王子から婚約を破棄されました。理由は私が神々しすぎるからだそうです。
短編です。
「すまない、ミーナ。婚約関係を解消してはくれないか」
久々に二人きりで昼食を共にすることになったその席でのこと。
婚約者である王子が突然席から立ち上がったかと思うと、その場に跪き額を地面に擦り付けて言った。
私は呆気にとられてしばらく動けなかった。
ショックではないといえば嘘になる。
だがいつかこんなことになるのではないかという予感はあった。
元々分不相応な婚約だったのだ。
これといって大した取り柄もないただの伯爵令嬢が、たまたま出向いたパーティでこの国の王子に見初められて求婚されるに至った。
私も彼もまだ十一歳の時のことだ。
嬉しかった反面、プレッシャーでもあった。
彼が称する”一目惚れ”などというのは幼い頃の気まぐれに過ぎず、いつか過ちに気づいた彼に捨てられてしまうのではないかと。
以来、自分なりに王子にふさわしい存在になろうと努力してきたつもりだし、彼ともそれなりに良好な関係を築けていたつもりだったのだが。
「……私の、何が悪かったのでしょうか?」
私が尋ねると「そ、そんな……!」と王子は狼狽した声を上げて私を見上げた。
「ミーナは何も悪くない。悪いのは僕の方だ。君にふさわしい人間になれなかった……君が…君が素晴らし過ぎるから」
ん?
「あの、殿下……?」
「初めて見たあの日以来、君にふさわしい完璧な人間であり続けようと努力した。だが、所詮人の身ではどんなに頑張っても君と並び立つなど……すまない、ミーナ…いや、ミーナ様!申し訳ありませんでしたぁ!!」
がん、と音がするほどの勢いで応じは再び土下座を決める。
「何なの、これ…?」
*****
私が生まれたキール伯爵家は貴族には違いないものの、上流階級の中では中堅レベルの領主だ。
末っ子として生まれた私は両親からも三人の姉兄からも溺愛されて育った。
甘やかされて育ったことは否定しないものの、自身は謙虚に振る舞えるよう努めてきたつもりである。
周囲から優しくされればされるほど、その愛を享受されるに値する人徳を身に着けようと。
だがそうすればそうするほど周囲は益々優しく接するようになった。
王子と婚約してからは、将来王女として彼を支えることを見据え、王宮から淑女教育を受けるようになった。
少しは世の中の厳しさとかを味わうことになるかと戦々恐々していたものの。
そんなことはなく、むしろ王宮でも未だ伯爵令嬢に過ぎない私に対し、王も后も宮中全体も優しくしてくれた。
良くしてもらってこんなこというのは何だが、ちょっと不気味なほどだった。
*****
「お父様、申し訳ありません。この度、私は王子から婚約破棄を言い渡されました」
額を地面に擦り付ける王子をどうにか立ち直らせて別れた後、私はすぐに実家の屋敷に戻った。
そのまま部屋着に着替えることもなく、父の書斎へ。
私の姿を見て破顔する父に王子と自分の婚約解消を告げた。
伯爵家にとって王子との婚約は願ってもない縁談だった筈だ。
これまで散々自分を甘やかしてきた父でも、流石に今回ばかりは怒るだろう。
下手すれば勘当、国外追放というのもありえるかもしれない。
そう、覚悟していたのに。
「そうらしいね。まあ仕様がないよね、ミーナの後光を浴びれば誰だって萎縮してしまう。むしろ王子はよくやった方だと思うよ?」
「…は?」
「そうそう、その王子だけどね。先だって婚約破棄を謝罪する書状と一緒に、王子から君を称える銅像を王都中心の噴水の近くに作りたいって言われたから許可しといたよ」
「え!?」
冗談じゃない。
以前から馬鹿親…もとい親馬鹿だと思ってはいたが。
「ど、銅像なんて…困ります!」
「そうですよ、あなた」
部屋の外で話を聞いていたと思しき母親が会話に加わった。
良かった。母はまだ常識的な親馬鹿らしい。
「ミーナの姿を象るのであれば、金像でなければ」
非常識な馬鹿親だった。
