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smile  作者: 刃下
第四章
20/30

第二話「実はピラミッドはお墓ではない」

全部フィクションです 全部関係ありません。

首を曲げなければ見通すことのできない高い天井。夜空に輝く星々のように、無数に散りばめられた照明。一目で高級品だと分かる、シックな色の音響機材。

そして僕らの現場とは決定的に違う代物。一台数百万はすると言われる撮影用のビデオカメラ。それが一つ、二つ、三つ、四つとスタジオの半分を占領している。


「あのぅ・・・大和くん、やっぱり怒ってます・・・よね」

「・・・」


かぐやが無理やり作った笑顔を消して、下を向いた。僕はその横顔をちらっと見てから、視線を渡されたばかりの台本へと落とす。

パコン


「痛っ」


豪勢なセットの中でも物おじすることなく、堂々と歩いてきた姉さんに丸めた台本で頭を叩かれた。


「かぐやにあたるな。すぐにメールを消さなかったお前も悪いだろ」

「それは、・・・そうだけど」


僕は叩かれた後頭部を摩りながら唇を尖らせた。


「で、どうだったの?交渉できた?」

「んー、駄目だな。門前払いってやつだ。依頼のメールにも、分かりやすく書かれてたことだし、受諾の返信をしちまった以上こっちは何も言えない。うちの決定権はかぐやの演技についてぐらいなもんだ」

「そっか・・・」


ため息をつきながら肩を落とす。


「ごめんね、お姉ちゃん・・・」


目にいっぱい涙を溜めて、かぐやが姉さんにすがりついた。姉さんは手を広げ、かぐやを包み込んでやると頭を優しく撫でる。


「よしよし、泣くなかぐや。私に鼻水がつくから。おい、つくつく、つくってば」


号泣するかぐやを強引に引き剥がし、自腹で買った余所行きの服に鼻水がついていないかを調べている。行き場を失ったかぐやが目線を彷徨わせ、ちょうど視線上にいた僕の方を見た。だが、何かを諦めたように下を向くと、その場でしゅんしゅんと鼻を鳴らし始めた。


「それにしても打ち合わせも何もなしでいきなり本番かよ」

「そうだね。先方はずいぶんと急いでいるのかな」

「どうだか」

「あるいは姉さんみたいにガサツな人かもしれない」

「なんだと?私のどこがガサツだ。詳しく聞かせて貰おうじゃないか」


すると、黒のスーツを着た男を三人引き連れた女性が、つかつかと僕の前にやってきた。


「本日はよろしくお願い致します」


いきなり目の前に右手を差し出して、握手を求めてくる。僕は面食らいながらも、同じように手を差し出した。


「あなたがYUカンパニーの代表者さんかしら?」

「いえ、代表者はあっちの女の人が・・・」

「あら、そう。では後ほど。・・・ちょっと、あれを」

「はっ」


女性は回れ右をし、姉さんの方へと歩みを進める。歩きながら、後ろにいた三人の男の内、向かって左にいた男が胸元からウエットティッシュを取り出した。そして握手した方の手を満遍なく綺麗に拭いている。何だあの態度、むかつくな。


「あなたがYUカンパニーの代表者かしら?」

「ああ、そうだ。さっきこっちから挨拶に行ったんだがな」

「そうでしたの?いやー、存じませんでしたわ。それは本ッ当に申し訳ないことをしまして」


とは言っているものの、謝っているようには聞こえなかったし、頭を下げるつもりもないらしい。高笑いを上げながら、手を差し出して握手を求める。姉さんはその手を見て、「やたらとギラギラしてるな」と指についた無数の宝石たちについて感想を述べた。


「そうかしら?これくらい女優なら普通ですわよ」


指だけではない。胸元、いや体中につけた装飾品や宝石がビカビカとライトの光を反射する。もはや光りすぎていて、逆にチープに見えてしまっている。子供の頃に集めたお菓子についてくるオマケに、あんなぴかぴかしたシールがあったなあ。ゼウスとか、デビルとかってシール。


「クリスマスツリーみたいだな、あんた。女優の間では、仮装大会が流行ってんのか?」

「あら~、あなたはもう少し輝きを取り入れた方がよくってよ?宝石くらいは光ってないと、一般人はどこにいるのか見えなくなっちゃうでしょ?オーッホッホッホ」


まだ撮影が始まっていないというのに、すでにスタジオ内には不穏な空気が流れる。それもそのはず、この仕事は僕も姉さんも最初から乗り気ではないのだ。その上こんな扱いを受けてしまっては、上手くいくものも上手くいかなくなるのは当然。お互いがお互いを牽制し、今にもどちらからとは言わず、手が出そうな雰囲気だ。


「やめとくよ。私にコスプレの趣味はないし」


いやいやいや、姉さんすげーコスプレしてたじゃん。鬼とか幽霊とか。じゃあ、あれは何だったんだ?


