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smile  作者: 刃下
第一章
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第一話「プロローグ」

完全にフィクションです。実在しているものとは関係ありません。

教科書、手紙、受験票。はたまた離婚届までもが紙媒体から電子媒体へと移行し始めたのは、まだまだごく最近のこと。お年寄りはもちろんの事、情報に目ざといナウでヤングな世代にもそれほど浸透はしていない。そもそも、何故由緒正しい情報補助ツールである紙が、数字の0と1だけで構成された現物の存在しない媒体に乗っ取られなくてはならなかったのか。

その昔、先進国のお偉方が机を囲み、頭をひねりにひねって打ち出した資源保全の策。

その名を「ADMP(all digital media plan)」。

アルファベットを4文字並べてかっこよく見せようとしているのがバレバレだ。要するに木材を使う紙には頼らないで、情報はデジタルデータにして何でもかんでも保存しちゃおうよってなところである。サミットだか、キャッチャーミットだかで発案されたADMPは、その後某国で十数年前に採択され可決。その二年後に施行された。わが国でも追従するような格好で、近年採用が決まり、本屋や郵便局の反対もむなしく、今や多くのユーザーが日常生活で電子媒体を使用している。

とはいっても、未だに街を歩けば年季の入ったいかにもな古本屋にだって遭遇するし、中には「そんなの知ったこっちゃねえ。私は紙を使うんだ」って言う筋金入りの人間もいたりする。この世界もまだ捨てたもんじゃないって事だ。


絵本。

これもまた当然の如く時代の呷りを受け、電子媒体への移行をはじめた。なんとかpadや、うんたらphoneを使えば世界中の絵本をいつでもどこでも読むことができるようになった。もちろん文字は自動で日本語に翻訳され、値段も紙媒体の半分以下の値段で購入することが出来る。

この様に、いいことずくめ・・・痛いっ。・・・痛いから、殴らないで。

ふぅ。あー、そこの君、そう君だ。

君がまだ小さかった頃、お気に入りの絵本があったか?今だに内容を覚えているような、そんな素敵な絵本と出会っているんじゃないか?

 もしも、だ。君の子供が生まれて、その子たちが絵本をつるっつるの四角い電話だか、パソコンだかなんだか分からない機械を通して読むのだとしたら、何だか味気ないとは思わないか?

 紙本来の手触り、次のページをめくる時のわくわくが感じられないと思うだろ?

どうだ、寂しいか。寂しいだろ?寂しいと思った君は、今すぐにYUカンパニーが出版してい・・・もがっ。ちょっと、姉さん。これ姉さんがやれって言った事なんだからね?しばらく静かにしててよ!・・・という訳で、こんなご時世だろうと負けずに紙媒体で絵本を作り続けている僕らYUカンパニー。これはその絵本作りの記録である。



「大和ー、まだ着かないのかよー」


 後部座席でぐーすかと気持ち良さそうな寝息をたてていたはずの女が、つい今しがた目を覚まし、運転席の、つまり僕の座席の頭部分を足でがんがんと蹴りつける。顔にはキャラクター柄のタオルをかけ、足元には脱ごうとして途中でやめた靴下。着ている服も最悪の寝相でしわくちゃだし、捲れたTシャツから豪快にへそだって出しちゃう。果たしてこれを女性と認めて良いものか、正直迷うぞ。


「まだだよ、(うめ)姉さん」

「まーだーかーよー、やーまーとー」

「もう少しだってば、駄目姉さん」

「おい、次同じように呼んでみろ。お前の足の指を一本だけ駄目にしてやるからな」


姉さんは僕がミラーに目をやるよりも早く起き上がり、耳元で低いドスの聞いた声を出した。


「はい・・・ごめんなさい・・・」




「この車がポンコツだからまだ着かないんだろ?」


 そう言って姉さんは家から持ってきたポテトチップスの袋を豪快に開け、ボリボリと貪り始める。そこら中に飛び散る食べカス。それをルームミラー越しに眺める事しかできない。ああ、そんな手で車の窓を触らないで・・・。僕の思いなんてちっとも考えない姉さんは、まるで自分の部屋かのように振る舞い、僕の愛車を汚しはじめる。

僕は常々思っていた。

生まれたのがたかだか数年早いからって、何をしてもいいのか。

大枚払って購入した愛車。自動車屋さんの前を歩いた時にビビビっときたあの感覚は未だに覚えている。まさにあれは一目惚れ、いやもしかしたらあれを運命と呼ぶのかもしれない。その運命の相手を、たとえ姉さんと言えども汚すことが許されるだろうか、いや絶対に許されない。決めた。僕は戦う。姉さんと戦うぞ。すべては愛車を、運命を守るために!

・・・・・・まあ、中古車だけどさ。

必死こいて免許をとり、これが生まれて初めての大きな買い物だったんだ。それが姉さんの昔からの口癖、『弟の物は私の物』というジャイアニズムによって汚されていく・・・。悔しい・・・。

零れ落ちる大和の涙と呼応するように、車の前後に張った若葉マークが燦然と光り輝いていた。






「山道の運転は緊張するんだから、姉さん少しは大人しくしててよ」

「うるへえ。それよりも、キャストの手配はできてんだろうな?」


ははっ、聞いたかい?うるへえだって。姉さんは僕の発言なんて一つも聞く耳持たないんだ。

もうすっかり慣れたさ。


「ちゃんと現地集合で呼んだよ。それに木を狩っても怒られない、川も流れてる絶好のロケーションに現在向かってる最中さ。万事心配なし」


それでわざわざこんな糞遠い場所まで運転させられるはめになったんだけどな。


「それならいいんだけどよ・・・万が一何かミスがあれば」

「あれば・・・?」

「お前の体で支払ってもらうからな」


姉さんは後部座席から身を乗り出すと、僕のほっぺたを舐めながら言った。


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