*****
翌日から私を見る周囲の目が本格的におかしくなり始めた。
「婚約破棄、おめでとうございます、ミーナ様」
学園における私の同級生で、幼い頃からの友人でもあるキャシーが嬉しそうに手を合わせて言った。
「やはりあなた様の愛を独占するなど一国の王子程度では不可能でしたね」
善人ではあるのだが、昔から妙に愛の重い言動を囁いてくる。
「何を言っているの、キャシー。王子との婚約が破棄よ?普通、私に非があったと思わない?」
「はい?ミーナ様に?非があった?まさか王子がそんなこと言ったんですか?あの糞畜生……ぶっ殺して犬のエサにしてやろうか……」
やばい、友人の目が笑ってない。
「ち、違う違う!王子には何も言われてないの。むしろ素晴らしすぎるからとかおかしな理由で…」
そうでしょうそうでしょう、と腕を組んで大仰に頷くキャシーにドン引きしてしまう。
「……ところでキャシー、今日は休日じゃないよね?」
「違いますが?」
「何だか、人が見当たらなくない?」
先程から学園の中に人が見当たらない。
周囲を見回しても人っ子一人いないのだ。
すると、キャシーがニヤリと笑った。
「ミーナ様、お見せしたいものがあります」
そう言われて学園の地下に連れてこられた私は絶句した。
学園の生徒、教員、その他の関係者に至るまで全員と思われる千人近い集団が整列してキャシーと私を出迎えたのである。
いや、そもそもいつの間にこんなだだっ広い空間を学園の下に用意したんだ。
「ミーナ様!」
「おお、ミーナ様がいらっしゃったぞ!」
「ミーナ様……生ミーナ様よ!」
「「ミーナ様に我が愛と命と信仰を捧げます」」
膝をつく者、感激のあまり悲鳴を上げる者、涙を流す者……全員が統一された白装束で私を称賛する。
「ミーナ様が婚約中は国内情勢を鑑みて密かな布教にのみ努めてきましたが、この度は王子でさえミーナ様を人ならざる存在と認め、身を退けたとなれば最早隠す必要もないでしょう」
胸を張る友人におそるおそる尋ねる。
「キャシー、こ、これは…?」
「ミーナ教です。僭越ながら私が教祖を務めさせて頂いています」
「は!?」
「現在は国内の半数程度にしか布教できていませんが、ゆくゆくは大陸全体がミーナ教の信徒として、ミーナ様を崇めることになるでしょう」
後から聞いた話だが、教団員が着ている純白の衣装は私の産着をモチーフにしているらしい。
何それこわい。
*****
よし、国外に逃げよう。
ミーナ教の存在と布教率を知らされた翌朝、私は夜のうちにまとめた最低限の荷物を馬に乗せ、日が昇るのを待たずして屋敷を抜け出すと国境に向かった。
行く先はまだ決めてないが、何だかおかしくなってしまったこの国でなければどこでもいい。
「……と言っても流石に隣国とは敵対してるし」
山脈を挟んだ隣の国とはここ五年ほど緊張状態にある。
何やら高度な政治的対立が生じていることが原因だというが、詳しい話は私にも知らされていない。
目立った戦闘はまだ起きていないものの、そろそろお互い限界に近づいているという噂だけは耳にしている。
「でも隣国ならこっちみたいに崇められたりしないか」
などと呟いてしまったのが良くなかった。
霧の立ち込める街道を駆け抜け、広い平野を見渡せる辺りにやってきたところ。
「……っ!」
突然目の前に現れた真っ黒な集団。
咄嗟に手綱を強く引いてしまったため、馬が盛大に嘶く。
馬に跨った騎士と、その足元で槍を手にする兵士たちは百人近くいるだろうか。
彼らの視線が一斉に注がれた。
隣国の旗が見えた。
まずい。
何とか逃げようと馬を引くが、あっという間に囲まれてしまった。抵抗しても無意味であることを悟り、その場に留まり相手の反応を待つことにする。
「おい、あれって……」
「まじかよ」
「本物だぜ……」
何だ?馬上の連中も、その下の兵士も、何だか妙にそわそわして、私の方を盗み見ている。
急いで屋敷を出たとはいえ、そんなおかしな格好をしていただろうか?