「ふふっ、ご覧になって?この指輪が200万円。こっちが300万円。この時計はオーダーメイドで600万円いたしましたの。そして・・・」

「そんなにあるなら一つくらいくれよ」


姉さんは、うん百万もする宝石を子供がお菓子を一つおねだりするくらいの軽さで要求した。


「・・・・・・またまたご冗談がお上手ね、オーッホッホ」


指輪を見せびらかすように、口に手を当てながら笑う。その様子を眺めながら僕は思う。あまりうちの姉さんを舐めるなよ?姉さんの場合、全然冗談だと思ってないから。そんなに沢山あるなら一つくらい貰えるんじゃないかと本気で思って言ってるんだぞ。


「だけど・・・私、くだらない冗談が大嫌いなの」


いっきに場の空気が張り詰める。手で口元は隠れているものの、見えている目が鋭く姉さんを睨みつけている。僕が直接睨まれている訳でもないのに、ゾクリと背筋が凍った。


「隣の家に塀が建った。ウォール」


親指をぐっと上げて見せ付ける。なんかおかしい。へぇ~、でもイエーイでもよかったのに、何故トリッキーなウォールに向かってしまったのか。なんか掛け声っぽいからそれでもいいけど、なんかおかしい事に気づいて、姉さん。


「・・・まあいいわ。それより先ほどの話の続きだけど、この靴が80万円、ネックレスが・・・」

「おばさん、後ろの人達って誰?おばさんの彼氏?」

「このイヤリングも50万円、自宅は高級住宅地にある・・・」

「ねえねえ、あんたらいくらでこのおばさんに雇われてんの?」

「来年には避暑地に別荘も・・・」


すごい光景だ。相手の話を聞かない女二人が会話(?)をしている。お互いがお互いの話を全く聞かないから、終わりどころが全然見えてこない。同じ言語を操りながら、こうも意思の疎通ができていない光景はある意味貴重だぞ。延々続く自慢話に戸惑い顔の黒スーツ達が、お墓をピラミッドにするという壮大な話が終わったところで声をかけた。


「・・・コホン。とりあえずよろしくお願い致しますわね」


咳払いの後、一瞬だけかぐやの方へ目をやった。


「・・・フンッ」


さっさとユーターンし、男たちを引き連れてスタジオの外へ戻っていった。のっけから好感度がだだ下がりしているあの方こそ、今回の依頼者件監督、そして主演まで務めてしまう女優の古井沢紗耶子(ふるいざわさやこ)だ。我が国の三大女優と呼ばれるうちの一人で、主にドラマや映画なんかで活躍している。しかし最近では年齢の若いアイドルや、演技よりもバラエティで笑いの取れるモデルなんかに人気が集中して、テレビで見かける日もめっきり少なくなってしまった。

とは言え普段テレビをあまり見ない僕や姉さんでも知ってたくらいだから、知名度はかなりのもの。ついでに言えば、稼ぎの方も相当らしい。

ブルジョアはやっぱり違うなー、と思いつつ平民はコンビニのおにぎりをほお張っていると、イライラ顔の姉さんが近づいてきた。


「わりい。最後の方、あいつの言ってること全然耳に入ってこなかった。何か重要なこと言ってたか?」


鼻の頭をぽりぽりと掻きながら言う姉さん。ほんと便利な耳だよ。聞きたくない音は入ってこないようにフィルターがあるんだもん。何故かよく僕の声がそれに引っかかってるみたいだから、壊れてるのかと思ってたけど、そうじゃなかったみたいだね。


「何一つ、重要な事は言ってなかったよ」


姉さんと古井沢の冷戦以降、いつまで経っても依頼者側から何の音沙汰もないので僕らは暇を持て余していた。だいたい僕らが撮影する時は、姉さんの気分しだいで撮影のテンポが早くもなるし、遅くもなる。それは僕らの撮影が少人数だからできる事であって、今は何十人もの人が一斉に動いているという違いがある。小さなトラブルで、全てが止まってしまう可能性もある以上、準備に時間がかかっているのかもしれない。

僕は紙コップに本日三杯目のコーヒーを注ぎ、パイプ椅子へ腰を下ろしてから口をつけた。

(スタジオって物が多いんだなあ)

山とつまれたダンボールや、何が入っているか見当もつかない木箱があちらこちらに見える。僕はそれらをじっくり観察しながら、コーヒーを飲みほした。

すると木箱の陰から頭が一つ、ピョコっと現れた。何だろう。大きさからすると子供・・・かな?でもなんで子供が?・・・うーん。

注意深く視線を送っていると、その頭の横からもう一つ、小さな頭が現れた。分身した!?


