの中で大暴れのニワトリ。朝とか昼とか関係なく、鳴きやむ様子はない。
「どうやって撮ろうか」
「んー、離すと逃げ出すしな。お前が抱えるしかないんじゃないか?」
「やっぱりそうかー・・・」
正直に言えば怖い。ニワトリとか、すごく嫌い。昔やった緑色の服を着た少年が冒険するゲームでも、暴れるニワトリがどんなモンスターよりも危険だった。彼らはどこからともなく何匹も何匹も現れて、僕のハートを奪っていくんだ。
抜き足差し足で近づく僕に気が付いたニワトリが。より一層激しく暴れ始めた。
「姉さん、無理だ」
泣き言をこぼす僕を見かねて、カメラを持つ姉さんがニワトリに近づいていく。
「ほーら、ほらほらほら」
おもむろにニワトリに向かって指を伸ばした。トンボを捕まえるみたいに、顔の前で指をくーるくーる回すと、さっきまであんなにうるさかったニワトリが嘘のように静かになってしまった。
姉さんは豪快に笑いながら、
「はははっ、こいつ馬鹿だ!」
と勝ち誇っている。
なるほど、馬鹿は馬鹿同士、どうすれば静かになるのか知っているんだな。これは覚えておいて、今度姉さんに対して使おう。
僕はぴたりと動かなくなったニワトリを抱え、カメラの前に立つ。そして腰の巾着から団子を一つ取り出して、ニワトリの口元に運んだ。
「うわっ!?」
途端にさっきまで死んだように静かだったニワトリが息を吹き返し、暴れ始める。
「姉さん、助けて!」
ニワトリが腕の中で暴れて、そこらじゅうに羽が飛び散る。見ようによっては、僕がニワトリをいじめているようにとられてしまうかもしれないが、それはまるで的外れだ。見ろ、この腕の傷。こいつら完全に殺人兵器だ。
「ちょっと待て、撮るぞ!」
助けを求める僕を差し置いて、カシャカシャと何枚もシャッターを切っていく姉さん。
「よし、いいぞ。もういれろ!」
僕は急いでゲージの中にニワトリを投げ込んだ。
「大和、すでに鬼と一戦交えたような格好になってんぞ。あっはっは」
自作の服は、ニワトリの爪とくちばしでところどころ破れていた。汗だくになった僕を指さし、笑う姉さん。
「よし、このままの流れでバシバシ撮っちゃうからな」
鬼か、この人は。
リードを外しても、一向に逃げ出すそぶりすら見せないスモール。
「おい、お前やる気あんのか?」
姉さんが軽く頭をはたいてもスモールのあごが地面から離れることはない。
「おい、スモウ、スモウ、おい立てスモウ」
すでに名前を間違えて覚えている姉さん。でかいし、そっちの方が似合ってる気もするけどさ。
「おい、本田。起きろ」
「勝手に苗字までつけないでよ」
仕方なく、僕は袋から団子を一つ取り出し、スモールの鼻に近づけてみた。最初、何の関心も見せなかったスモールだったが、しばらくして右目がぱちりと開き、続いて左目。クンクンと入念ににおいを嗅いだあとで、いきなりピクンと体が跳ねると、重たい腰を上げお座りをしたのだ。
「お、現金なやつだ」
「あれ、犬って団子食べていいのかな?」
今までペットというものに縁がなかった僕らは、あまりそういう知識がない。たまに見るクイズ番組で犬にはネギやチョコレートをあげてはいけないってのを見たけど、お団子は大丈夫だろうか。
「そうだな、喉につまりそうだしなあ」
そう言いながらも姉さんは団子をスモールの口元まで持ってくる。
パクッ
目にも留まらぬ早業で団子を奪い取ったスモールは、僕たちの手の届かないところまで移動してから、団子を口から吐き出した。そして吐き出した団子を何回かに分けて少しずつたいらげていく。
「お、食べた。大丈夫なんじゃん?」
姉さんは巾着袋に残っていた2つの団子を手に、スモールの元へ駆け寄る。
「おい、今がチャンスだ。撮るぞ、来い」
三脚を移動させてカメラのセッティングを始めた。美味そうに、一つ、また一つと団子をたいらげていくスモール。
「秒読み」
「あ、うん。3.2.1」
カシャ
実に満足げに、先払いの団子を咥えたスモールがそこには写っていた。
「ってことで団子はなくなったんだけど・・・」
「別にいいっすよ!」
その後、岩雄くんとの笑顔のツーショット写真を撮り、ここに打倒鬼パーティーが完成しましたとさ。