そんなことを考えていると、やがて集団の中から一際上等な軍服を来た髭面の中年が私の前までやって来た。馬から下りると彼は恭しく礼をする。
「お初にお目にかかります、ミーナ・キール様」
「え?あの…」
とりあえずこちらもお辞儀を返すものの。
「どうして私の名前を?」
すると軍人は背筋をピン、と伸ばして拳を胸に当てながら大声で言った。
「我々、帝国軍はぁ、ミーナ・キール様を我が国で女神として保護すべくぅぅ、お迎えにぁぁ上がりましたぁぁ!」
その高らかな宣言に呼応して背後に控えていた騎馬隊が一斉に雄叫びを上げた。
「「「ミーナ様、万歳ー!ミーナ・キール様に栄光あれぇぇ!」」」
何だこれ。
自分の国だけじゃなく、隣国もおかしなことになってる。
「さあ、ミーナ様。向こうに馬車を用意してありますので、是非そちらで我が国へいらして……」
そう言って中年が私の方へ手を伸ばしかけた瞬間。
私の体はまばゆい光に包まれた。
*****
気がつくと、赤ん坊の姿をした私の目の前で二人の女性が何やら話し合っている。
一人は聖人が身につけるような白いローブに身を包んだ大人の女性。
もう一人は、何やら珍妙な衣装…港で働く水夫の着るそれに似たスカート姿の女の子。
「じゃあ私はその大女神とやらを探すために、将来悪役令嬢となるミーナ・キースの肉体に転生するの?」
「ええ。今の段階ではまだ魂が体に定着しきっていないので大人のあなたが入れば、彼女の魂を取り込む形で成り代わることができる筈です」
何だかめっちゃ不穏な会話をしている。
「ふーん、でもさ。それだけのことやらせるんだったら勿論、チート能力の一つや二つ、くれるんだよね?」
「も、勿論です。あなたには他者から無条件に一定度の信頼を得られるカリスマ力を与えようと思います」
「何だか女神がくれるチートにしてはしょぼくない?」
「そんなことありませんよ!ミーナ・キースの肉体は元から器量は良いので、それをさらに増幅させれば基本的にほぼ全ての男性は魅了させられるでしょう」
「んー、まあ、じゃあそれで姫プレイすっかー」
「……というわけなんです」
いつの間にか私は普段の姿に戻り、目の前には白装束のお姉さんだけが立っていた。
先ほど目の前で展開された会話に則ると、この人は女神らしい。
「つまり、私は本来とんでもない悪女になる筈だったところ、ちょうど行方不明になった大女神を探すため別の世界から来訪する少女の魂の入居先に選ばれた。その際に受け取った”チート”という強大な魔法が私の現状に繋がっている、と?」
「理解が早く助かります」
深々と頭を下げる女神様。
少女と会話しているのを見ていた時も感じていたが、やたら腰が低いな、この人。
「じゃあ、私はその転生した別世界の少女なんですか?そんな記憶ないんですが?」
女神は首を横へ振った。
「どういう理由か幼いあなたの魂がとても強力だったので転生者の魂は弾き返されてしまったんです。そちらの魂は向こうの世界に帰って頂きました。ただ、その……何故かチート能力だけは残ってしまったようで」
「例の、他者から無条件に信頼を得られるような魅了を行う力、でしたっけ」
「ええ。でもおかしいんですよ。私が与えたのは人として常識的な範囲の力な筈なのに、あなたの周囲は明らかにあなたを崇拝レベルで愛しています」
眉をひそめ首を傾げる女神。
ただ極端な話、そのあたりの理由は私にはどうでもいい。
「あの、女神様。とりあえず、その”チート能力”というの?それを取り除いては頂けませんか?」
「あ、はい。勿論そのつもりで今日はこの場へお呼びしました」
そう言って女神は私の前に立って手をかざす。
やれやれ、ようやくこのおかしな状況も終わる。
もう王子や同級生が目の前でひれ伏すような事態は懲り懲りだ。
