第六話「ウサギの目」
全部フィクションです 全部関係ありません
「じゃあ私は次の準備があるから」
そう言って、僕が詰め寄る前に姉さんはさっさと奥の部屋へはけていった。地面には永遠にかかることのない姉さんからの声を待ち続ける男たち。僕はなんとも気の毒な武士たちに声をかけ、土を払ってから部屋にあがって貰った。引き上げる際、誰一人とて姉さんの文句を言わないのが、なんとまあ涙を誘うじゃないか。あるいはよくぞここまで躾けられたなあと。
「はぁ・・・」
照明機材を持ちあげる手が痺れる。重さもさることながら、ずっと同じ姿勢でいないといけないのがかなり辛い。朝からの強行軍で、疲れもピークに達していた。
僕は機材を地面に下ろし、肩を二度回す。そして、姉さんの誘拐に幕を開けた今日という日を振り返った。
と、言っても考える事は決まっている。かぐやとの再会だ。
一日近くで過ごして感じたのは、かぐやはかぐやのままだったってこと。無口でいつもおどおどしていて、何かあればすぐに姉さん姉さん。それはつまり、僕が嫌っていたあの頃のかぐやのままだったって事だ。
しかし何故なんだろう。不思議とあの頃みたいな無限に湧き上がって来る怒りはない。多少の嫌悪感、でもそれは食わず嫌いのようなもので、田んぼに突き落としてやりたいだとか、財布の中身を全て十円玉に両替してやりたいだとか、筆箱の中にお刺身をいれてやりたいだとか、昔は常に考えていたそういう憎悪は、綺麗さっぱりなくなっていた。
それは単に僕が大人になったからなのか、それとも他に理由があるのか。いくら考えても答えは出なかった。僕は池の周りにある石に腰掛けながら、ぼーっと鯉を眺める。
ざっざっざっ。
誰かが近づく足音がする。時間帯はそれほどでもないが、人工の光が少ないせいか辺りは真っ暗といっていい。そして背後には雰囲気ある武家屋敷。臆病心をくすぐるには十分のシチュエーションだ。しかし、いかんせん今の僕は心身共に疲れ果てている。疲労は判断を鈍らせ、感情をマヒさせる。普段であれば背筋に冷たい物を走らせ、鳥肌の一つでも立ててあげるところなのだが、今となっては「幽霊さん出てきたんですか、すいません僕は今疲れてましてね。どうです、一緒に労をねぎらいながら一杯」くらいのテンションだ。それじゃあ幽霊さんだって、脅かしがいがない。
だいたい冷静になってみれば、誰が来たかくらいの見当はつく。どうせ次の撮影の準備に来た姉さんだろう?きっと前の撮影の鬼役みたいに、最後においしい役を自分にとっておいたに違いない。姉さんってそういう所はきちっとしてるんだよなあ。
振り返った僕は、しかし予想が外れたことに気づく。そこに立っていたのは姉さんではなく、かぐやだった。かぐやのきらびやかな衣装が、月明かりを反射してキラキラと輝く。それはまるで池の水面と共鳴しているかのようで、僕は言葉を失った。そして疲れきった僕の目に、それ以上に美しく、存在感を主張していたのが、何を隠そうかぐや自身だった。
かぐやは思いつめたような顔をして、僕の数歩分前の地面を見つめている。まさか文句の一つでも言いに来たのだろうか。あるいは積年の恨みを今ここで晴らす的な、お礼参りの一種だろうか。だが、かぐやは一切言葉を発さず、立ち尽くしている。
二人とも黙ったまま一分ほど経ち、たまらず僕の方から口を開いた。
「なんだよ」
「・・・」
返事はない。僕はそれを確認し、その場を立ち去ろうとした。
「あの!」
いきなりかぐやが大声を出したので、びっくりして中腰のままその場で固まってしまった。なんだ、喋れるんじゃないかと思いつつも、黙って次の言葉を待つ。
「あの!私、緊張しちゃて、うまく伝えられるか分からないけど・・・その・・・、昔から大和くんが私の事を嫌ってるのは知ってます。けど、私馬鹿だからどうして嫌われてるのか全然分からなくて・・・・」
かぐやの体が小刻みに震えはじめた。拳を固く握り締め、ありったけの声を絞り出す。
「私は大和くんと仲良くなりたいでぶ!!!」
叫び声が辺り一帯に響き渡った。吐ききった息を取り戻すため、かぐやは大きく息を吸う。呼吸を整えると同時に、それは嗚咽に変わった。
