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飛び降りる霊

掲載日:2026/05/23

 うちの事務所に「毎晩、決まった時間に飛び降りる霊がいる。なんとかしてほしい」との相談事が、とあるオフィスビル管理会社から舞い込んできた。


 なんでも、少なくない警備員が目撃しているようで、中にはそいつと眼が合った者もいるとのこと。おかげで警備会社からも苦情が入ってきているらしい。


 すわ飛び降りだ、と思って急いで下を見ても、なんの痕跡もない。だが確実に、比較的若い男性が屋上から飛び降りていた。こんな調子で、やめていく警備員があとを絶たないそうだ。


 俺は、天王寺京介。探偵である。なぜか俺の事務所には、たまにこのように霊やオカルト関係の依頼が来る。


 確かに、探偵というのはどちらかというと浮気調査や逃げたペットの捕獲など、一般市民のリアルな生活に根付いた依頼が多い。刑事と一緒に殺人事件をカイケツデス、なんて、ほとんどがフィクションの世界だ。


 だからと言って、霊とかの話まで持ってこられるのは、非常に困る。別に俺は霊感があるわけじゃないし、こんなオカルトじみた事件、過去に一度あったくらいだ。


 まぁその一度が、尾を引いているんだろうが。


 こちらが出した見積もりにいくらか予算を上乗せしてくれたので、これは引き受けざるを得ない。俺は次の日から調査を開始した。


 とりあえず、依頼元の管理会社に赴いて話を聞く。なんでも、火、木、土曜日の深夜0時に、決まって飛び降りる男性の霊が現れるそうだ。


 怖くて辞めていった警備員や、持ち前の根性と神経をすり減らしながら続けてくれている警備員の証言を重ね合わせると、そういうことらしい。


 服装は、スーツに白シャツ、ネクタイの普通のサラリーマン。きっと、このオフィスビルで仕事に悩んで自殺した怨念が今も残っているのだ。ということらしい。


 だが、このビルは比較的新しいもので、どれだけ調査しても、このビルで自殺した人間の情報など出てきはしなかった。


 入っている企業を調べてみても、むしろ各従業員の評判は軒並み高く、自殺どころか、退職率も低いところばかりだ。


 埒が明かないので、火曜日の23時30分から屋上で張り込むことにした。果たして、件の霊は23時50分ごろに現れた。予想通りと言えば予想通り。話しかけてみる。


「君、君。ちょっと話をできないか」

「あっ、生きてる人間だ。ちっす」


 軽い。


「君さ、決まった日の決まった時間に、ここから飛び降りてるでしょ。理由を教えてもらいたいくてね。ここで自殺したとか、かい?」

「あ、いえ全然そんなんじゃないんすよ。ここって、俺が働いてた会社が入ってて、で、俺その会社にすっげぇ恩義感じてて、死んでからここに戻ってきちゃったんす」

「へぇ? ごめんね、君の死因とか聞いても良い?」

「あ、普通に事故死っす。まぁそれはいいんす。全然恨んだりとかはなくて、しょうがないなーっつって。はは、ウケる」


 ウケない。少なくとも俺はウケない。


「で、なんで決まった日時に飛び降りてるのか。聞かせてもらえる?」

「マジすか、聞きます? いやね、俺、生きてるときすっげぇ絶叫マシン好きだったんすよ」

「絶叫マシン」

「そっす。で、ここから下を覗いてたら、バンジージャンプ的な感じでいけんじゃね? ってやってみたら超当たった的な感じっすね」


 誰も悪くないが、どうしても解決できない事例だった。当然である。霊としては、誰にも迷惑をかけておらず、飛び降りて遊んでいただけである。


 しかも、彼が日時をちゃんと定めていたのも、「生きている人間をあんまり怖がらせないため」だそうで、逆にそれが、人間側には恐怖の的になっているようなのだが、こんなものはもう、意思の齟齬である。


 しかも彼は、もともと働いていた会社が好きでここに舞い戻ってきている。これはもう、ほぼ守り神であって、無理やり剥がすのは良くない。誰も得をしない。


「ちょっと聞くが、君は地縛霊なのかい」

「いや、浮遊霊っすよ。やっぱ事故死なんで。ただ、俺が好きでここにいるって感じっすね」


 よしわかった。力技になるが、ひとつ解決方法を思いついた。


 そして次の日。


「屋上にお社を建立するのですか?」

「はい。件の霊は、浮遊霊なのに自らの意思でこちらのビルにとどまっております。しかもそれがポジティブな意思となれば、これは守り神になる。どちらにも、win-winと思いますが」

「確かに。屋上にお社があるビルも、少なくはないですしね」

「ただ、それについてひとつだけ、私からのお願いがあります」


 こうしてこのビルの屋上に、小さいながらも立派なお社が建立され、ビルを利用する人々の拠り所となった。お供え物も充実し、飛び降り霊も喜んでいるようだ。


 環境が育てることもあるとみえ、あの軽薄な飛び降り霊は、次第に神格を養い、ビルに仇成す者や悪意を遠ざける、守り神になったようだ。


 俺が「彼の飛び降り遊びを容認してほしい」とお願いした話もビル内に浸透し、今ではわざわざ飛び降りる守り神を見る会まで発足しているようだ。


 ただ、来るもの拒まずの守り神が、そこら辺を漂っている霊や悪霊、怨霊の類までバンジージャンプに誘っているせいで、ビルの屋上から飛び込む霊が倍増したそうである。


 まぁ飛び降りる霊が減るどころか増えたわけだが、みんなが楽しいなら、それはそれで良いんじゃないかな、と思う次第で、今回はこれにて解決である。


 みなさんも、なにかありましたら、ぜひ当天王寺探偵事務所へ。

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