足元に淡い光で描かれた奇妙な紋様が浮かび上がり、そこから伝うようにして私の全身が光に包まれー。
*****
目の前で女神が土下座している。
いや、なしてさ。
「靴舐めます。頭踏んづけて頂いて構いません。必要であれば首輪も用意するので何卒何卒お許しを……」
「いやいやいや、どうしたんですか女神様……」
ひぃっ、と女神が小さな悲鳴を上げる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……でもあなたがいなくなって天界に責任者がいなくなっちゃったし、誰かいないと他の皆さんの業務も回らないし、だから側近だった私が女神と名乗るしかなくて…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
ぶつぶつ呟いている内容を整理すると。
ある日、この世界を統べる大女神はミーナ・キールという一人の悪女が人の世に甚大な被害をもたらす光景を予知したらしい。
このままでは多くの人命が失われ、世界は混沌に陥ってしまう。
そこで大女神は一計を案じた。
ミーナ・キールの肉体に信頼できる者の高潔な魂を放り込んでやればいい、と。
だがその信頼できる存在とは誰か。
別世界の人間はどうかと側近は提案するが、ミーナの生まれ育った甘やかされ放題の環境で人の魂が歪まずにいられるとは思わない。
側近含め自分の部下である天使の誰かが入り込めれば良いのだが、人の身に天使をいれるのは魂の容量的に厳しく、自我を著しく削ぐことになってしまう。そんなリスクを部下に負わせるのはしのびない。
じゃあ、自分がやるしかないな。
自分なら天界に戻れば削がれた自我を取り戻す力もあるし、魂も歪むことはない。
そんなわけで大女神は周囲にバレて反対される前に一人内緒でミーナの肉体に転生した。
「……じゃあ、私がその大女神なんですか」
「はい……ごめんなさい」
しゅんとなってしまった女神が頷く。
「魂の輝きは間違いなく大女神様のものです、ごめんなさい。私が与えたカリスマ力が神話級チートになってしまったのもそのせいかと思われます、ごめんなさい」
「とりあえずその語尾やめろ」
「ひっ……!ごめんなさい…じゃなくて、ご、ご、ごべんだざぁぃ……」
その場に膝をついて女神が泣き出してしまった。
「大女神さまもよぐないんですよぉ、わだしだぢに何の相談もしないでひどりで無茶するかぁぁ…!」
うん、自分のことながらそのへんはもう少しちゃんとやっとけって思わないでもない。
記憶がないので意味があるのかはわからないが、深く反省と謝罪の意を表したい。
「と、とにかく立って下さい…」と私は女神を無理やり引っ張り上げる。
「今はあなただけが頼りなんですから。カリスマは取り除けないんですよね、じゃあ、私はこの後どうすればいいんですか?」
「ぐず、ぐず…ずびび……生き神として……ミーナ・キールの一生をまっとうするしか……ないと思います」
「マジか」
「だってだってぇ…!大女神様がじぶんひどりでうごぐからぁぁ……!」
女神が再び泣き出す。
何だか可哀想になってきた。
いや、全然覚えてはいないけど、そもそも私が悪いのか。
……しゃーない。
「……致し方ありませんね」
*****
そんなわけで女神に自家の屋敷まで送り返して貰った私は、その後のことについて大人しく世の流れに身を任せることにした。
今度、王子と隣国の姫が結婚して二国は統一されるらしい。
勝手にやってくれ。
国教はミーナ教になるとか。
好きにしてくれ。
毎年千人単位の生贄を捧げるとか。
流石にそれはやめろ。
私は取り敢えず神殿に変わってしまった屋敷でぐーたら過ごして生ける女神として生涯を全うしようと思う。
女神じゃなくて大女神なんだけど。
まあいいや、何でも。