かぐやの目からは涙が零れ落ちる。ぽろぽろと地面に落ちて、それは水玉模様の染みに変わった。
「お、おい。泣くなよ、僕が泣かせたみたいだろ」
僕は慌ててかぐやの側へと駆け寄った。
「みたいじゃねえよ、馬鹿」
いつの間にか背後にいた姉さんに頭をどつかれる。
「うっ・・・おねべちゃあああん」
「ああ、分かった分かった。大和はちょっとあっちに行ってろ。うわ、鼻水つけんな汚ねえ!」
僕は姉さんに言われたとおり、縁側から家の中に入った。心臓がばくばく言っている。足が震え、頭は何も考えられない。疲れは全て吹き飛んだ。ずいぶんして、姉さん一人だけが部屋に戻って来た。
「もう大丈夫だ。でもかぐやはお前と顔合わせられないって」
「ああ、うん。まあそれはいいんだけど」
僕は何とも言えない、いたたまれない気持ちになった。
「お前まで泣きそうな顔すんなよ。ほら次撮ってさっさと終わらせるぞ」
姉さんは僕の頭を優しく撫でながら言った。
「うん。ていうか、さっきはシリアス過ぎて言えなかったけどその格好何なの?」
「やっぱり一人じゃ着れなかったよー。大和直してー」
姉さんは朱色の着物を羽織り、腰近辺に帯をぐるぐる巻きした状態だった。首には蛇使いの蛇みたいに、羽衣が絡みついている。ミイラ男ではなく、ロープで縛られながら絞首刑にされる罪人が正解だったか。
僕と姉さんは奥の部屋に移り、帯をまき直した。
「あっ」
僕の目に、未だ安らかに眠っている(?)岩雄くんの姿が入る。岩雄くん、そんな所で寝ている場合じゃないぞ!君が給料を捨ててまで見たがっていた光景がまさに今ここにあるというのに。起きろ、岩雄。起きるんだ、岩雄!
・・・駄目だ、返事がない。ただの猿のようだ。
「じゃあ、私たちは撮ってくるから、お前はここで待ってろ」
姉さんは僕を置いて、武士の皆様と一緒に部屋を出た。それはきっと僕とかぐやに対する気遣いだったのだろう。その時の写真には、月からの使い(姉さん)に手を引かれる、泣きすぎでウサギのように目を真っ赤にした女の子が写っていた。そして姉さんは、そのページにストーリーにはない一文を付け加えた。
『おじいさんと おばあさんとの わかれをおしむかぐやひめは、なきながら つきへと のぼっていきました。』
◇
「あっはっはっ、しかし傑作だったな」
「笑いすぎだよ、姉さん」
撮影を終え、昨日めでたく発売にこぎつけた僕らの二作目。今回は一応本来の目的である子供にも見せられる内容であった事、そして何よりかぐやのビジュアルがウケて、店頭に置いてくれる本屋さんがいくらか増えた。と言っても、前よりはというだけで、それでも全然数は少ない。今回の売り上げもきっと見るも無残な事になるんだろうな。
「別れ際になって、また一緒に撮影できたら嬉しいかな、だってさ、あははははは。かな、って・・・ぷふぅーっ」
「まだ言ってるの、姉さん。もういい加減飽きてよ」
「いや、もう最高だったよ。録画しとけばよかった。そしたらかぐやと二人でまた見れたのにな」
姉さんはうつ伏せで腹を抱えたまま、ソファーに顔を埋める。
「あー、ふぅ。全く、かぐやも大和も口下手で困るなあ」
「うるさいよ、姉さんこそ言葉よりも手が先に出るタイプのくせに」
「ああ?なんか言った・・・かな?・・・くっくっくっ」
「もういいよ、何でもありません。それにしても岩雄くんを置いてきてよかったのかな」
「大丈夫だろ、書置きしたし。あいつは旅慣れしてるしな」
書置きって、まさか先に帰るぞの五文字しか書かれていないあれのことか?
「さーて、今回で私の有能さは十分に証明されたし、次はどんなの撮ろうかなー」
「当分はやめてよね。本当にすっからかんになっちゃうよ」
「これで明後日くらいに叩き起こしたら、びっくりするだろうな」
「・・・」
「あ、そうだ大和。お前に言っとかなきゃいけないことがあったんだ」
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この三日後、とある掲示板にこんな題名のスレッドが建った。
『ちょwじいちゃんが買ってきた絵本にめちゃくちゃ可愛い子が写ってる件について』
2話目終了、3話目に続く
16/07/09 書き換え完了