「「ばー!」」

「うわあ!」


驚いてパイプ椅子からころげ落ちてしまった。


「あはははは、兄ちゃんどんくさーい!」

「あはははは、どんくさーい!」


ひっくり返っている僕は、物陰から急に飛び出してきた、ひなたぐらいの年齢の女の子二人に指をさされた。


「何するんだよ!」

「わっ、もしかして怒ったっぽい?」

「怒ったっぽい!」


二人は顔を真っ赤にして、頭から蒸気を発する僕の周りをぐるぐると回り始める。そして急に立ち止まり、二人が横一列に並んで言った。


「どっちが英子で」

「どっちが雄太だ?」


二人ともニコニコと嬉しそうしながら僕の回答を待つ。英子・・・雄太・・・、何の事だ?暗号か??僕は依然として笑顔を崩さない二人に、至極当たり前な質問をした。


「英子?雄太?何の話?」

「名前だよ、名前!僕らの名前!」

「えっと・・・僕は二人のどっちが英子で、どっちが雄太か、そもそも正解を知らないんだけど・・・」


二人はポカーンと口を開けて、お互いを見合った後、

「あれ、そうだっけー?」

「そうだったー!」

と楽しそうに笑った。


「私が英子だよ」

「僕が雄太だよ」

「「よろしくね、兄ちゃん」」


一斉に手を差し出した。


「あれ、きみ男の子だったの?」

「そうだよ。雄太が男の子で」

「英子が女の子!」


身長や顔の造り、パッと見では二人の違いが分からない。双子だろうか?髪型も同じショートヘアーで、声の高さまで瓜二つだ。しかし二人のうち、一人は男の子だという。こればっかりはどうにも疑わしく思えるほど、二人の顔は可愛らしい上にそっくりだった。


「証拠見せてあげるー!」


雄太が急にカチャカチャとベルトをいじり始めた。だいたい何をする気か見当のついた僕は慌ててそれを止める。


「いや、見ない見ない。大丈夫。僕は二人を信じるよ」

「そー?」

「でも、何で君たちはここに?迷子?」

「違うよ、英子達は役者だよ!」


英子が机に置いてあった僕の台本をつかみ、ぱらぱらとページをめくってから指差した。


「ここ」


本当だ・・・、確かにちゃんと二人の名前が載ってる。


「兄ちゃんも出るのー?」

「出ないー?」


二人はそれぞれ左右違う方向に首をかしげた。あまりに似ているので鏡に映った虚像ではないかと勘違いしそうになる。


「僕は出ないんだよ」

「じゃあ兄ちゃんは、どうしてここにいるの?」

「えっと、それはね」

「不審者?」

「不審者!?」

「「不審者がいまーす!」」

「ま、待って!違うってば!」


ガードマンに脇を固められ、スタジオから締め出されそうになっていたところを、駆け付けた姉さんが説明して、なんとか事なきを得た。




スタジオに入って二時間が経ち、ようやくその場にいる演者やスタッフ全員を集めて、監督から説明があった。


「紹介する必要なんてないでしょうけど、一応。私が監督で主演の古井沢沙麻子よ。どうぞよろしく」


やはりここでも頭は下げなかった。どこからともなく大きな拍手が巻き起こる。


「それでいきなりですけど、良くないニュースです。私の相手役を勤めるはずだった俳優さんが事故で到着がかなり遅れるそうです」


古井沢の言葉を受けて、周りがにわかにざわつき始める。恐らく撮影のスタートが伸びていたのも、これが原因だったのだろう。しかし、そうなるともう撮影どころではない。いくら高価な機材やセットがあっても、演者がいないのではお話にならない。


「はいはいはいー!」


いつだろと、どこだろうと空気が読めない姉さんは、現場のシリアスムードも気にせずに、元気よく手を挙げた。


「何かしら、YUカンパニーさん」

「私がいい俳優を知ってるんだ。どうせ遅れてるんだったら、そいつを使ってみないか?」

「いえ、その必要はないわ。遅れているといっても、こちらには向かっているはずだから」

「でもよ、うちとの契約は今日をいれて三日限りだぞ?延長はなし。もしも撮り切れなきゃ、この撮影自体がおじゃんだ。もちろんそれでも契約の金は頂くけどな。話を戻すが、三日しかない撮影時間の丸々一日をドブに捨てちまってもいいのか?」


姉さんの挑発的な言葉に、珍しく古井沢が反応し、考え込んだ。


「・・・そのいい俳優ってのは、一体誰の事かしら」

「こいつ」


姉さんは僕の手を掴み、持ち上げた。僕は反対の手で、自分自身を指差す。ワンテンポ遅れてようやく姉さんの言っている意味を理解した。


「はっ!?僕!?」


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